栗拾いに行こう?
「今日は帰って栗ごはんねぇ〜? それとお楽しみはコレ…」
とちびっ子い背に大きな態度の俺の彼女がこう言う。その隣りで従姉が、“焼き栗なんかも美味しいかもよ?” と提案しながらエプロンをつけていた。今日10月26日は俺の従姉である鮎川美空の誕生日でその3日前の23日は彼女・小野崎清香の誕生日だった。じゃあ何でこの面々だけで栗拾いなんぞに行こうと言うことになったのかと言うと、例によって例の如く、俺のど忘れからだったわけだ。まあ忘れることの出来るのは我々人類のみだけだと言うことはどこぞの雑誌か大学の講義で聞いたことがあるんだが、何もこんな時にその特性を発揮せんでもよかろうに…、と思う。まあその罰がこんな感じなんだが。
と言うかよくこんな場所知ってたな? と後ろで進藤みたくマシンガントークに花を咲かせている2人のちびっ子をバックミラー越しに見る俺。いつも一緒に来る面々は今日はそれぞれ用事があって参加したのは俺と彼女と従姉だけと言う何とも寂しい面々だった。まあこれはある程度は仕方がない部分もあったりするわけだが。雪希と進藤は何かの講義でどうしても行かなければならず、先輩2人組もそんな感じであとぽんこつへっぽこ幼馴染みもこの間の試験の結果が思わしくなく、もう一度追試の憂き目に遭ってしまって来られない。同名の健次さんと鈴夏さん兄妹は、健次さんの奥さんの七海さんと娘のつばめちゃんのお遊戯会に行くとかで生憎といないわけで。もちろん健二さんの従姉のひかりさんも一緒と言う感じで参加したのは俺と清香と美空姉の3人だけだった。本当のことを言うと行きたくはなかったんだが…。無言で見つめてくる目4対に慄いてしまって今に至る。と言うよりあれは一種の脅迫だったな? どこぞの女子高生みたく唇をぷるぷる言わせてぐぐぐぐ〜っと睨みつける様はものすごい威圧感があった。あれで行かないという選択肢は“死”を意味するように思う。うん。
で、去年必死で貯めた金で購入した俺の愛車に2人を乗せて栗拾いに行く。拾い場は予め予約を入れておいたと言うか、入れられたと言うほうが正しいだろうか。あの唇をぷるぷる言わせたような顔のまま電話をかけている姿は恐怖以外の何物でもないわけだ。くねくねした山道を上ったり下りたりすること1時間ようやく目的地が見えてくる。前に美空姉がツーリングの途中で見つけたんだとかで、ふふん♪ とない旨を突き出して自慢げな顔をして俺の顔を見ている。しかし寒い。上着の1枚でも羽織っておかないと震えるほどだ。まあ健康優良児2人組たちには無用の長物みたいに上着は置いて行こうとしていたが、“女心と秋の空” と言う言葉にもあるように天気が変わりやすいこの頃なので一応胴のところに括り付けるか羽織るかするなりして持って行くようにお願いしたわけで。
入山料・3人で9000円也。これも俺が払わされる。何が楽しくてこんな栗拾いなんかになけなしの9000円も払わにゃならんのか…と思うわけだが、2人の俺の顔を睨みつける顔が怖くて払ってしまう。こうなりゃやけだ。拾いまくってやるぞ〜! と早速もらった籠にぽいぽい栗を入れていく。イタズラをしてやれとばかりに、毬の部分をそ〜っと2人の首筋に持っていてちくちくしてやったらしこたま怒られた。仕返しだ〜っとばかりに毬を投げつけられて思いっきり痛かった。と、この林には赤松の木が一本あるらしい。美空姉がバイクで通った道から見えたんだそうな。俺もそんなバカなとは思ったが、あまりに真剣に話す美空姉にあるかも…と言う期待感が出て来てその赤松を探している。