観鈴…、元気でやってるか?
 俺は今、北の地方に来ている。友達は出来たか? お前のことだ…。きっと、「が、がお」とか言って呆れられていることだろうな…。遠野や佳乃とはうまくやっているか? 晴子は…、相変わらずなんだろうな…。


星のラブレター

前編


 俺は今、ある家庭で厄介になっていた。観鈴のところから旅立って、4ヶ月…。何とか路銀を稼いだり日雇いのアルバイトなどをやったりしてきた。
 空にいるという少女を探しながら…。そして今、俺は北の町に来ている。さすがに11月ともなると、北の町は寒い。
 路銀を稼ごうにも、こう寒くては見る人など誰もいない。まあ、人気のあるところは別だが…。新参者の俺にとってはここで稼げるとは思わなかった。
 もっとも、ここに来る前にちょっと稼げた金があるので、今日は安価な宿に泊まることにした。もうチェックインは済ませてある。
 大道芸の方はやはりこの町でも受けなかった…。法術なんてあってもなくても同じだな…。俺はそう思った。
 そろそろ日も落ちてきた。今日はもう店じまいだ…。路銀は300円程度しかたまってないが、まあいいだろう…。また日雇いのバイトでも探せば済むことだ…。
 人形をズボンのポケットに仕舞って、宿へ戻ろうとすると高校生くらいのカップルだろう2人が、俺に向かって声を掛けてきた。
「すごいですね。それ。どうやって動かしているんです?」
 少年の方が、聞いてきた。どこから来たんだろうか? ずっと見てたんだろうか? 俺は思った。
「法術だ…」
 俺は答えた。カップルは不思議そうに顔を見合わせながら…、
「「法術?」」
「…まあ、簡単に言えば魔法みたいなものだ…。俺の家系はその力を受け継いできた」
「へぇ〜。すごいね、祐一。魔法だって…」
 少女の方はのんびりした口調で、少年(祐一という名前なんだろう…)に話し掛けている。法術を見ても驚きもしやしない。
 一体このカップルは何なんだ…。俺は怪訝そうな目をカップルの方へ向けた。
「わ、わたしたちは別に怪しいものじゃないよ〜」
 少女は、慌てて俺の怪訝そうな目に反応した。案外勘はいいのかもしれない。
「何で、俺なんかに話し掛けたんだ? 大道芸人なんていくらでもいるだろう?」
 今日は土曜日。明日も休みということで大道芸人たちが、あちこちで自分の芸を披露していた。時折「わぁ〜、すごい」という歓声が聞こえている。でも何でこのカップルは、俺のところに来たんだろう…。
 元より俺の芸が受けないことは、観鈴のところで「これでもかっ」というくらい思い知らされた。今さら、面白いだの楽しいだのといわれても…。俺があれこれ考えていると…、
「真琴やあゆに見せたら、きっと喜ぶだろうなぁ…」
「そうだね…。あと、香里や栞ちゃん、美汐ちゃん…。それにお母さんにも見せてあげたいね…」
「舞と佐祐理さんにも見せてやりたいな…。おまけに北川も…」
「うふふ、そんなこと言うと北川くんが可哀想だよー」
 そんなことを何分か話した後…、少女の方が、俺に向かって話し掛けてきた。
「あの…、もしよかったら、うちに来ませんか? あなたの大道芸をもっと見せてほしいんです…」
 名雪という少女が俺の目を見つめてそう言った。
「へっ? お、俺か?……。マジでいいのか? どこの馬の骨とも知れないヤツだぞ?」
「ええ…、でも、あなたにはどことない温かさが感じられました。祐一と同じような温かさが…。そういう人に悪い人はいません……」
 少女は少年の腕を取って、にっこりと微笑んでそう言った。俺は、その自然で素朴なこの二人に心惹かれた…。俺も観鈴にこんな風に接していただろうか…。
 いや、俺は心のどこかで観鈴を拒絶していたはずだ…。そう思うとこの二人の言葉が、重かった…。
「宿の手続きもある。少し時間がかかると思うが構わないか?」
「構いませんよ……」
 少年が言った。俺は早速、宿に行きチェックアウトをして出てきた。二人は微笑みながら俺の来るのを待っていた。
「そう言えば、自己紹介がまだだったな。俺は国崎往人。これから厄介になるが、よろしくな」
「俺は、相沢祐一です。よろしく」
「わたし、水瀬名雪って言います。よろしく〜。わたしのことは、なゆちゃんって呼んでくれると嬉しいんだお〜」
「何がなゆちゃんだっ!! 名雪は爆睡眠り姫で十分だっ!!」
「ううぅ〜。ひどいんだお〜、祐一ぃ〜。もうっ、祐一は今晩から紅しょうが…。紅しょうがに紅しょうがを乗せて食べるんだお〜。ぷんぷん!! それか、イチゴサンデー五つ…」
「…なゆちゃんでいいです。とほほ…」
「祐一と名雪か…。なゆちゃんっていうのもなんだしな…。名前で呼ばせてもらうことにするよ」
 俺の言葉を聞いて名雪は残念そうに下を向いた。
 この娘も、観鈴と同じようなものだな…、俺は思った。後で聞いたんだが、祐一は名雪の家に居候しているということだった。どこも居候というものは辛いものだ…。俺は、祐一に同情した…。
「ところで祐一」
「はい。なんですか? 国崎さん」
「お前たちは何歳なんだ? 見た感じ高校生っぽいのだが…」
「その通り、わたしと祐一は、同い年で17です…。もうすぐ18になるんだけどね」
「ふーん、そうか…。観鈴と同じくらいか…。……俺が17の頃は、もう働いていたなぁ…」
「そうなんですか……。ところで、国崎さん…。観鈴さんってどなたですか? 妹さんですか?」
「……俺は今年で二十歳になる。年上といえば年上か…。苗字で呼ばれるのもなんなんだが…。でも…、まあ好きに呼んでくれ…。それと、観鈴は前の居候先の娘だ…」
「へぇ、そうですか…。じゃあ、往人さんって呼ばせてもらいます」
「ああ、そうしてくれ……」
 そうしているうちに、名雪の住む家(祐一の居候先)に着いた。


