ジャムとイチゴの狂想曲
第10話 ジャム大戦前夜
「お帰りなさい。秋子さん。祐一君」
「ただいま。あゆちゃん。ごめんなさいね…。勝手に家を飛び出したりして…」
秋子さんはそう言うと、すまなそうにあゆを見る。あゆはふるふると首を横に振っていた。
「ああ、ただいま。あゆ。…って、お前…。子供は早く寝ろっていつも言ってるだろ?」
「うぐぅ〜。ボク、子供じゃないもん。祐一君と同い年だもん。祐一君、イジワルだよ〜」
俺がそう言うと、ぷぅ〜っと頬を膨らませて、あゆはそう言った。俺たちが航さんの家に着いたときにはもう午前0時をまわっていた。真琴は疲れたんだろう。すっかり寝入ってしまっていた。
これはもう起きないだろうな…。俺はそう思い真琴を抱き上げる。といって寝るところはどこだ?
俺と藤田と航さんはソファーでもいいのだが、女の子はそう言うわけにはいかない。あれこれ困っていると…、
「相沢先輩。私のベッドに寝かせてやってください」
そういう声がした。俺は声のした方に顔をやる。声の主は寝室で眠っていたと思われた葵だった。
「葵……、いいのか?」
「はい。私、どうもふかふかのベッドでは何だか寝付けないので…」
「あっ、ごめんね。葵ちゃん。何だか悪いことしちゃったみたいだね…」
航さんはそう言うとすまなそうに頭を下げた。葵は慌てて…、
「あ、あの、航さん。そ、そんな謝らないで下さい。せっかく私のために用意してくださったのに…」
「で、でも……」
「私は毛布でもかぶって寝ることにします。大丈夫ですよ。私、鍛えてますから……。だから…」
この子は優しいな。俺はそう思った。藤田から聞かされたんだが、この子は自分を犠牲にしてまで誰かを守ろうとする、そういう子らしい。こうなってしまえば頑として聞かないだろう。そう考えた俺は…、
「分かったよ…。じゃあ、真琴のこと、よろしく頼むよ…」
そういって葵と琴音の部屋まで真琴を運んでいった。途中、琴音も来て、床に寝るという葵を不憫に思ったんだろう。自分と同じベッドで寝ることを葵に勧めていた。
最初は断った葵だったが琴音が涙目で訴えかけるように言うと、何とか承知したようだった。それだけ仲がいいんだろう…。俺は思った。
イチゴジャム作りはもう遅いということで、明日することとなった。秋子さんはさすがに疲れたんだろう。航さんが用意してくれたベッドに体を横たえるとそのまま眠ってしまった…。
深夜…、ふと、胸騒ぎがして俺は起き上がる。俺が起きたと同時に航さんや藤田も起きる。どうやら航さんも藤田も同じだったみたいだ。もう一度寝ようとしたが寝つけない。
仕方なく俺たちは、見回りをすることにした。こつこつと廊下を歩く靴音が響く。今日は満月だ。月明かりが窓ガラスを通して入ってくる。秋子さんたちを迎えに行く前に芹香さんと千影さんが、結界を張っていた。
今夜あたり動いてくるかもしれない……、とは千影さんの弁だった。俺たちが一階へ降りようと階段を降りようとしたそのとき…、
がち、がちがちがちがちがち……。ドンドンドン…。
「開けるんだお〜…。開けるんだお〜…。祐一〜…。お母さんをこっちに渡すんだおぉぉぉ…」
扉を開けようとする音と窓を叩く音、それに地獄の底から聞こえてくる亡者のような声が聞こえた…。カーテンからそっと外を伺う。謎ジャムに心を奪われた少女が一人、ドアを叩いていた。
月明かりで磐前とは分からないが姿は名雪のようだった。
だが、あれは名雪なんかじゃない。そう、あれは悪魔…、いやそれ以上のものだ。と、俺は思った。謎ジャムに心を奪われた従姉妹は、多分あの伝説の野苺に気付いたんだ…。
謎ジャムが拒絶反応を起こしているに違いない。現に今、名雪は夢遊病者のように眠っている。
俺たちは、何も言わずそっと二階へと上がった。足音を立てずに、二階へ上がって来ると、千影さんと芹香さんが立っていた。
「やはり、か……。こうなることは……分かっていたんだがね……。芹香くん…」
千影さんが芹香さんに言う。芹香さんはこくんと頷いた。また、千影さんは言う。
「ふふっ、祐一君…。結界の方は…大丈夫だよ…。私と芹香くんとで…念入りに…やったからね」
こくんと頷く芹香さん。そして…、
「今日は早くお休みになってください…。大丈夫ですから…」
芹香さんは、ぽそぽそとそんなことを言うと微笑んだ。俺たちは「まあ、大丈夫だろう…」そんなことを言い合い寝室に戻った。藤田たちはさすがに疲れていたんだろう。すぐに眠ってしまった。
