忘れん坊健ちゃんズ
明日はいよいよ彼岸の中日と言う季節、しかも3連休と来ているものだから普段なら“嬉しさ倍さらにドン!” と言った感じなわけなのだが、今年はそう言うわけにもいかないわけで…。と言うのも、俺の彼女・進藤さつきの誕生日をほぼ一ヶ月以上も忘れていて、今こうして拗ねられてると言うわけなのだ。今年は大学受験と言う大変な時期だから、電話なんぞをかけてお祝いうの言葉でも言おうかとは思っていたわけなのだが、南山の野郎に予備校に付き合っていたのが運の尽き。小難しい言葉の講師の講義を受けていたものだから帰ってくるなりぐて〜っとなってしまい、飯も食わずに寝てしまって結局、進藤の誕生日のことをすっかり忘れていた。思い出したのが9月1日の始業式の後だったというわけだ。
それから何度も謝ってはいるのだが、向こうは“ふんっ!” とばかりにそっぽを向いてなかなか許してもらえていない。まあ彼女の誕生日を忘れていたと言うだけで別れるカップルも多分にいるのでこれはこれで致し方ないと言えばそうなるんだが…。しかしそこを敢えて言わせて欲しい。今年、俺は大学受験生なんだ! と…。まあこう言って素直に首を縦に振る女じゃないって言うことは重々分かっているつもりだし、よしんば素直に縦に振ったらこっちが面食らってしまう。と今朝方、前を歩くデカリボンな女に酷似したような背格好の従姉に久方ぶりに電話を掛けたんだったっけか? 親父が“たまには掛けてくれ” とうるさく言うもんでこっちも仕方な〜く掛けた訳だが。ちなみに雪希は朝早くに陸上の練習があるとか言って今日は早め家を出て行ったからこのやり取りを知っているのは俺だけなわけだ。先月の14日の誕生日な俺の彼女・進藤の話をすると、何でも俺と同じ名前の健次さんの妹の鈴夏さんの誕生日会をやるからあんたも一緒にどう? とか言う内容だったわけだが…。
「全くお兄ちゃんは〜、進藤さんのことになるとすぐに忘れちゃうんだから〜…」
と半ばと言うか全体的に呆れ顔でマイシスターに始業式の帰りからこっちぷぅ〜っと俺の顔を涙目に見つめる進藤の頭を優しく撫でながらこう言われているわけで…。とその横から、“けんちゃんってば昔っからいっつもこうだったからね〜っ? この際だからうんと進藤さんに怒られちゃえばいいんだよ〜っ!!” と普段俺にイジワルされている? 日和がここぞと言わんばかりに俺の悪口を言っているし、清香は清香で、“あんたのことなんかどうでもいいけど、早く謝っちゃいなさいよ。それからこの険悪な雰囲気は何とかしてちょうだい!” と言って俺の顔をギロリと睨みつけているわけで…。いや、何とかしたいのは山々なんだが、上目遣いの三白眼でギロリと睨んでいる今の進藤に何を言っても無駄のようにしか思えんのだけどな…。ここで麻美先輩がいたら、“めっ!” の一言で大概は丸く収まるはずなのだが、残念なことに麻美先輩は今年の3月に卒業してしまい今は俺たちの町から電車で2時間ほど離れた海と山とが迫った自然溢れる田舎町の大学に通っている。その大学には農学部があって何でも餅米の研究をするんだとか…。それが実に先輩らしいよなぁ〜と思ったのは今年の2月くらいのときだったか…。と俺の彼女はと言うと、未だにぷぅ〜っと頬を膨らませて三白眼の怖い目つきでじ〜っと俺の顔を睨みながら何やらぶつぶつと呟いている。何だぁ〜っと思って耳を澄ませて聞いてみると…。
「うふふふふっ、この間お姉ちゃんと北海道に旅行に行ったときに密かに仕入れておいた、“呪いのオレンジ色のジャム” 先輩にた〜っぷり食べさせてあげますからね〜? うふっ、うふっ、うふふふふぅ〜っ…」
とまるで狂気の扉でも開いたかのように怪しく微笑む進藤。と言うか何だ? その“呪いのオレンジ色のジャム” って言う眉唾物なアイテムは…。と思って雪希たちに聞こうと思い振り返ると誰もいなかった。普段幽霊とかそう言う“呪いの〜” とか言うものには耐性が出来ているはずの清香でさえいない。こりゃ本物か? とは思うがそんな眉唾なアイテムがあるのかないのかさえ分からん俺は、ちょうどぽんこつな顔を出したり引っ込めたりしている日和を捕まえて問いただしてみる。日和の口から出た言葉はこうだった。
