誕生日のプラネタリウム
今日、3月6日は私の誕生日だ……。だから私は一人…、思い出の場所に向かう…。
私には、兄くんがいた…。最も身近で最も愛すべき存在が…。でも2年前、突然の病で最愛の兄くんは天国へと召されてしまった。兄くんが亡くなる年の今日、最後に兄くんと来たのがこのプラネタリウムと言うわけだ…。
プラネタリウムの前にやってくる。ちょうど開演時間に間に合うように来たため、そんなに待つことはなかった。中へ入る。暗いドームの中央部に備え付けられている投影機は1年前と同じものだった…。椅子に腰掛ける。ふと、ドームを見上げる。
漆黒の闇がそこにある。ゆっくりと手を伸ばすと、闇の中に手が吸い込まれそうな、そういう感じがした……。やがて、投影機が動き出す。私はドームを仰いだ……。ナレーションが入る…。
“皆様、当プラネタリウムにおこし頂き誠にありがとうございます。これから星空の散歩道をごゆっくりお楽しみ下さいませ。現在見て頂いている星空は今日3月6日の夜11時の星空でございます……”
ナレーションが終わる。星空はゆっくりゆっくり動き出す。投影機の“ぶぅ〜ん”という低い音が辺りに木霊していた。私と同じ時に入ってきた数人のカップルたちはつまらなさそうに天井を眺めている。
“何だかつまらないね…。もう出よっか?”
“うん…。そうだね……”
そんな話をすると席を立っていくカップルたち。気がつくと私一人だけになっていた…。私は星空を見つづけた。涙を流しながら…。心の中で私はもういない最愛の兄くんに言う。
「ねえ…。兄くん。星が綺麗だよ……。都会じゃもうこんな星空は見えないだろうけど……、私の心の中にはこの星空があるのだから…」
そう呟いた言葉はこの星空の中へと消えていく……。“兄くん……。見て…。こんなに星が綺麗だよ…” そう心の中で兄くんに語り掛ける。何度も何度も語り掛ける。涙がまた私の頬に落ちようとしたその時、隣りから兄くんの声が聞こえてきた。
「へぇ…、東京の空でもこんなに綺麗に星が見えるんだね…」
ふっ、と濡れた瞳で横を見ると兄くんが静かに微笑んでいた。兄くんは私の顔を懐かしげに見つめ、静かに語りかける…。
「千影…。今日の夜、空を仰いでごらん……。僕からのプレゼントがあるから…」
「うん、分かったよ……。兄くん……」
優しい微笑を残して、兄くんの姿はふっと消えた。と、同じにプラネタリウムの暗い天井が目に入る。もう終わったんだ…。そう思った…。外へ出ると地面が少し濡れている。雨が降ったんだろう。私はそう思った。
夜、兄くんに言われた通り窓を開けると空を仰ぐ。と、どうだろう…。あのプラネタリウムと同じ星空が、私の目に写っている…。私はこみ上げてくる涙をこらえて作り笑顔でこう呟いた。
「兄くん…。最高のプレゼント、ありがとう……」
最後の方は涙で声にならなかった……。こらえていた涙は、ここで一気に流れ出してしまう。空の向こうの兄くんにきっと笑われているだろうな…。そう思った。また来世でも、兄くんと一緒にいたいと改めて願った私の誕生日だった……。
FIN