ジャムとイチゴの狂想曲
第12話 名雪の気持ち
表では、香里と舞が二人の悪魔と対峙していた。
「さあ、大人しく祐一とお母さんを出すんだお……。香里……」
「いやよ…。それに相沢君のところへ行く前に、このあたしを倒していけるかしら?」
「……ふふふ、さすがは香里だね…。そう簡単に、祐一とお母さんは出してくれないんだお…」
そう言うと、走り出す名雪。音速に近いその走りはやはりジャムの力なんだろう…。香里はチラッと横に目をやった。そこには栞と、舞が対峙している。栞は、ストールをはためかせて、
「舞さん…。たとえあなたが強いといっても、今の私にはかないませんよ? 大人しく祐一さんと秋子さんを私たちに渡したらどうです?」
「……嫌…。祐一も…秋子さんも……渡さない……」
「そうですか……。なら、こうするまでですっ!!」
そう言うと、栞は肩に掛けていたストールを手に取る。栞が念を送るとストールが死神の持つ大鎌のように変化した。栞は不敵にふふふと微笑むと…、
「さあ、舞さん。勝負です!!」
奇跡の力で蘇った栞の体は、今では一般の人と同じくらい元気になっていた…。それにジャムの力も加わったのだろう。栞の体はグラマーになっていた。
どこかの触角バカなヤツが見たら、それまで姉・香里に抱いていた好奇の視線をこの妹に向けることだろう。それくらい、魅力的な体になっていたのだ。
鎌を振り下ろす栞と受け止める舞。前方では、隙を伺いキックを食らわす名雪と、かろうじてそれを受け止める香里…。戦いが始まった…。
その頃、俺は愛用の樫の木の木刀に秘薬を塗りこますという作業に入っていた。これが出来れば完成というわけだ。藤田は先に出来た手袋を持って裏口の方へ向かって行った。
多分長岡たちと、対決するためだろう。俺は、焦る気持ちを抑えつつ完成を待った。こうしてる間にも、香里と舞は…。俺は待った……。しばらくして…、
「…もう終わり? ふふっ、最強の魔物ハンターが聞いて呆れるお〜」
「ふふふふ、所詮私たちの敵ではなかったということですね…。どうですか? お姉ちゃん、妹にやられる感想は……。悔しいでしょう? 悔しくて仕方ないでしょう? ふふふ…」
「……くっ…」
「……。残念だけど、その通りだわ。ジャムに心を奪われたとはいえ、このあたしが妹に負けるなんてね…」
名雪たちは今にも香里たちにとどめを差そうとしている………。名雪と栞の声が、俺のいるところまで聞こえていた。俺は焦っていた。早くしないと香里たちがジャムの餌食になってしまう。
その時、芹香さんがぽそぽそと…、
“完成しました…”
と言う。俺の武器が完成したんだ。そう思った。
芹香さんはそっと武器を持ってくる。早速、俺はその武器“樫の木の木刀・伝説の野苺仕様”を手に取った。土気色だった木刀はまるで苺ジャムのように真っ赤に変化していた。
まるで剣自体が燃えているようだ。ふと、秋子さんを見る。秋子さんは悲しい瞳で俺を見ていた。俺は首を横に振る。秋子さんが一言言った。
「祐一さん……。名雪と栞ちゃんのこと…、よろしく頼みます……」
「はい…」
と、単簡にそう言うと、俺は表へと向かった。
表へ出ると、今にも名雪たちが倒れている香里と舞にとどめを差す瞬間だった。栞の大鎌と名雪のキックが香里たちの体に迫ってくる。香里と舞は静かに目を閉じる。俺は走った。そして……、
ガキンッ!!!