“わたしも詳しいことは知らないんだけど…、とある北海道の主婦A子さんが愛する旦那さんを病気で失って、自暴自棄になって作ったのがこの‘呪いのオレンジ色のジャム’ らしいんだって。それをパンに塗って食べたり舐めたりすると必ず呪いが掛かって病気になってしまったり、事故に遭ったり、怪我をしたりするらしいんだよ〜。ぶるぶる…”
ただの迷信じゃねーかよ?! とは思ったが、この日和のあまりの怖がりよう、そして何より普段そういうことにはほとんど皆無な清香でさえあの怖がりようだ。あながち間違ってはいないのだろう。そう思いつつ未だに怪しく不気味な笑みをたたえて虚ろな目で俺の顔を睨む進藤を正気に戻すため、伝家の宝刀“延髄チョップ” をお見舞いしてやる。これで正気に戻るかどうか分からんが戻ってくれればいいなと思った。やがて、“い、痛いですよ〜っ!! 一瞬お花畑が見えましたっ!!” といつもの進藤が起き上がって俺に食って掛かってくる。俺が事の次第を話すと、
「ふぇっ? 私が何でそんなことを喋るんです? 私だって怖いのは苦手なのに?」
といつもの彼女の受け応えが返ってきた。何だったんだ? さっきのは…。よく分からんが、まあ狂気にでも触れたんだろう。そう思っていつもの進藤に戻ったのか俺のあることないことを大声で喋りまくる進藤を諦めた表情で見つめながら帰り道を歩く俺がいたのだった。しかし、何かしてやらんといつまでもこの険悪なムードが続くしなぁ〜っと考えてさっきのことを思い出す。俺の身内の中で唯一の従姉妹と呼べる存在ではあるのだが、あの傍若無人な美空姉に借りを作るのは少々(と言うか思いっきり)嫌なわけだが背に腹は変えられん。そう思って今朝のことをみんなに話す俺がいるのだった。
「お兄ちゃんのバカ〜っ! もう1ヶ月も経ってからお祝いしてもらっても全然嬉しくないよ〜っ!! だいたい妹の誕生日も忘れて七海お姉ちゃんと旅行ってどういうことなのさ〜っ! ぶぅ〜っ!!」
不機嫌極まりないと言う顔で妹は俺の顔をギロリと睨む。そういや先月の明日、8月22日だったっけか? 我が妹にして俺を投げ飛ばす名人・鈴夏の誕生日は。そのことをすっかり忘れていた俺はまあ、幼馴染み兼恋人で隣の住人の七海と北海道のほうへツーリング旅行に1ヶ月間行っていて、妹の誕生日なんぞすっかり忘れていたわけで…。8月の終わりに家のほうに帰ってきて、いきなり妹から柔道の技を全部掛けられたことは言う間でもなく、なおかつ今でも根に持っているのかぶつぶつと俺の顔を見ると文句を言っているわけで…。しかも夜、寝静まった頃にそう言う声が聞こえてくるものだから、ある意味呪詛のように聞こえてきて最近と言うかここ1ヶ月は寝不足状態が続いていると言うわけだ。
じゃあ一緒の旅仲間である七海はどうだったかと言うと、ちゃんとプレゼントをくれていたらしい。そういや、途中で何か土産物を俺の家のほうに贈っていたような気もするんだが…。あれは鈴夏への誕生日プレゼントだったんだな? と今更ながら思うわけだ。で、明日改めて誕生日会を開こうと言うとこう言う文句が飛んでくる。顔を見ればぶす〜っと俺の顔を上目遣いに見遣っている。
「お前ももう二十歳なんだからそう言う顔は止めにしようや。なっ?」
と少々大人なことを言って落ち着かせようとはするものの、ますます頬を膨らませて涙目の上目遣いになって俺の顔をぐぐぐっと睨む鈴夏。何となくその顔が駄々をこねまくっていた子供の頃の顔にそっくりだったんで、それが元でまた笑ってしまって、また妹の十八番である巴投げを喰らい5メートルは投げられてしまった。とほほ…。と、電話が鳴っている。こんな夜更けに誰からだ? と思って痛む体を擦り擦り出てみるとうちの従姉とどっこいどっこいな背格好の知り合い・美空だった。
「なんだ? 背が1ミリほど伸びたから自慢しようと思って電話してきたのか?」
