「祐一!! 覚悟ぉっ!!」
「んっ? ああ、ほいっ…」
 夏休みも後半…、水瀬家は夏休みの宿題の追い込みに入っている。で…、案の定水瀬名雪は半分瞼を閉じていた。相沢祐一は今勉強している。だが、ここに祐一の勉強を邪魔する少女がいる。その少女の名は…。


晩夏の悲(喜)劇


「あう〜っ。何で当たらないのよぅ。必殺真琴パンチがっ!!」
「ふんっ! そんなヘロヘロパンチ、当たれという方が難しいんだっ!!」
 そう言って祐一を攻撃してきたこの少女は、沢渡真琴…。その昔、祐一は怪我をした子狐を拾ってきた。ちょうど8年前の冬、月宮あゆという少女と出会う1年も前のことだ…。
 幸い子狐の怪我はたいしたことはなく、名雪の母、秋子たちにも可愛がられて子狐は嬉しそうだった。
 だが、出会いがあれば別れもある。祐一は子狐を元の住んでいた所へ戻すことにした。その方が幸せだと思ったからだ…。
「いいか? 着いて来るんじゃないぞ?」
 子狐は何も分からないのか…、
“くぅ〜ん”
 と一声鳴いた。祐一はその場を立ち去る。後ろを見る。子狐は何も分からないように首を捻りながら祐一の後ろを着いてきていた。
「着いて来るなっ!!」
 そう言うと祐一は、走って逃げた……。
 それから8年後…、あの子狐は人間の姿で祐一の前に再び現れた。それが…、沢渡真琴との出会いであった…。
 何か、シリアスなことばかり考えてしまう祐一ではあったが、今現在、真琴は元気でいる。
 どういう訳か知らないが真琴が水瀬家に帰ってきた。秋子も名雪も手を叩いて喜んだ。それにあゆも。あゆは、身寄りがなかったため、秋子のところで居候させてもらっていた。
 それは祐一と同じなわけである。水瀬家は一気に賑やかになったことは言うまでもない。賑やかになったのは、すこぶるいい。すこぶるいいのだが、一つ問題なのは祐一に対する恨み度をアップさせて真琴が帰って来たことである。祐一にとってはすこぶる厄介な話である。
 祐一の一つ下である天野美汐(仕草から祐一よりずっと年上に見えるのだが…)は微笑みながら真琴が帰ってきたことを大いに喜んでいた…。だが天野は何も知らない…。
 真琴が毎夜毎夜、祐一を攻撃してくるという事実を…。もちろん、パンチはヘロヘロでどうしようもないのではあるが…。
「あう〜っ。悔しい〜っ!! 祐一っ!! 次があんたの最後だからねっ!!」
「へいへい。もう、好きにやってくれ……。でも、秋子さんには迷惑掛けさせるなよ?……」
「もうっ! 分かってるわよぅ…。それくらい…」
「真琴くん…。もうすこし強くなって、この私をKOさせるくらいになってくれたまえよ。はーはっはっはっはっは…」
 祐一はいかにも小馬鹿にしたように真琴の肩を叩いてそう言った。真琴はちょっと涙目になりながら…。
「あう〜っ。悔しい〜っ!!! 絶対に強くなって、KOさせてやるんだからぁ〜」
 びしっと、祐一の顔面に人差し指を突きつけて、一言そう唸ると、真琴は祐一の部屋を出て行った。
 少しやりすぎたか? と思う祐一ではあったが、真琴の事…。きっと明日の夜にいたずらしてくるに違いない。祐一はそう思うのだった。
 名雪は? と祐一が見ると…、いつものように幸せそうに夢の世界へ旅立っていた……。
「はぁっ、こいつは…。爆睡眠り姫だな…。全く…」
 そう思いながら、祐一は名雪に毛布を掛けてやった。北の大地はもう秋の風が吹いていた…。