「ちょっと待っててくださいね。お母さんに言ってきますから……」
 家の前で名雪はそう言って中に入っていった。祐一は名雪を見ていたが…、
「秋子さんのことだからすぐに了承するに決まってるんだけどな……」
 そう言って笑っていた。俺には何のことだかさっぱり分からない。と名雪が笑顔で出てきた。
「往人さん、入ってください。さぁ、早く早くぅ〜」
「やっぱり、一秒で了承……」
 祐一が何か言っていたが気にしないことにする。
 玄関を入ると名雪をもう少し大人にしたような、魅力的な女性が立っていた。その女性が軽く会釈をする。俺も、続けて会釈した。
「まあ、旅の途中だとか…。何もないところですけど、ゆっくりしていって下さいね…」
「ああ、世話になる」
「あっ、自己紹介がまだでしたよね。わたしは、水瀬秋子。ここにいる名雪の母親です。よろしく」
「国崎往人だ。よろしく…。ところで、あんた。旦那は? もう帰って来てるんだろ?」
 時計は午後6時半を指していた。もう、旦那が帰ってきてもおかしくない。俺がそう聞くと秋子は、悲しそうに目を伏せた。たまらず祐一が言ってきた。
「秋子さんの旦那さん、つまり俺のおじさんは秋子さんが名雪を産んでからすぐに…」
 俺はしまったと思った。どうも俺は、ずけずけと言ってしまうところがある。名雪も悲しそうに母を見つめていた。
「す、すまない。つまらん質問をしてしまったようだ。本当にすまない……」
「……いいえ。いいんですよ。あの人との思い出はここに閉まってありますから…。それにわたしには4人も素直で優しい子達がいますし…」
 秋子は、胸に手を当ててそう言うと名雪たちの方を見て微笑んだ…。そして、思い立ったように秋子が…、
「往人さん。お疲れではありませんか? さあさあ、そんなところに立ってないで上がってくださいな…」
 俺は、言われるままに中へと入っていた。やはり北の国の人は温かだ…。晴子にも、秋子の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい。俺は真剣にそう思った。
「ところで、4人の子供といっていたが、後の3人はどこだ?」
「あら? 一人は祐一さんですよ…。後の二人は…、多分2階ですね…」
「えっ? 俺ですか?」
 祐一が驚いて聞くと、秋子は頷きこう言った。
「ええ…。わたし達の家にいる以上はわたし達の家族ですよ。そして、今日…、また家族が一人増えました。うふふ」
 俺は、胸の奥が熱くなった。この人は、何て心が広い人なんだろうと…。晴子が何千億人集まろうとこの人にはかなわんだろう…。そう俺は痛切に感じた。俺は、リビングに荷物を置く。
 家は温かだった。祐一と名雪は勉強があるとか言って、2階へ上がっていった。
 俺は秋子からいろいろ聞かれた。俺も秋子にいろいろ話して聞かせた。今までの暮らしのこと、空にいるという少女のこと、そして…、神尾家のこと。観鈴のこと…。秋子は食事の準備をしながら…。
「まあ、それは大変だったでしょうね…。観鈴ちゃん、心配してないかしら…」
 そういうと、秋子は手を頬にやる独特なポーズをしていた。後で祐一たちに聞くところの“秋子さんポーズ”だそうだ。
「あいつのことだ。たぶん大丈夫だろう…」
「ふふっ、そうですね。でもね、きっと心のどこかでは寂しい、会いたいって思ってるんですよ。わたしもそうでしたから…。あの人に会いたいって…。……だから、一言でもでいいですから、お手紙…、書いてみませんか?…。観鈴ちゃんも、安心できますし…」
「…いや、……いい。今は遠慮しておく」
 俺は、そう言った。秋子は少し残念そうな顔をしていたが、“じゃあ、また書きたくなったときにでも言ってください…”そう言って、ペンと紙を戸棚に直した。