階下からは、ドンドンドンとドアを叩く音が聞こえている。が、少ししてその音も聞こえなくなった。
俺は思った。必ずあのジャムの暗黒面から救ってやるからな…。待ってろよ…。名雪…、栞…。と……。
次の日の朝…、目が覚めた俺は、昨日名雪が襲撃してきた孤児院の玄関へと向かった。ふっと、玄関先から外を覗いてみる。陽の光が離れにある教会の屋根を照らして、とても幻想的だ。
でも、昨日は怖かったな。名雪に悪霊が憑りついたみたいで…。そんなことを考えていると後ろから声をかけられた。
「…やあ…おはよう……祐一君……。昨日は……よく…眠れたかな……」
「ええ、まあ、何とか…。千影さんこそ夕べは眠れたんですか?」
「…ああ…、私は……精霊たちに……守られているからね……。それに…昨日はこの家も……守るように命じておいたのさ……。フフッ」
そう言って俺の横に立つ千影さん。その横に芹香さんが立っていた。相変わらずぼーっとしている。
「……」
「えっ? おはようございます? ああ、おはようございます。…芹香さんは眠れたの?」
こくっ、と芹香さんは頷いた。挨拶すると三人で表へ出てみる。玄関の戸を見てみると引っ掻いたような爪跡があった。名雪がやったのか? いや、力の弱い女の子がこんな頑丈な戸に引っ掻き傷なんてつけられない。
第一、男である俺でさえこの戸に傷をつけることは出来ないだろう。それくらいこの戸は頑丈に作られている。
戸の傷を見た芹香さんが一言……、
「……」
「えっ? 急いだ方がいいです? 悪魔に心を奪われかけはじめている? だって?」
ぽそぽそと真剣な顔でそう言うと、芹香さんはまた戸の傷を見つめた。千影さんが言う。
「急いで……作った方がいいな……。そうしないと……彼女は本当に……悪魔に心を奪われてしまうよ…」
真剣な表情で言った千影さんの顔を見て、俺は事の重大さを改めて認識した…。
それから、みんなが起きてくる。案の定、藤田は神岸に起こされていた。東京の高校時代のままだな。進歩のないヤツめ(笑)。千影さんはみんなを講堂に集めて、昨夜のことを話した。
あゆは顔面蒼白という具合だ。真琴は、葵や琴音にしがみついてブルブル震えている…。
でも、一番悲嘆に暮れていたのは、やはり秋子さんだった。自分の作った負の遺産(謎ジャム)のせいで、娘は悪魔になろうとしている。秋子さんの心の中はどんなものなんだろう…。
香里は複雑な表情で秋子さんの方を見ている。香里も秋子さんと同じ心境だろう…。俺はそう思った。俺はみんなに向かって言った。
「みんな…。すまない…。これは俺の問題だ…。本当を言うと俺が解決しなきゃいけない問題なんだ。それを秋子さんや航さんたち、それに藤田たちまで巻き込んでしまった。本当にすまないと思ってる…」
「そんなことないよ…。祐一君。僕たちは巻き込まれたなんて思ってないよ…。それに困っている人は放っておけないんだ…。ねえ、みんな」
「うん!!!」×12
航さんはそう千影さんや咲耶さんたちに言う。みんな一様に頷いていた。
「相沢…。オレは、ちっとも巻き込まれたなんて思ってねーぜ。逆に相沢には感謝してるからな……。それに、誰かのために頑張れるんだったら、オレ……。いや、オレたちは……。なあ、みんな!」
藤田もそう言って、みんなの方を見る。みんなも「うん!」と力強く頷いてくれた…。
「祐一さん……。航さんに浩之さん。それに、みなさん…。元はといえば、わたしが…。わたしがいけなかったんです……。わたしがあんなものを作ってしまったばっかりに……。みなさん……、本当に……ごめん……な…さ……い……」
そう言って、泣き崩れる秋子さん。香里も、悲しそうに秋子さんを見つめていた。俺はそんな秋子さんが可愛そうに思えた。自分もかの謎ジャムの暗黒面に引き摺り込まれようとしていた秋子さん。
そして、気がついたときには、最愛の娘は……。
俺は秋子さんの肩に手を掛けて、秋子さんと香里の顔を交互に見ながら言った。
「秋子さん、名雪と栞を、元に戻してやりましょう?…。元の元気な二人に…。香里も…、なっ…」
「はい……」
「ええ、そうね……」
秋子さんと、香里はそう言うと頷いた。俺は……、
「よ〜しっ、みんな!! 頑張って作るぞ!! 伝説の秘薬を!!」
そう言った。みんなは「うん!!」と元気よく返事をしてくれた……。
第11話へ続く