「んにゅ〜。国崎往人め〜。みちるの大事な美凪を〜」
 所は変わって、ここは関西…。ある町の片隅で一人のツインテールの少女が、三白眼の目つきの怖い青年と対峙していた。
 少女の名はみちる。青年の名は国崎往人。青年の傍らには彼女の大切な姉、遠野美凪がいた…。
「美凪〜。そいつはヘンタイ誘拐魔だよっ。いつかそいつに手篭めにされちゃうよ」
 勝手な言い分である。しかし、美凪は往人の事が好きだった。自分を過去からの呪縛から開放してくれたこの青年のことを…。また往人も、天然なこの少女のことを放ってはおけないと、この町に残った。
 それが今のみちるの気持ちを不愉快にさせるものなのは言うまでもない。
「ふんっ、黙ってろ。このクソガキ!!」
「よくも言ったな〜!! みちるは怒ったぞ〜!!」
 そう言って、みちるは得意のキックを往人にお見舞いしようとする。だが何ヶ月もの間、彼女のキックの洗礼を受けてきた往人である。彼女の攻撃パターンはすでに読んでいた。
 ふっ……。
 簡単にみちるの攻撃を交わした往人は、すぐさま反撃の体制に入った。右手に全身全霊の力を込め、彼女の脳天にその怒りの鉄拳を振り下ろす……。
 ボカチンッ!!
「にょめれっちょ……」
 すかさず美凪は彼女の元へ駆け寄って、優しく往人が打ち付けた後のたんこぶを撫でてやった。いつもの光景である……。
「大丈夫?……、みちる……」
「んにゅ〜。頭がぐわんぐわんする〜〜〜。美凪〜、分かったでしょ〜? 国崎往人は乱暴者なんだよ〜。こんなやつと一緒にいたら、美凪、いつか手篭めにされちゃうよ〜〜」
 みちるは、星がちらちらする頭をフル回転させて美凪に訴える。だが、美凪は聞いてはいなかった。
「国崎さんが、私を手篭め?……。ぽっ……」
「美凪〜。しっかりしてよ〜。裸にされたり、鞭で打たれたりするかもしれないんだよ〜。ねえ、美凪〜。目を覚ましてよ〜〜」
「国崎さんが私の体を使ってあんなことやこんなことを?……。ぽっ……」
 みちるの言った言葉は、ますます彼女の妄想をかきたてる結果となってしまった。
 彼女にはもう何を言っても無駄のようである……。すでに美凪は往人にめろめろなのだ…。すかさず往人は勝ち誇ったようにみちるに言う…。
「ふっ…。みちる…。どうやら遠野は俺にぞっこんのようだぞ? お前は俺たちのラヴラヴ光線の餌食となるのだ。はーはっはっはっはっはっはっはっはっは……」
「んにゅ〜。覚えてろー!! 国崎往人〜!! いつか国崎往人を倒して美凪の目を覚まさせてやるぅ〜〜」
 だっ……。
 そう言うと、みちるは美凪のこともほったらかしにして、持って来ていた自分の鞄をひったくって、自分の家(美凪の家)の方へと走って行った……。往人と美凪は、その光景をただ呆然と見ていた。
 その夜のこと……。
 美凪が今現在、往人の家と化している廃駅にやってきた。夜も十時を過ぎた頃だ…。
「んっ? どうした、遠野? こんな夜遅くに……。母親には言ったのか?」
 美凪はすっと手紙を差し出す。どうやらいつものお米券ではないようだ……。
「国崎さん、みちるが国崎さんにと……。読んであげてください…」
「あっ、ああ……」
 往人は美凪の言われるまま、手紙を広げる…。手紙にはたどたどしい字でこう書かれてあった。
“国崎往人へ……。みちるは国崎往人を倒すため、修行の旅に出る。探したって無駄だぞ〜。みちるが帰って来るまでの間、美凪の事は頼むぞっ。でも手篭めにしようとしたり、エッチな事をしようとしたりするなっ!!! 美凪が悲しむようなことはするな!!! みちる…”
 往人は驚いた。みちるが大好きな姉のことを、会えばいつもキックをかましてくる自分に“まかせる”なんて言うはずがない。俺は信用されているのだろうか? 往人は思った。しばらく沈黙の後、往人は言った。
「なあ、遠野……。これって家出じゃないのか?」
 往人は驚いて美凪に尋ねる。美凪は落ち着いたように静々と言った。
「……大丈夫です…。国崎さん。みちるは…。それに行き先も私には言ってくれましたから……。それにみちるがいない間は…、国崎さんが私を守ってくれるのでしょう?」
「そうか……。まあ、それなら良いんだが……。…まあ、そうだな…。守って…、やらんこともないな…」
 往人は恥かしそうにぽりぽりと頬を掻いた。美凪は嬉しそうに微笑んで往人を見つめていた。
 突然の妹の家出にも関わらず、落ち着いている美凪を見て往人は少し安心した。

