春風に誘われて


 桜も見頃を少し過ぎ葉桜になりかけの今日、妹12人にせがまれる形で僕は花見の場所取りに来ている。妹が12人もいる家庭なんて聞いたこともないだろうけど実際僕の家にはいるわけで…。男友達みんなからは“羨ましいぞ〜っ! 航〜っ!!” なんていつものように言われるんだけど、僕にとってはこれといって得した気分じゃないし、逆に損した気分でもない。まあ僕にとっては当たり前な光景なんだろうけどね?
 公園の桜並木の下を歩く。とは言ってもみんな葉桜だからどこを取ればいいのか…。“う〜ん、まだ花のいっぱい残った桜のほうが喜んでもらえると思うしなぁ〜…” と思いながら桜の花が残っている木を探していく僕。普段ならもう少し早い時期に行っていたんだけど、今年はそう言うわけにはいかなかったんだ。一番下の雛子が小学校の入学式、年長の花穂と衛が中学入学、最年長の春歌、咲耶、千影は今年から高校1年生…。とまあ、行事がいっぱいありすぎてすっかり忘れてしまっていて…。後で妹たちから涙顔で睨まれたことは言うまでもない事実…。兄はつらいよねぇ〜。本当に…。ふぅ〜っとため息を一つ吐く。父さんや母さんは外交官のため、日本に帰ってくるのは1年に1、2回くらいだ。それでも帰ってくるといろいろと外国の話とかを聞かせてもらえるので雛子や亞里亞たちは大喜びで聞いている訳で…。そう言えば僕も昔、伯母の家で同じように聞いていたっけ? と嬉しそうに父さんたちの話を聞いている妹たちを微笑ましく見つめながらそう思った。
 歩いていくと、一本の桜の木を見つける。遅咲きなんだろうかまだ花芽も残っていて、ちょうどいい。ここにしよう…、そう思って持って来ていた大きなビニールシートを広げた。広げ終わってふぅ〜っと一つ大きなため息を吐く。こんなものでも10kgはあるんだ。さすがに家からじゃ重かったかな? そう思い肩をぐるぐる回した。さてと、後は妹たちが来るのを待つだけだ…。お腹もちょうどいいぐらいに減ってきてるし、これならいくらでも入りそうな感じかな? 後は我が家の料理番、白雪と春歌の作った料理をみんなで囲めばいいだけだ…。でも、この二人に倒れられると家の料理が味気ないものになる。この間(と言っても2ヶ月も前だけど)風邪を引いて倒れられたときなんかは大変だったっけ…。そう思いごろんと横になる。空をぼ〜っと眺めると暗い夜空に星が点々と瞬いているのが見えた。これが郊外だったら空一面に広がっているんだろうね? そう思う。昨年の秋だったか、咲耶が町の福引きで一等を当ててみんなで温泉旅行に行ったんだけど、そのとき見た星空は今まで見てきた星空の中で一番綺麗だった。千影が言うには、光芒が僕たちが住んでる都会とは比べ物にはならないらしい。なるほど、空の星が一際大きかったのはそのせいか…。と昨秋行った旅行のことを思い出す。あの時の妹たちの笑顔が僕の脳裏によみがえる。さらに僕の頬が緩んだことは言うまでもない。しばらく星を見ていると普段の疲れからか急に瞼が重くなってくる。自分でも気がつかないうちに眠ってしまっていた。


 夢か現かの狭間の中の世界で、僕の耳に優しい歌声が聞こえてくる。まるで天使のような歌声が僕の耳に軽やかに…。心地のいいその歌声にしばらく心を奪われる。歌声は春風に乗ってこの世界中に飛んでいくような感じがした。荒んだ人たちの心にもこの歌声が届けばいいのにな…。そうすれば無駄な争い事なんかもなくなるのに…。僕はそう思った。歌声は更に優しく僕の耳をくすぐる。そう、それは心地のいい春のそよ風に乗って全世界に届くかのように…。


 う…、ん? 瞑っていた目をそ〜っと開ける僕。と、可愛らしい歌声が僕の耳に届く。ああ…、夢で聞いた歌声はこれだったんだ。そう思いまた目を閉じる。どことなく懐かしい歌声は、僕の耳に優しく聞こえてくる。…それにしても頭の後ろがとても気持ちがいいんだけど…。何故だろう。そう思って瞑っていた目を開ける。目の前には眼鏡をかけた優しそうな顔の少女が二人の可愛らしい少女たちを座らせて一緒に歌を歌っていた。
「あっ、兄上様。お目覚めになられましたか?」
 その少女・愛する妹の一人、鞠絵が僕が目を覚ましたことに気づいたのかそう言ってくる。目を擦りつつ見回すとその少女たちを含めた12人の少女たち、いや、僕の愛する妹たちが僕の顔を微笑ましそうに見つめていた。最年長の咲耶が言う。
「ねえ? お兄様? 幸せそうに眠っていらっしゃったけど、いったいどんな夢を見てたの?」
 って…。妹全員が僕の顔を見る。僕は頬をポリポリ掻きつつ言う。妹たちの優しい微笑みがさらに優しくなるのを見ながらさ…。

“12人の可愛い天使たちの夢をね。そこで歌声が聞こえてくるものだからついつい聞き入ってしまったんだよ…。歌声があまりに気持ち良くてね? 気がついたらご覧の通りさ…”

 ってね? 首を竦めて言う僕に妹たちはにっこり笑顔。春の夜、桜はもうところどころ葉が出て来て今度雨でも降れば完全に散ってしまうだろう。現に今、風が花びらを吹雪のように飛ばしている。その辺一帯は雪が降った後か薄紅色のじゅうたんを敷き詰めたようになっていた。と一陣の風が吹く。今年最後の桜の花を散らす風。ふと見上げるともう若い青葉が準備をしていた…。桜の木と僕たち…。いや生き物はそうやって成長していくんだね? この可愛い妹たちもいつかは僕の下から離れていってしまうんだ…。そう思うと一抹の寂しさが僕の脳裏をよぎる。でも、それは妹が大人の女性になったと言うことだから、喜んであげなくちゃいけない。そう思う。それに…、僕の手を離れていくのはもう少し先のことだろうしね? はしゃぐ妹たちの姿を見てそう思った。下弦の月も顔をのぞかせる今日、桜も散りかけな公園の一角でのことだ……。

END