甲高い音がしてストール鎌とキックを間一髪、木刀を楯がわりに止める。樫の木は硬い。あのストール鎌の攻撃にもびくともしなかった。さすがだな…。俺は思った。名雪と栞は驚いたように…、
「「……祐一(祐一さん)……」」
そう呟くように言った。香里たちを見る。俺と、俺の手に持っている赤い木刀を見て、出来上がったんだ…。という安堵の表情を浮かべると二人は気を失った…。
まず名雪と栞を香里たちから引き離さなければならない。ここで戦えば香里たちや秋子さんたちにも危険が及びかねない。
そう考えた俺は、教会の表へ出た。幸い、名雪たちは俺が来たことで、神経が俺の方に行き香里たちを忘れてしまったようだ…。それでいい。後は秋子さんたちに任せておこう…。俺はそう思った…。
「ふふっ、祐一…。今までの恨みを晴らしてやるんだお…。わたしたちを捨てて、あゆちゃんと一緒になった祐一に、女の子の執念を見せてやるんだお……」
「祐一さん…、いつもいつもいつも私のこと、子供だとかお子様だとか、好きなことを言ってくれましたね…。挙句の果てにあゆさんなんかと……。許せません!!」
「名雪……。栞……」
二人の好意を散々踏みにじってきた俺。俺はあゆを選んだ。そのことが名雪と栞の心にどれほどの傷をつけてきたのだろう。俺はそう思った。俺は二人の心を……。そう考えていた俺に…、
「祐一…、覚悟するんだお……」
名雪が、こっちに走ってくる。もともと運動神経はいい名雪だ。だんだん俺の方へと迫ってくる。5メートル、4メートル、3メートル、2メートル…、いよいよ俺の目の前に名雪の顔が…。
一瞬……、名雪が俺の視界から消えた。あっ、と思った。そのときには俺は倒されていた。上空を見る。白い雲に紛れて栞のストール鎌が俺を狙っていた。
ガキッ!!
間一髪のところで、俺は難を逃れた。これも舞と剣術の修行をやったおかげか…。俺は思った。栞はまた鎌を振り回す。名雪はまた走り始めた。
名雪の攻撃はそれほど怖くはないだろう。従姉妹だからある程度の攻撃は読める。それよりも問題なのは栞のストール鎌だ。
鎌の刃が冬の太陽にぎらぎら光っている。さすがにあれで切られると、俺はひとたまりもないだろう。栞は俺を睨んでいる。ジャムの力なんだろう、隙が感じられない。
幸い栞の持っている鎌は大鎌だ。大鎌というのは一回の攻撃力は物凄い威力がある。
威力はあるがそれゆえ、外れてしまうと、無防備になる。俺はそこを狙った。泥濘の近くまで来ると名雪たちもついてきた。
「ふふふ、祐一。自分から足場の悪いところに来るなんて……。さあ、観念するんだお〜」
名雪はそう言うと不敵に笑った。栞はストール鎌を構えて…、
「祐一さん…、もし死んでもすぐにジャムで蘇生してあげますからね……。ふふふっ……」
不敵に微笑む。俺は何も言わず木刀を構えた。目を閉じる。精神を集中する……。風が流れるのが分かる。と……、風が…、動いた……。
ブンッ……。と俺の耳の近くで風が鳴った。目を開ける。鎌を泥濘にとられもがいている栞の姿があった。尽かさず、俺は攻撃に移る。渾身の力を込めて栞の胴の柔らかい所へ木刀を叩きこんだ。
“うっ!!”
という言葉を吐いて、栞は倒れこんだ…。栞の体を見た。栞の体から、オレンジ色の気体が鬼のような顔を呈しながら消えていった。と同時に、栞は元のスレンダーな体型に戻っていった。これで大丈夫だろう…。
「ごめんな…、栞……。お前の気持ち、踏みにじって…」
俺はそう言うと、名雪の顔を睨む。名雪も負けずに、俺を睨み返していた。しかし攻撃してはこない。栞を抱き起こし、ベンチに寝かせた…。真っ白な雪の上に眠る、白雪姫のように栞は眠っている…。
「今回の事件は全部お前がやったことなんだろう? 名雪……」
木刀を構えながら俺はそう聞いた。
「……そうだお。わたしは、祐一のことが好きだったんだお。ここにも祐一のことが好きな女の子がいるって言うこと…、分かってほしかったんだお。なのに、なのに…。祐一はあゆちゃんのことばかり…。死のうと思った。お母さんのジャムをたくさん食べれば、死ねると思ったんだお。だけど…、無理だった。お母さんのジャムを食べれば食べるほど、祐一への恋しさが募って…。わたしを捨てた祐一への恨みや憎しみが募って…。わたしだって、わたしだって、祐一のこと……待って……たんだからぁ……」