 関西でこんなことがあった三時間ほど前、北の町では……。

 真琴は祐一と何かあるたびに、秋子のもとへやって来ていた。例の如く今日も…。
「祐一さんとケンカでもしたのでしょう…。まあ、ケンカするほど仲がいいと言いますしね…。ふふふっ…」
 秋子はそう言うとにっこりと微笑んで、例のビンを取り出した。そして……。
「……分かったわ、真琴…。このジャムを食べて……」
「あーっ!!! あーっ!!! 秋子さん!! ま、ままま、真琴、じじじ自分で強くなりたいの…」
 秋子がオレンジ色のジャムを取り出した途端、真琴は慌てた。それも今日に限ってのことではない。秋子がオレンジ色のジャムのことを言うたび、真琴は慌て出す。
「きっと名雪たちのまねをしているのでしょう…。残念です……。でも、このジャム…、いつか商品化してみたいものですね…。ふふふふっ…」
 実に恐ろしい計画である。地球上のあらゆる兵器をも超越したこの謎ジャム…。
 そういうものを商品にするのはあまりに危険である。
 いや、商品にする前に地球上の生物という生物は、跡形もなく消えてなくなってしまう…。秋子と国連との条約で禁止されているのだ。これを破れば条約違反である。
 それにこのジャムを解毒するには1億年は悠にかかるであろう……。
 オレンジ色のジャムを見た真琴は、ハルマゲドンが100回くらい来たようなそう言う心持ちで、ガタガタブルブルと身を震わせていた。アレ最終兵器彼女をも凌駕するものだ。
 と……、真琴は以前漫画で読んだヒロインのことを思い出しながら、そう考えた…。
「そう…、残念です……」
 秋子は残念そうな顔をすると元の戸棚へ、その最終最強兵器を直した。地球が救われたことは言うまでもない。と、電話がかかって来たようだ…。秋子は電話口へ向かう。
 トゥルルルルルル。トゥルルルルルル…。ガチャ…。
「はい、水瀬です…」
「あっ、ナユナユのお母さん…。みちるだよ。遠野みちる…」
 そう言って来たのは、美凪の妹、みちるであった。実は水瀬の家は遠野家と親戚であった。
「あっ、みちるちゃん。お久しぶりです…。みちるちゃんはお元気ですか?」
「うん、みちるは元気だよ…。ナユナユのお母さんとナユナユたちは? 元気にしてるの?」
「ええ…。わたしたちは元気ですよ。それで? みちるちゃん。何か悩み事でもあるんでしょう?……」
 みちるが秋子に電話を掛けてくるのはたいてい悩み事がある場合に限る。
 秋子はみちるに(ここ最近の話題である)美凪と国崎往人という男のことを聞いた。最もみちるの言うことは、往人の悪口ばかりではあるのだが…。秋子は、ため息をつきながら…、
「はぁ〜…。わたしがもう少し若ければ、柔道の一つも教えてあげられたのに…。みちるちゃん。ごめんなさいね…。年を取るとつい若かった頃の話をしてしまって…」
 そう、秋子はその昔、柔道で世界一になっていたのだ……。それも、もう昔のことである……。オリンピック・柔道で金メダルを取った天才少女はいつしか家事の天才となっていた。
「でね……。みちる、その国崎往人に馬鹿にされてね…。とっても悔しかったんだ…。だから国崎往人をやっつけるための修行に出ようと思うんだけど、みちる、どこに行ったらいいのか分からなくって…。で、ナユナユのお母さんのこと思い出したの。昔、世界一になったなと思って…。それでナユナユのお母さんに国崎往人をやっつけるための技を教えてほしいんだけど…。そっちへ行っていいかな…」
「みちるちゃん……」
 秋子は考える。断ってしまうことは簡単だ。秋子は考える……。しかし、秋子は断ろうとはしなかった。
 なぜなら、新作のアレを試してみたくなったからである。かといって、アレを食せる人間は少ない。いや、人間の食せるものではないのだ。
 それをあえて人間、そして半妖怪に試そうというのは、無謀な試みである。無謀な試みではあるが、秋子の探究心は無限に広がるのだった。探究心で胸躍る秋子は…、
「みちるちゃん。わたしでよければ手伝ってあげましょうか? ふふ。ふふふふ……」
 秋子は邪悪な微笑みを浮べると、みちるにそう言った。みちるは電話の陰で笑う秋子の邪悪な悪魔のような笑みには気が付くはずもなく……。
「ほ、ほんとー? 国崎往人め〜。みちるはこれから復讐の鬼となってやる〜っ。にゅふふふ〜」
「じゃあ、待ってるわね…」
 そう言って電話を切った。ああ、何と哀れであろうか……。真琴とみちる…、二人は四日後、あの人類最終兵器の餌食となってしまうのに……。真琴はと言うと…、何も知らず、無垢な寝顔を浮べて眠っていた。
 寝ている時の顔は、まるで天使のようである。
「ふふっ…、無謀な試み…。一回試してみたいと思っていたこと……。ふふっ、ふふふふふふふふふふふ」
 秋子はそう呟いて、一人ニヤリと邪悪に微笑むと真琴に毛布を掛けてやった…。
 真琴は、祐一に復讐している夢でも見ているのだろう。幸せそうな顔をして眠っていた…。4日後、とんでもない災難が待っているとも知らずに……。