 夕食はそれは賑やかだった。
「えっ、えーっと、ボ、ボク。み、水瀬あゆって言います。よろしく…。ほ、ほら、真琴ちゃんも…」
「あっ、あぅーっ。み、水瀬真琴…」
 二人は、恥ずかしそうに挨拶した。なぜ恥ずかしそうにしているのかと秋子に聞くと…、
「あゆちゃんと真琴は孤児なんです。だからわたしが引き取ったんです。ちょっぴり恥ずかしがり屋さんですが二人ともわたしの可愛い子供ですよ」
 そう言って微笑んだ。
「国崎往人だ。これから世話になる…。よろしく」
「往人さんってすごいんだよ〜。魔法が使えるんだから。ねっ、祐一」
「ああ、すごかったぞ〜。何せ、何も触れることなく人形を歩かせることができるんだからな…」
「うぐぅ〜、祐一君、ほんと?」
「ああ、本当だ…。この目でしっかり見たんだからな!!」
「祐一が見たって言うのはなんか嘘くさ〜い。名雪お姉ちゃんは見たの?」
「うん。わたしも見たよ。すごかったね。祐一」
「ふう〜ん。名雪お姉ちゃんがそう言うんなら本当ねっ!!」
「真琴〜。お前は俺の言うことはすべて嘘で、名雪やあゆや秋子さんの言うことなら信じるのか〜っ!!」
「ふんだっ、いつもいつも真琴のことバカにしたり、お風呂に一緒に入ろうとしたり、エッチな本買ってこさせようとしたりするじゃないのよぅ。そんなことしてるヤツの言うことなんか信じるもんですかぁ〜!!」
 祐一は真琴が喋っている間に真琴の皿のおかずを食べていた。真琴は「はっ」と我に帰って自分の皿を見る。そこには…、
「あぅーっ、真琴のおかずが、おかずがぁ〜」
 真琴の皿には野菜だけしかのってなかった。あゆが見かねて…、
「真琴ちゃん、ボクの半分あげるよ…。うぐぅ〜。祐一君、何で真琴ちゃんだけにはイジワルなの?」
「そうだよ…、祐一。真琴がかわいそうだよ…」
「なんだなんだ。俺がまるで悪者みたいじゃないかぁっ!! もともと、あいつのいたずらが原因だっ!! 俺はその報復をしているだけにすぎんっ!」
「あぅーっ」
「でもね、祐一。何も真琴のおかずまで取らなくてもいいんじゃないかな〜。真琴も最近はいたずら、あまりしなくなったでしょ?」
「うぐぅ〜。そうだよ、祐一君」
「うぐっ!!」
 二人から責められて、祐一はたじたじになっていた。俺は…、
「まあ、聞け。祐一が真琴にいたずらしたのは事実だろう。俺は知らんがな…。だけどな…、祐一は真琴が可愛いからいたずらしたんじゃないのか? よく好きな女の子の靴とか隠したりすることがあるだろ? それとおんなじだ…。なっ、そうだろ? 祐一…」
 そう言った。祐一は図星だったみたいで顔を赤くして俯いた。真琴も同じように俯いていた。
「うぐぅ〜。往人さんてすごいんだね〜。あの二人を黙らせちゃった」
「ほんとだね〜。いつもはお母さんのジャムで黙らせるのに…」
 その時、秋子の眉間がピクッと動いた。そして…、
「名雪…、明日の朝は分かってる? うふふふふふふふ」
 名雪はどういうわけか真っ白になっていた。