と言う俺(もちろん軽いジョークのつもりなわけだが)に対し“相変わらず失礼だね〜っ!! キミはっ!!” と電話口の向こうからよく通る声で言う美空。相も変わらず元気だよな? やっぱり背が低いからか? と心の中で思っていると、“元気なのは毎日規則正しい生活を送っているからでしょ? って言うか背が低いからとか全然関係ないじゃないのよ?! 全くキミって人は…” とのたまう美空。って! 何で分かったんだ俺の心の声が? と聞いてみると、“だって電話口でぽそぽそ喋ってたじゃないのさ” と向こうで口を尖らせているのであろう美空がこんなことを言ってぶつぶつと何やら文句を言っているわけで…。このままじゃ俺のほうが滅入ってしまうと思い、“何でまた俺のところに電話をかけてきたんだ?” と、当初の疑問だった話題に振ってみた。すると…。
「あのさ、うちの従弟の後輩の誕生日をね? あのバカがどうも忘れちゃったみたいでさ。それで電話が掛かってきて、“明日そっちに行きたいんだけどいいか?” ってね? でよかったらキミも一緒にどうかなぁ〜? って思って電話したんだけど…。何か用事とかある? もしなかったなら…」
と言う美空。これぞ天の助けか? そう聞こえてくる。向こうの健二も俺と同じで忘れっぽい性格なのは交流を繰り返しているうちに分かってきているので今回も誕生日を忘れたんだな? 俺と同じように…。そう思って、“こっちも実は…” と今までの顛末を話す俺。横では鈴夏が実に恨めしそうな顔をしながら俺の顔をギロリと凶悪そうな顔をして睨んでいる。その顔に少々ビビリが入りながら実際の時間とかを決めた。カシャッと電話を置くと、ギロリと睨む鈴夏に“出かけるから支度をしろ!!” と言う俺。そう言った俺を毒気を抜かれたような顔をしてぽえっとしたような顔で見つめる妹をよそに、早速準備をする。途中部屋にいた七海にも声を掛け、“それじゃあ佐倉さんや多恵先輩にも声をかけないとね?” ということで日は変わって22日午後3時…、美空の家のほうに向かうバス停にはひかりを除く全員が勢ぞろいしていた。はぁ〜っとため息を一つ。何でうちの面々はこうも揃いがいいんだ? そう思い女子特有の話に花が咲く中黙ってバスを待っていると、ブッブ〜ッとバスがやってくる。んっ? ちょっと待て? あの前のちびっこい体はもしや?! と思ってよくよく見るとやっぱり、俺の天敵のひかりだ。でも何であいつがやって来るんだ? 今年の夏はちょっと用事があるとか言ってこなかったくせに…。と思っているうちにぷしゅ〜っとバスの昇降口の扉が開く。中から賑やかしい声で、“やっほー、春休みぶり〜” と、いつも俺の安眠を邪魔してくれるあの声が聞こえてくる。無視だ無視!! そう思って、みんなの後に続いて乗り込んで、あいつの席の前を通り越そうとして、ぺしっと雑誌で叩かれる。そ〜っと叩かれたほうを見ると案の定ちびっこい従姉が凶悪そうな笑みを浮かべて立っていた。何だか自分の死期が見えたような気がした。
バスを乗り継ぎ美空姉の街にやってくる。ここに来るのも久しぶりなわけだが、それ以前に俺の彼女はうきうきわくわく状態なわけで…。そういや誰かの家に泊まるのが好きだったよな? この場合“誰か=俺”と言う公式が成り立つわけだが。確かここの路地を曲がって、と昔の記憶を辿りながら進んでいく。マイシスター・雪希もここ何年かは来ていないのが祟ったのか道を覚えていないらしい。道をくねくね曲がったりしているうちにだんだんと分からなくなる。気がつくとどうやら“迷子”と言う状態になったようだ。携帯の地図を見ようにも現在地は分かったのだがこれがどこだかさっぱり分からず…。みんなの俺を見る目が非常に痛い。と、向こうからやってくる女の人を発見。早速とばかりに聞いてみようと思って顔を見ると麻美先輩だった。
「みなさん、今日はどうしたんですか?」