 あくる日、みちるは一人電車に揺られて北海道へとやってきた。
「んに〜。北海道はやっぱり広いなぁ」
 みちるは、そういうと外の景色を見た。北海道の雄大な地平線を見て…、
「うわあ、地平線だー。美凪に見せてあげたいなぁ〜」
 みちるはそう言った。寝台特急の車窓からじゃが芋畑とその向こうの地平線に沈む夕陽が見える。新大阪から夜行寝台電車・普通電車に揺られて約14時間…。
 ちょっとは疲れるが、その土地土地の人とのふれあいがあっていいものだとみちるは思った。
 祐一たちが住む駅に着くころには太陽が頭の真上にくるようなそんな時間であった。
「んに〜。やっぱりいいなあ。北海道は…」
 そうみちるは待ち合わせのところに向かった。昨日秋子との会話で大まかな時間のことは話していた。だからみちるとしては安心できたのである。
 待ち合わせの時間から約十分くらい経って……、
「あう〜? あんたがみちる?」
 そう言って、近づいてくる少女が一人。そう…、もう一人のジャム適格者・沢渡真琴である……。
「そうだぞ〜。みちるが遠野みちるだぞ〜。お前は誰だっ!!!」
「あたしは、沢渡真琴よっ!! なによぅ。こいつは〜。失礼なヤツねっ!!」
「んに〜? 失礼なヤツとはなんだっ!!」
 そう言って二人は睨み合い、そしてケンカが始まった……。犬猿の仲というべきものなのだろう…。
 ぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽかぽか……。
「あう〜? こいつ、なかなかやるわね…。祐一より手強い……」
「んにゅ〜? みちるのキックをかわすとは…。国崎往人より強敵かも…」
 傍から見れば子供のケンカだが、本人たちにとっては真剣勝負なのである。そして………。
 戦いの中で目覚める友情もある。真琴とみちるは、自分たちの中に同じ何かがあるような気がしてきた。
 真琴は今にも倒れそうなみちるに向かって言い放つ。
「はぁ、はぁ。ど、どうやら後一撃で終わりのようね…。足元が、ふ、ふふふふふらついてるわよぅ」
 みちるも負けじと真琴に言い返す。
「ふぅ、ふぅ。ん…、んに〜。そっちだって同じじゃないかぁ。え、え、偉そうに言うなぁ〜」
 二人は、走り出す。同一のイデオロギーを確認するため……。そして…、
「あうっ!!!!」
「にょごっ!!!!」
 見事なクロスカウンターが二人の頬に決まった……。


「真琴、起きろ、真琴」
「あう〜? うるさいわねぇ〜。誰よぅ。人がいい気持ちでって…。あれっ、祐一? 何であたし家で寝てるの? って、あいつはっ?」
「お前の隣…。みちるちゃんって言うんだろ? お前と一緒に倒れてたんだ。俺がCD買いに行く時に黒山の人盛りが出来ててさ。何だろうと思って見てみたら…。後で家の方に連絡して、あゆや名雪や秋子さんに手伝ってもらって何とか家に連れて帰って来たんだぞ…。不良娘じゃあるまいし、人の迷惑って言うものも少しは理解しろっ! 全く…。ぶつぶつぶつ……」
「何よぅ。先に攻撃してきたのはそいつなんだからねっ!」
 祐一と真琴が二言・三言話しているうちに、みちるが目を覚ました。
「んにっ? ここ、どこ?」
「ここは水瀬家だ…。俺はお前と同じ、秋子さんの親戚の相沢ゆ……」
 祐一は優しくみちるに言う。だが、みちるは祐一の顔を見るなり…。
 シュッ……。
 みちるのパンチが祐一の顔の横を通り過ぎていった。祐一は思った。
「ふう〜。秋子さんからある程度は聞かされていたが……、こりゃあ、真琴より厄介じゃないのか?……」
 と……。秋子はちょうどアレの材料を仕入れるため買い物(もちろん祐一にはお買い物といってある)に出かけていて留守だ……。
 名雪も今は部活のミーティングに行っていて、今、水瀬家には祐一とあゆと二人の厄介な少女しか残っていない。
 そのあゆも疲れたんだろう。今は夢の中だ。みちるは祐一の顏を睨んで……。
「んに〜。お前もあのヘンタイ誘拐魔、国崎往人の仲間だなっ!! みちるは騙されないぞ〜!!」
 などと勝手なことを言っていた。全く困ったヤツである……。そして…、
「みちるが遠野みちるだぞっ!!」
 と、自己紹介した…。最も挨拶には程遠いのだが……。祐一はみちるのその偉そうな態度に腹が立った。まあ祐一だけでなく、一般常識を心得ている人なら、誰でも腹が立つのではあるが……。
 祐一は無言のままみちるのそばへ行くと……。
 ぽかっ!!
 殴った……。
「にょごっ!!」
「あうっ?! ちょ、ちょっと、祐一。いきなり殴るなんて酷いじゃないのよぅ!!」
 それを見た真琴は理不尽な祐一の攻撃に腹を立て、永遠のライバルとなるべきであろうみちるのことを庇ったのだ。みちるもライバルとなるであろう真琴の行動を理解しがたい目で見つめていたが、ともに殴りあった戦友として真琴のことを理解した。
「そうだそうだ!! 卑怯だぞっ!! 相沢祐一!!」
「う、うるさいうるさ〜い。真琴!! お前、こいつとケンカしてたんじゃないのか? ええっ? それに…、みちる! せっかく俺は可愛く“ちゃん付け”でお前のことを呼んでやろうと思ってたのに…。もう“ちゃん付け”では呼ばないことにしたぞっ!! 俺はっ!!」
「んに〜っ!! うるさいや〜い。相沢祐一と国崎往人はおんなじだっ!! んにゅ〜っ!!」
 みちるは当初の目的、往人を倒すという目的を忘れようとしていた。それはここに新たな敵、祐一が現れたからである。みちるは、この新たな敵を倒すことに気を取られて往人のことは忘れてしまった。
 ああ…、今ごろ美凪は往人の毒牙に掛かってしまっているかもしれないのに…。
 と、そんなことは気にも止めないみちるであった…。
 相沢祐一…、二人のいたずら少女から狙われる男。なんと哀れであろうか…。こうして祐一vs真琴&みちると言う構図がここに完成した。
 祐一は戦慄を感じた。真琴と同じような、いやそれ以上のヤツが来たと思った…。これから2・3日は眠れないだろう…。祐一はそう思うのだった…。