 風呂にも入らせてもらい、寝床まで用意してもらった。俺はソファーでもいいと言ったんだが、秋子は譲らなかった。俺は結局祐一と同じ部屋で寝ることになった。まさにいたせりつくせりだ…。
 晴子とは大違いだな…。俺は思った。これが晴子だったら、今ごろ…。
“ほれっ、居候。何しけた面して飲んでんねん! もっときりきり飲まんかいっ!”
 とこうなるに決まってる。そこへくると秋子は、まさに日本の母の代表だ…。俺の母さんも優しかったが、秋子も母さんと同じくらい優しい。
 こんないい環境で育てばいい子が出来ることは決まってる。そんなことを考えると、観鈴は例外なんだろうな…。俺はそう思いながら床に就いた。
 俺は疲れていたんだろう。祐一と話もせずに寝てしまった。

 次の日…。
 9時ごろ俺は目が覚めた。祐一は早く目が覚めたのか俺が起きたときにはもういなかった。一階に続く階段のところで真琴に会った。どうもこいつを見てるとみちるのことを思い出す。
 まあ、みちるのように乱暴者ではない(と俺は思うんだが…)。
「あっ、あぅー。お、おはよう」
 それだけ言うと真琴は自分の部屋(あゆと併用)に戻っていった。恥ずかしいのだろうか? まあ、どっちにしてもみちるとは大違いだな。そう考えていると…。
「あっ、往人さん。おはようございます。昨日はよく眠れたのかな? うぐぅ〜。ボク、今日の人形劇が楽しみで、なかなか眠れなかったんだよ〜。って、あれ? 真琴ちゃんは?」
「ああ、真琴か? あいつならさっき部屋に戻ってったぞ」
「あっ、そうなんだ…。じゃあ、往人さん。先に下に降りてて。お母さんがおいしい朝食作ってると思うから…。ボクは真琴ちゃんをつれて降りるから。うぐぅ〜、どうして真琴ちゃんは人見知りするのかな〜?」
「ああ、そうさせてもらう」
 あゆはそんなことを一人呟きながら、自分の部屋へ戻っていった。俺は一人一階へと下りた。と、どことなくベーコンのいい匂いがしてくる。俺は、リビングへ来た。
「「あっ、往人さん。おはようございます」」
 祐一と秋子の声が重なって俺に聞こえてきた。
「おはよう、んっ? 名雪はまだなのか?」
「ええ、名雪だったらもうすぐ…」
 と祐一が言いかけた刹那…、
「おはようございまふぁ〜〜〜」
 名雪が、半分寝とぼけながら、リビングのドアを開けた。大きなカエルのぬいぐるみと一緒に…。寝ぼけ眼で、そのカエルのぬいぐるみに話し掛けていた。
 その後をあゆと真琴が続けて入ってくる。秋子も席に着く。朝食が始まった。水瀬家は朝はパンなんだな。
 俺はどっちかというとご飯系が好きなんだが…。そのことを秋子に言うと…、
「まあ、気が付きませんでしたね。ごめんなさい。今すぐ用意しますから…」
「あっ、いい、いい。居候の身でありながら勝手なことを言ってしまった。すまん…」
「いえ、いいんですよ…。何かありましたら、遠慮せずに言ってくださいね……」
 もう秋子が天使か神のように思えてきた。晴子なんかと比べてはいけない気がする。もっとこう、神々しいというようなそんな感じがした…。
 俺はイチゴジャムをパンに塗ると一口かじった。うまい。秋子は家事の天才だ。俺は思った。
 と…、秋子が何か思い立ったように、冷蔵庫からオレンジ色のジャムを持ってきた。
「あっ、そうそう、往人さん。このジャムも試してもらえるかしら…」
 そういうや否や、名雪は部屋を飛び出し廊下からこっちを伺っていた。あゆと真琴はもうその場からいない。祐一はその場で青ざめている。どうしたんだろう。俺はそのオレンジ色のジャムをパンに塗ると、一口食べた。
「……うん、変わった味だが、結構うまいな…。もっと塗ってもいいだろう……」
「まあっ!! そう言っていただけると嬉しいです。さあ、どんどん食べてくださいね…」
 秋子は心の底から嬉しそうに俺がそのジャムを塗って食うところを見つめていた。祐一はただ、呆然と見つめるだけだった。名雪たちは真っ白になって立ち竦んでいた。

〜続く〜