半信半疑だが、もしそれが本当に赤松だったらもしかしたらキノコの王様たる“松茸”もあるやも…と探しに行くわけだが。あったことはあって確かに赤松だったんだが、王様はすでにこのことを知ってる誰かに採られたのかもともと生えていなかったのかなかった。清香が、“そうそう上手くいくはずないって〜” と笑う。まあそう言うことだろうなぁ〜っと俺も笑う。美空姉だけは残念そうにまだ名残惜しそうに1本だけの赤松の周りをぐるぐる回っていたわけだが、そこで“ああっ!!” と素っ頓狂な声を出して地面を掘りだした。何事か? と俺たちも向かうと指で地面のこんもりした部分をさしてし〜っと人差し指でポーズを取る。まさかまさか、と思って慎重に掘られていく先を見てみると、王が君臨するかのように威厳を称えた立派な姿でニョキッと顔を覗かせているではないか? その見事さに圧倒されつつも慎重に慎重を期して採った。思わず“採ったど〜っ!!” とどこぞのサバイバル芸人みたく叫びたくなるのを必死で我慢して栗拾いに没頭する真似をする俺たち。国産で天然物なんて食ったことがない。若しくは細かくスライスされたものか外国産のもの(それでも1本2000円は下らない)は数年に1回食ったか食わないかくらいなわけだからこんな国産の天然物なんて宝石以上に価値がある。…とは言えこのまま隠して持って帰って食っていい物だろうか? と言う良心の呵責に苛まれる。栗拾い中ではあるが考えることはそればかりだ。清香と美空姉に話すと2人も同じ考えのようだったので、一応管理者の爺さんに言おうと言うことで話はまとまった。しかし、松茸1本でここまで真剣になるって俺たちってよほどの小心者だよな? と思うわけだが、泥棒のかたごはやはり担ぎたくないのも事実なわけだ。
3時間が過ぎいよいよ栗拾いも終わりになる。籠にてんこ盛りの栗がでんと置かれた。それと松茸も置く。爺さんがやって来て、やはり松茸のことを聞いてきたものだから正直に答えると、“あの松、とっくの昔に枯れたもんじゃと思っとったんじゃがのう。お前さん方、絶対によそから盗んできたと言うことはないのかの?” と疑り深い目で見つめてくるのであの松から採ったんだと答えると、“じゃあついてきてくれんか” と言うのでもう一度松のところまで行くことにする。掘ったあともそのままに赤松はでんっとあった。見た爺さんは一瞬驚いたような顔をして今日の日付を聞いてくるので答えると妙に納得したような顔になって、“山の神様からの贈り物じゃて、持って帰ってくれ” と訝しんでいた顔も朗らかにこう言う。は、はぁ〜っと訳も分からず帰ったんだが、後でその山のことを調べてみると実に興味深いと言うかミステリアスなことが記載されていた。それはこうだ。
その昔、山神様は嫁が欲しかった。しかし醜い体のため嫁に来る女神たちはみな逃げて行った。仕方がないので山神様は人間の娘を嫁にすることを決意する。この山の中の一軒家に老いた爺と若い孫娘が暮らしていた。ある日の夜、山神様はその老いた爺の枕元に立ち、孫娘が欲しいと言う。山で暮らすものにとって山神様は山のん恵みを与えてくださるありがたい存在。そのような存在にとても嫌とは言えず、翌日爺は孫娘にこのことを告げる。告げられた孫娘も驚いたが、信心深かった孫娘は快く応じることにした。山神様がとうとう孫娘を貰い受ける日、孫娘はお願いする。“この山々に幸を多く与えてほしい。春には山菜を、夏には川魚や獣を、秋にはキノコを、冬は温かく…” と。その願いを聞き入れた山神様はそのようにした。