 その二時間前…。
 祐一たちが、真琴とみちるを負ぶって水瀬家へ帰ろうと、田舎道を歩いていると誰かの悲鳴のような声が聞こえてきた…。どうやら女の子の悲鳴のようである。
 しかし、祐一たちには、その悲鳴が聞こえないみたいなのかそのまま通り過ぎてしまった…。
 ちなみに…、その悲鳴の後にはこのようなやり取りが交わされていた…。
「いいじゃないかー。少しくらい付き合ってくれたってー」
「いやですっ!! なんで私が北川さんに付き合わなくちゃいけないんですかっ?!」
 そこには、自称「女が放っておかない男No.1、触覚人間・北川」と、人間兵器と巷で噂される美坂香里の妹で、全国甘党連絡会アイスクリーム部会長・美坂栞が小競り合いをしていた。
 この男は哀れである。今日もまた、姉にフラれ、この妹に姉との復縁を迫っているのであろう……。
「北川さん。そんなにお姉ちゃんと付き合いたいんだったら、直接お姉ちゃんに言ってくださいっ! 私をだしにしようとするなんて…。そんなことする北川さん、大嫌いですっ!!」
 がーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
 好きな姉の妹に「嫌い」…。しかも「大嫌い」と言われたのである。今の北川の胸の中には、こんな効果音が流れているかもしれない。さらに追い討ちを掛けるように栞が言った。
「祐一さんとは大違いですっ!!」
 がびーーーーーーーーーーーーーーーーーん。
 北川は灰となり…、どこかへ飛んでいった。もう彼の姿は二度とこのSSでは見ることはないだろう…。合掌……。


 夜になった。祐一は自室で眠たそうに目を擦る。しかし眠れない。眠るわけにはいかないのだ…。もし眠ってしまえばヤツらが来てしまう。来てしまえば何をされるか分からない。恐怖だった…。
 と思いつつも、祐一は眠ってしまった。よほど疲れていたのだろう…。
「にゅふふ〜。国崎往人の仲間……、みちるは美凪を守るため……」
「ふっふっふ。祐一に復讐……。今日こそは!!……。ふっふっふ……」
 深夜、祐一の部屋に忍び寄る二つの怪しい影…。そう、今から5時間前に結成した、いたずらコンビ…。真琴&みちるである。手にはそれぞれのいたずらの道具…。糸こんにゃくに、ヴァルサンである。
「よ〜っし。マコマコ。侵入だぞ〜っ!!」
 そう小声で呟くとみちるはそ〜っと、ドアを開け祐一の部屋へと侵入した。真琴はみちるの後から入る。みちるは祐一の枕もとへと行き、糸こんにゃくを投下……。
 べちょっ!!
「うぷっ!!」
 真琴は持って来たヴァルサンを、みちるが祐一に糸こんにゃくを投下する頃合を見計らって点火。祐一の部屋は一瞬にして白い煙に包まれた……。
 もくもくもくっ!!
「な、なんじゃこりゃあっ!!」
 某刑事ドラマの刑事のように祐一は叫んだ。みちると真琴はその後すぐに、朝、起きっぱなの祐一を恐怖のズン底に落とすため、ある仕掛けをして自分たちの部屋に帰っていった。
 結局その後、祐一は一睡もすることが出来なかった……。
 次の日の朝、いつもの気だるい目覚ましを止めて、ぼーっとした頭をもたげながら自室を出ようとする…。
 と……、
「うわああああっ!!」
 ズテンッ!!
 何かに躓いてこけてしまった。祐一が何だろうとこけた方向を見ると、ちょうど祐一の部屋のドアに、これまたちょうどいいような感じでロープが張られていた。しかも祐一の脛のあたりにフィットするような感じで…。
「ちくしょうっ!! あいつらめっ!!」
 祐一は怒りに目覚めると痛む足を押して立ち上がり、真琴の部屋に行こうとするが、真琴の部屋までの道にはちょうど昨日秋子がワックス掛けをしていたのでツルツルと滑りやすくなっていたのだ。
 案の定、祐一は…。
 ツルンッ。
「うわあぁぁぁぁぁっっっ!!」
 見事にこけた。祐一は腹が立った。あんな幼稚園児のような子供二人に高校生たる自分が負けて、泣き寝入りをする……。そういうことは祐一自身のプライドが許さなかった。
 もしここで負けて、真琴にこのことをアンテナ人間兵器などに公表されるようなことになったのなら、そこでジ・エンドである。
 祐一は負けるわけにはいかなかった。立とうとは思ったが足が痛くて立つことが出来ない。
「動かないのなら這ってでも行ってやる。一言文句をいわなきゃ気がすまない!!」
 意地である……。このまま泣き寝入りしてしまえば、真琴のこと…。きっと増長してくるに違いない。男の名折れである…。そう思った祐一はやっとのことで真琴の部屋の前にやってきた。
 拳骨の一つでもかましてやらないと気がすまない。そう思って祐一は意気揚々と部屋の扉を開け放った。
「おいっ!! まこ……。へっ?……」
 ひゅーん…。
 ボコッ!!
「ぶぺっ!!」
 天井から大きなたらいが祐一の頭上に落ちてきた。まるでドリフのコントを見ているようである。祐一はそのまま気を失った……。ああ、何と哀れであろう…。
 真琴とみちるはゲームのボスでも倒したように喜んで手を叩きあった。そうして二人は祐一の体を踏んづけて意気揚々と部屋を出て行った。
 祐一の口から何かが出ていたことは言うまでもない…。ようやく倒れている祐一が発見されるのは、爆睡眠り姫こと名雪が起きてきたちょうど昼過ぎであった…。
 予断ではあるがあゆは、秋子と一緒に昼食の買い物に行っていたため、こんなことがあったとは全く知らなかった…。