といつものぽわぽわした優しい声でそう聞いてくる先輩に何て言うか迷う俺。さすがに進藤の誕生日を忘れて、同じ境遇の健次さんと一緒に祝うなんて言えるはずもない。と言うか先輩の住んでるところってここだったんだ。そう思いながら先輩のほうを見ると、進藤が身振り手振りを交えながら俺が誕生日を忘れた〜っと言うことを話しているわけで…。その後、最早恒例となった、“めっ!!” をされたことは言うまでもない。とほほ…。しかし先輩が美空姉と同じ町に住んでいたなんてな? まあ海沿いで山も結構迫っているいわゆる風光明媚な町だし、山のほうを見れば棚田もあって黄金色の稲穂が垂れ下がっているのも見える。まさに自然がいっぱいな町なわけだ。“もち米の研究にはもってこいなんですよ?” とちょっと嬉しそうな先輩。で、早速地図を見てもらうと、この地点からちょうど西に100メートルくらい行ったところが目的地である美空姉の家なんだそうだ。“それではみなさん。楽しんでくださいね?” そう言うと分かれ道のところを左に曲がろうとする先輩。“ここで会ったのも何かの縁だし、それならいっそのこと先輩にも一緒にお祝いしてもらうかな?” そう考えた俺は先輩を呼び止める。一緒にお祝いして欲しい旨を伝える。みんなを見るとみんなも同じような顔をしていた。“いいんですか?” と最初は遠慮がちに言う先輩に、“こいつの誕生パーティーなんだから遠慮なんてしたらそれこそ恨まれるぞ?” と口から先に生まれたような俺の彼女のほうを顎の先で指しながら言う。“相変わらず失礼ですねっ! 先輩はっ!!” と不謹慎極まりない表情でのたまう進藤ではあるが、俺にとってはその顔がまあ可愛くもあり恐ろしくもあり…。今、現にぷぅ〜っと頬を膨らまして上目遣いに見つめる顔に少々背筋がゾクッとなっているんだけどな? でも祝ってもらう分には多いほうがいいだろ? と目で進藤に訴えると、口を尖らせながら、“そりゃまあそうですけど…” と小声でぶつくさ言っている。まあそんなこんなで先輩も一緒についてきてくれることとなったわけで…。てくてくと先輩の教えてくれた道を歩くこと3分少々、目的地が見えてくる。まあ勝手知ったるとは言ったものだがここにくるのも久方ぶりか…。そう思い玄関のチャイムを押そうと手をチャイムのボタンのところへ持っていこうとすると…。
「同時到着とは…。キミたちって名前とか性格だけじゃなくて、心の中まで同じなんじゃないの?」
と俺たちのほうをやや訝しげに見遣るとそんなことを言う美空。まあ名前も字は違えど同じなわけだし、性格も会って話しているうちに似てるよな? とは思うんだが、心まで似ているのは如何なものか…と思うわけだ。俺はともかくとして、向こうの健二に失礼じゃないのか? とも思うわけだが、こっちもチャイムを押そうと思って手を伸ばすと同じような手があってびっくりしてもう一方の手の方向を見れば、同じ名前の彼だったわけで。ぽんこつな幼馴染みは同じ(とはいえこっちのほうが幾分かはましかな?)、妹もまあ同じ(とはいえ残念ながら向こうのほうがスペックが高いし。何せこっちは料理下手・掃除下手・胸だけが発育がいいだけだしな…)、うるさ型の腐れ縁も同じ、そして優しい先輩も同じ…とまあ似たりよったりな感じなわけだ。これじゃあ美空から“心の中まで同じなんじゃないの?” と言われても文句のつけようもない。そう思い横の彼を見ると俺と同じようなことを思っていたのか、目が合った途端にお互いぷっ! と噴き出してしまう。まあ世の中には似た人はいるもんだと思う昨日9月22日、1ヶ月遅れな妹・鈴夏の、そして一ヶ月以上遅れの向こうの健二の後輩・進藤さつきの合同誕生日会だった。
ちなみにその日の夜は大いに盛り上がってしまい、明け方近くまでわいわいやっていたものだから、後で美空から文句をたらたら言われたことは言うまでもない。向こうの健二は俺以上に大変な目にあっていることだろうな…。何せ従姉だし…。と気持ち良さそうにすやすやと眠っている俺の従姉の顔を見遣りながら、向こうもこんなちびっこい従姉に翻弄されているのかと思う。不憫な同名の彼のことをみんなが寝静まった中、一人海岸線を走る電車の窓の外、潮騒に揺れる浜辺を見ながら考えるそんな帰り道だ…。
END