と大学で見せてもらった昔の古文書には嘘か真かそんな昔話が記載されていた。そう言えばあの地域だけは冬の寒い季節でもまあまあ何とか服を重ね着していれば過ごせてるな? と毎年正月に行く初詣の途中に通る道すがらに見る風景に少々違和感を覚えていたのだが、この古文書でその謎も解けた。その気立てのいい娘さんに感謝してありがたく頂くとするか…。と思い、爺さんにお礼を言い山を後にする。帰る途中で従姉と彼女が何やら言い争っている声が聞こえていたが、山歩きと栗拾いとで疲れた俺はそのまま寝入ってしまい何を言い争っているのかが分からなかったわけだが、家に帰ってその実を知ることになる。と言うか松茸1本でどうやったらそれだけの料理が出来るのかがしりたいと思う。要は料理の仕方で言い争っていたわけで。俺としては美味い料理なら何でもいいのでその辺は2人に任せたい。だが伝統の松茸ご飯に土瓶蒸しか、洒落たフランス料理かの二極に分かれてしまった。松茸でフランス料理と言うのはあまりにもかけ離れていると思う。所謂邪道に走ると言うやつだ。やっぱりここは王道の松茸ご飯に土瓶蒸しに限る。うん。と俺が言うと彼女の顔が引きつった笑みに変わった。
「ほら見なさい。健二だって伝統的なもののほうがいいって言ってるでしょ?」
と勝ち誇った笑みを浮かべて彼女の苦々しい顔を見ながら言う従姉。“いいわよ、いいわよいいわよ…。それだったら栗で美味しいフランス料理作るから…。後でくれって言っても絶対あげないんだからねっ?!” と言ってぷぅ〜っとむくれた表情を見せる彼女。いつもながらにその表情がお子ちゃまだなぁ〜っと思うわけだが…。栗でフランス料理なんてケーキのモンブランくらいしか知らん俺には興味をそそられる。と言うよりも外国で栗を使う料理自体を知らないわけだから気になる。相変わらずぶすっとした顔の清香に折衝案で2人で作ってくれと頼みこむ…のだが、“あんたはどうせ松茸のほうがいいんでしょ?” と不機嫌極まりない顔でこう言う。まあまあそこは言葉の綾って言うものでだな? と言うと今度は美空姉のほうがぶっす〜っとした顔になる。どっちもどっちだからとにかく飯を作ってくれ〜っと思って」目からバチバチ火花が出そうな勢いで睨み合う2人の女。料理と言う名の戦争かと思われた瞬間、可愛いお腹の虫が鳴る。この戦争を終わらせるが如く…。
画して、料理は出来上がる。ホカホカと美味しそうな湯気を出して…。両脇には2人の女が対峙する。前にも増してバチバチ火花が飛び交う。そんな中での食事ははっきり言って恐怖の何物でもないのだが、まずは食わなければなるまい。と思い箸を取ろうとすると、すすっと両脇からスプーンと箸が現れる。その出どころはと言うと、やっぱり俺の彼女と従姉からだった。“い、いや…、2人一遍にはとても食えない…のですけど…。あっ、はい。頂きます” と言わざるを得なかった俺。恐怖以外何物でもないオーラが出ていて逆らえんかった。で、結局…。
「お兄ちゃん、大丈夫? もう30分近く入ってるjけど?」
と優しいマイシスターの声が聞こえる中、俺はうんうん唸りながらトイレに籠っている。まああれだけ矢継ぎ早に食わされりゃ誰だってこうなるのはオチなわけだが、食わせた本人たちは満足したのかそのあと仲直りしてお互いの料理の味を確かめるように普通に食っていたわけだ。行く手間で損をして行ったら行ったで疲れて帰って来て飯くらいは普通に食えるだろうと思いきやバトル勃発ととんでもなく損をしたような気になる今年の10月26日は俺の傍若無人な言葉がぴったり当てはまる従姉の鮎川美空の、その3日前、23日は俺の彼女でこれまた従姉に負けず劣らずな小野崎清香の誕生日だった。ぐふっ…。
END