「痛てて…、秋子さん。何とかしてくださいよぉ。このままじゃ俺、身が持ちませんよ〜」
「はぁ〜。真琴とみちるちゃんがそんなことを?…。困ったわねぇ…」
 水瀬家リビング。こんなことが三日間続いて、祐一は心も体もぼろぼろだった。ちなみに真琴とみちるは名雪とあゆに連れられて買い物に出かけていった。
 祐一はここ三日間の真琴とみちるのいたずらを秋子に話した。秋子はゆっくりとした手つきで紅茶を啜って……。
「そうですね…。ちょっと酷すぎますね。これは…」
 秋子は祐一の傷をしげしげと見つめると考え込む。しばらく考え込んでいた秋子であったが…。
「う〜ん……。仕方ありませんね……。祐一さん。お仕置きとしてあの二人には新作の改良型アレの実験材料になってもらいましょう……。ふふっ。ふふふふふふふ」
 実に恐ろしいお仕置きである。祐一は戦慄を覚えた。真琴とみちる…。特に真琴は、いたずらもされていたし小憎たらしいところもあった。
 だが、二人とも本当はいたいけな可愛い少女だ…。その少女たちを、かの怪しい実験などに使うことは出来ないと祐一は思った。
 思ってはいたが、祐一はそのことを秋子に言うことが出来なかった…。すでに秋子の周りに瘴気が立ち込め、秋子はアークデーモンと化していたからである。秋子は邪悪に微笑み、祐一に問う。
「手伝って……、いただけますよね?……」
 ごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご……。
「はっ、はっ、はっ、はいっ!!」
 祐一は断ることは出来なかった。もし断れば自分はこの世から完全に抹殺されるであろう。誰にも記憶を残さず、塵にされてしまうであろう。祐一は思った。
「ごめんよ……。真琴……、みちる……。本当にごめんよ……」
 祐一は心の中で何度も真琴とみちるに謝った。そうして滂沱の涙を流しつつ、祐一は秋子の後に続いていくのであった……。


「真琴、みちるちゃん…。ちょっと……」
 夜。秋子は、真琴とみちるを自室に呼んだ。名雪とあゆは昼間動きすぎたんだろう。夕食を食べて入浴を済ませると、そのままグロッキーのように自室に戻っていった。
 祐一は怖かった。これから起こることが…。だから足早にリビングを出て自室に入った。
 自室の鍵をしっかりと閉めて祐一はこれから起こる戦慄に怯えながら布団に入った……。
 真琴とみちるは、秋子の部屋に入る。秋子はニコニコしながら紅茶を注ぐと真琴たちにカップを渡した。
「ハーブティーですよ。飲んでみて…」
 優しそうな微笑みに二人は安心した。今朝のことで秋子に怒られるのではないかと思っていた二人である。それがこのように優しく微笑んでくれたのだ。
 二人は安心した。最もそれは秋子の演技であったことは言うまでもない。
「あっ、あうっ? なんだか眠たくなってきちゃった……」
「ん、んにゅ〜? みちるも……」
 二人は折り重なるように眠ってしまった…。紅茶には、睡眠作用のあるアレが仕込まれてあったのである。しかも普通のジャムと味は同じなので二人とも気が付かなかったのだ…。
 秋子はこれ以上ないと言う邪悪な微笑みを浮べると二人を両肩に軽々と乗せて秘密の部屋へと降りていった…。
「許してくれ。真琴、みちる……。二人を犠牲にして…。でも俺だって死にたくないんだ。やっぱり生きていたいんだ。あんなところで死ぬなんて嫌なんだ。う、ううう……」
 その頃…、ちせばりにそんなことを言うと、祐一は布団を頭までかぶり枕を抱きしめブルブルと震えながら、滂沱の涙を流して泣いていた…。