名雪は、泣いていた。手のひらで零れ落ちる涙を拭きつつ、名雪はまた話し出す。
「…栞ちゃんを巻き込んだのも、わたしだお…。わたしがお母さんのジャムを食べさせたんだお…。だって、栞ちゃんがあまりにも可愛そうで…。奇跡が起こっても好きだった人はどこか遠いところに行ってしまったみたいで…。可愛そうでならなかったんだお。まるでわたし自身を見ているようで…。だから…、だからわたしが覚醒させてあげたんだおっ!!」
名雪は、悔恨の瞳で俺を睨んだ。名雪や栞の気持ちは知っていた。だけど、7年間も暗い暗い病室で一人俺のことを待っていたあゆのことを考えると、俺は……。
「名雪…。俺はお前や栞の気持ちは分かっていた。でもな、あゆは、あゆはどうするんだ? あゆは7年間も暗い暗い病室で一人俺のことを待っていたんだぞ? それに、お前だって喜んでくれてたじゃないか? “元気になってよかったね。あゆちゃん”って…。喜んでくれてたじゃないか!!」
「……。もう……、何を言っても無駄のようだね…。ふふっ。祐一を倒してお母さんのジャムを食べさせるんだお。そしてわたしといつまでも一緒にいるんだお…」
「お母さんのジャムって……、これのことか? 水瀬……」
そう言って、近づく影たち……。名雪は、驚いたような顔をしていた。俺は振り返る。と、そこには…、
「藤田……、航さん……、それに……、みんな……」
オレンジ色のジャムの入った大瓶を肩に抱えた藤田や、秋子さん、航さんたちが全員集合していた。藤田は言う。
「志保と矢島は、オレたちが倒したぜ…。あとはおめぇだけだな、水瀬…。どうだ、もう勝ち目はね〜ぞ。降参するか…。最後まで抗うか…。好きにしてくれや…。まあ、どっちにしても、おめぇに勝ち目はねぇな…」
「名雪ちゃん。元に戻るんだ。君の心の中にはまだ良心が残ってるはずだよ。だから、だから…」
航さんは、真剣な表情で名雪に言葉を投げかけている……。
「名雪…」
秋子さんは名雪を悲しそうに見つめる……。名雪はそんな母を恨めしそうに睨んでいた。ほどなく、名雪は包囲された。千影さんや芹香さんは攻撃呪文を唱えようとしていたし、葵や琴音も臨戦体制だ。
香里や舞も気絶から復帰したらしく、香里は栞のところへ、舞は藤田たちと名雪を包囲していた。
「名雪さん……」
あゆが名雪の元へと向かう。しっかりと、しっかりと雪を踏みしめてあゆは名雪の元へと向かっていった。名雪の元…。足は止まった。ゆっくり顔を上げる。
パンッ!!
名雪の手が、あゆの頬を打った…。俺は、止めようとした。…が、誰かが俺の肩に手をかけて制止させた。ふと静止させた手を見る。秋子さんだった。秋子さんはふるふると何も言わず首を横に振った。秋子さんは言った。
「本当は、…本当はあの場所にいなければいけないのはわたしです。なのに…、なのに、あゆちゃんは、“秋子さん…、ボク、名雪さんや栞ちゃんに謝らなくちゃって思うんだ。ボクのせいで名雪さんや栞ちゃんは…。だからボク…”って言ってわたしの代わりに…。止めようと思いました。すべてはわたしのせいなんですから…。だけど…」
ぽろぽろと涙を流し秋子さんは言う。名雪を見た。悲しそうな瞳で秋子さんを見ていた。
…涙が一粒、名雪の目から落ちた。もう、終わりであることを悟った名雪(の中の謎ジャム)は、名雪の心にある良心に動かされたかのように、自分から伝説の野苺の瓶を持ったあゆに向かって言った…。
「…ごめんね。あゆちゃん。わたし、あゆちゃんが羨ましかったんだよ…。お母さんも、みんなも、ごめんね…」
野苺ジャムの入った瓶を細い指で一口掬って、名雪はそれを舐めた。するとどうだろう。すうっと、オレンジ色の悲しげなオーラを出して、名雪は倒れた……。
俺のとんでもない一ヶ月が終わった……。
エピローグへ続く