「んっ、んに? ここ、どこ?」
 みちるが目覚めたのは暗く冷たい部屋だった。手足が何かで縛られているのだろう。動かない。やがて暗い部屋にもなれてきた頃、みちるはふと人の気配がして横を見た。
 横を見ればみちると同じような少女が一人、同じように縛られていた。
「んっ、んに? あっ、マコマコ! 起きろ! 起きろ!」
「あ、あう〜っ? 誰よぅ? うるさいわねぇ? って、みちるじゃないのっ!!」
 二人は薄暗い部屋を見回してみる。薄暗い部屋の向こうの方で明かりが漏れていた。と、その明かりが強まった。誰かが扉を開けたのだろう。
 こつこつと足音だけが響いてくる。逆光で顔はよく分からない。姿も判然とは分からないが二人は感づいた。あれは、秋子だと…。
「あう〜。秋子さん、助けてー!!」
 真琴は、秋子に助けを求めた。だが秋子は…、
「フッフッフッ……。ジッケンザイリョウ…。ジッケンザイリョウ…」
 とうわ言のように一人呟くと、二つのおもちゃの注射器を取り出した…。注射器の中には、例の人類最終兵器がゲル状になって入っていたのだ。
 当然、真琴とみちるにはその注射器も、秋子の邪悪な笑みも逆光で見えなかった。見えなかったが二人には分かった。あれは秋子ではないと…。アークデーモンだと…。二人はそう思った。
「サア。マコト、ミチルチャン……。クチヲオオキクアケテ……」
 心がアークデーモンに支配されている秋子は口元を緩めてそう言った。最早、従うことしか出来ない二人…。
 断れば間違いなくこの世から抹殺される。せっかく神様から頂いた命だ。粗末になんか扱えない。抹殺されるよりアレの餌食となるほうがマシだ。
 そう考えた二人は必死の覚悟で口を開ける。とその途端に…、この世のものとは思えない味が、真琴とみちるの口の中いっぱいに広がっていった…。
「んっ、んにゅにゅにゅにゅにゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「あっ、あうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜〜〜〜」
 二人の悲鳴が水瀬家に悲しく響いた…。


 次の日、祐一は目を覚ますと、恐る恐る自室のドアを開けた。夏の陽光が隙間なく廊下を照らしている。真琴の部屋と書かれたプレートの方を見る。そこにはいつもどおりの時間が流れていた。
 と誰かが2階へと上がってきたようだ…。うぐぅ少女あゆである。
「祐一君!! 真琴ちゃんたちがっ…」
「ど、ど、どどどどうした? あゆっ!? 真琴たちが、ま、ま、ままままさかミイラになってたのかぁ?」
 ずいぶんな言い方である。今の言葉を秋子(アークデーモン)が聞いていれば、間違いなく祐一は風の前の塵にされていたであろう……。
「ううん、真琴ちゃんたちは生きているんだけど…。様子が変なんだよ〜。ボクも下に降りてびっくりしたんだよ〜」
 あゆは、体をブルブルと震わせて祐一にしがみついた。
 よほど怖い光景を見たのであろう…。怖がりなあゆをもっと怖がらせる光景…。祐一は名雪をたたき起こすと、三人で階段を下りて行った…。
「うにゅ。祐一、極悪人だお〜。く〜」
「うるさい! 寝るなっ!! 名雪!!」
 ぽかっ!!
「イタイ……」
 そう言い合いながら、祐一たちは一階へと降りてきた。あゆは台所のところまで来ると、ブルブルと肩を震わせながら祐一に言った。
「ボ、ボ、ボク、怖くてもう見られないから祐一君が見てよ〜」
 祐一は、ぎゅっと目を閉じると、台所の方に顔を向けて、カッと目を見開いた。そこには……。
 給仕をしている人影が二人ほど見えた。まずあの身長からいって秋子ではないことは言うまでもない。
 誰だろう……。祐一はこれ以上関わるのは怖いとは思った。怖いとは思ったが、好奇心からか身を乗り出してしまった。と、二人は祐一たちに気付くと……。
「「あっ、祐一様。皆様。おはようございます」」
 二人が微笑む。初めは分からなかったがよく見てみると、真琴とみちるだった。三人に慇懃に挨拶をすると二人はまた給仕を始める。祐一は呆然とその光景を見ることしか出来なかった。
 顔や声や姿は二人である。が、どうも様子が変だ。と祐一は思った。何か性格が180度かそれ以上に反転してしまったような……。そんな感じがした。と、真琴が…、
「そういえば、あゆ様がこちらに来たと思うのですけれど…。わたくしの見間違いだったかしら?…」
「真琴さんの見間違いですよ…。うふふっ」
 はっきり言って、恐ろしい光景である。今、祐一たちの顏は顔面蒼白…、顔の横には縦線が何本も入るというちび○こちゃん状態になっていた。
 と、普段の秋子が自室を出てきた。祐一たちは、秋子に現在の状況を話した…。
「まあ、あれは本当だったんですね?…。いえね、この間近所の八百屋を通りかかったら、セイカクハンテンダケっていう珍しいきのこがあったものですから…。そのきのこには人の性格を反転させるという効果があると聞いたことがあったので…。祐一さん、最近困ってらしたから……」
「で、でもですねぇ……。秋子さん……」
「やっぱり、ご迷惑だったんですね…。ごめんなさい。祐一さん。ううう……」
 秋子は色っぽく座り込んで、ほろっと涙を浮べて悩ましげに床にのの字を書いていた。昨日のあの邪悪な微笑みとは対照的過ぎるほど対照的である。
“どれが本当の秋子さんなんだろう…”
 祐一は、ふとそう考えるのだった。
「祐一君!! 秋子さんを泣かせるなんて…。酷いよっ、酷すぎるよっ!!」
「やっぱり祐一、極悪人だお〜。く〜」
「うるさい! だから寝るなっ!! 名雪!!」
 ぽかっ!!
「イタイ……………」
 文句を言うあゆと名雪。祐一は二人を黙らせると、未だにのの字を書いている秋子に優しく言った。
「秋子さん……。すみません。でも俺、普段の真琴がいいんです。みちるも多分真琴と同じような性格でしょう? まあ、いたずらされるのはちょっと嫌ですが……。でも、俺はあの二人に人の顔をうかがうような…、そう…久瀬のようなヤツと同じにはなってほしくないんです。だから、秋子さん…。二人を元に戻してはくれませんか?」
祐一は秋子を抱き起こし、秋子の目を真剣に見つめた。…秋子は思う。
“ああ。祐一さん…。祐一さんにそんな目で見つめられたら…。わたし、どうにかなっちゃいそうです。それに、あのジャムの効力はとても短いんですよ。ほら……、もう……”
「祐一〜。よくも真琴にあんなことさせたわねぇ〜。許さないんだからぁ〜!! それに何よぅ。このメイド服!」
「そうだそうだ!! 相沢祐一!! こんな派手派手な服着せて、みちるにエッチなことでもしようとしてたんだろう!! んに〜。このヘンタイ誘拐魔め〜!!! みちるも許さないぞ〜!!」
「真琴!! みちる!! 元に戻ったのか? ああ…、良かった……」
「戻ったってどういうことよぅ? 祐一がこんなことしたんじゃないの〜?」
「みちるたちが何も知らないことをいいことに、エッチなことでもしようとしてたんだろ!! ヘンタイ誘拐魔め〜」
「ち、ち、違うっ!! 俺は……、俺はぁ」
 真琴とみちるは、そう言って怒りの炎を目に宿しながら祐一を睨みつける。祐一はしどろもどろになりながらも必死で弁明しようとしたが、真琴とみちるは冷ややかに祐一を見つめていた。
 何か急に怖くなった祐一は秋子の体を力いっぱい抱きしめる。秋子は突然のことで何が起こったのか分からないような顔をしていた。
 と、真琴たちとは違う方向でどす黒いオーラが上がってきたような気がした。ぎぎぎぎ…っと、祐一がそのどす黒いオーラの方に目を遣ると…、名雪とあゆが虚ろな顔をしてこちらを睨んでいた。
「祐一君…。……いつまで、そうして秋子さんを抱きしめてるつもりなんだよ…。ボクってそんなに魅力がないのかなぁ……。うぐぅ〜(怒)」
 あゆが目を光らせて唸るように祐一に言った。名雪は涙目になりつつ……。
「ううう…。祐一、極悪人だお〜(怒)。許さないんだお〜!! 袋だたきなんだお〜!! やるんだお〜!! みんな〜!!」
「えっ? ええ〜っ? ちょ、ちょっと待ってくれ、みんな!! お、お、俺が何をした? なあ? って、う、うわああああああああああああああああああっ!!」
 相沢祐一。17歳……。水瀬家の少女たち+αに襲われる哀れな男…。
「あっ、祐一が逃げたよ。名雪お姉ちゃん!!」
「追うよ〜。真琴。あゆちゃん。それに、みちるちゃんも!!」
「「「うん!!」」」
「あらあら…。大変ですね、祐一さんも……。うふふっ……」
 秋子はそう言うと天使のように微笑んだ。全くもって水瀬秋子は不可思議な人である……。
 晩夏の空の下、北の町は今日も喧騒に包まれる……。

おわり

おまけ

「なあ、遠野。みちるはまだ帰ってこないのか?」
「はい。なんでも向こうの人との決着がつくまで帰らないと……」
「ははは……。そいつも今ごろ大変だろうなぁ〜」
 関西の地で、このような会話が話されていたことは、北の町の住人は誰も知らない……。

ほんとにおわり