引っ越してきて…

第1話 鞠絵が引っ越しきて…


「これはここで…、あれはあっちで…」
 と言う妹のパタパタ動く音とともにちょっと悩む声が聞こえてくる。ここは田舎の小さな一軒家。僕が生まれて初めて購入した大きな買い物だ。とは言え父さんたちのお金もかなり入ってはいるんだけど…。僕はとあるコンピュータ会社でプログラマーの仕事をしている。妹とは7歳ほど年が離れている。まあそのせいか妹は僕を盲愛している感があったりするわけで…。外交官な僕の父さんとその通訳な母さんはあちこちと飛び回っている。ここのところのウイルス騒ぎなども相まっていろいろと忙しいらしい。まあ多忙な時間の合間に帰って来てはいろいろと面白い話を聞かせてくれるんだけどね。この間はフィジーの海の話をしてくれた。澄んだ海は空の色と境界線が分からないくらいどこまでも青く透き通っていて、時間を忘れると言うことだ。このウイルス騒ぎが収まったら妹を誘って行こうかな? なんて思ったりしている。
 妹は体がちょっと弱い。だから昔は倒れることもしばしばあって一時期は命が危ない状態まで行ったこともあった。だけど、妹自身の頑張りや看護師さんたちの懸命な看護のおかげで今は元気になった。でももっと環境のいいところで養生させてやりたいと思って、父さんたちとの相談の上、田舎の小さな一軒家の購入に至ったと言うわけで…。まあ費用は8割が僕であと2割が父さんと言う感じだ。これから働いて返さないとなぁ〜っと思う。例のウイルスの件もあり不要な外出は出来ないため、仕事は家から行なうことが多い。とは言え仕事自体はプログラマーなため会社に行っても行かなくても同じ作業を行っている。最近はクラウド技術が発展しているからか、家から行なえる作業も多くなっていちいち会社に行かなくても済むようになった。当然、妹との時間も増えてあれやこれや話をすることも多くなったわけだ。
 昔はこうはいかなかったからね…。と療養所のことを思い出す。そう、小高い丘の上にあった妹の療養所。行くととびっきりの笑顔で迎えてくれるわけだけど、いざ帰るとなると、“もう帰られてしまわれるのですね?” と今まではしゃいでいたのがウソのように悲しそうに言う。それが僕には一番つらい。だけど、学校もあるし学業を疎かにしてはいけないと言う家訓もあってか僕もそれだけは守らないといけないと思っている。“また来るから…” と言ってなるべく笑顔で別れて帰る。ちょうどそんな時だったかな? 父さんの知り合いのブリーダーの人からミカエルを引き取ったのは…。ゴールデンレトリーバーと言う犬種だけあって妹や僕に懐くのは早かった記憶がある。で今、妹の一番の友達でありパートナーでもあるミカエルも手持ち無沙汰に尻尾をぶるんと一振りに振って外のほうを眺めている。
「あの時は本当に寂しかったのですよ? ミカエルと一緒に兄上様は今度いつ来られるんでしょうね〜っていつも話していたのですから…。って兄上様も同じでしたよね? わたくしったら…。すみません」
 と当時を振り返ってちょっとぷぅ〜っと頬を膨らませたかと思うとペコっとお辞儀をして謝ってくる妹の姿が何とも可愛らしい。元気になって本当によかったと思った。でも極たまに風邪を引くこともあってその時は大変だ。一旦熱を出すとなかなか引いてはくれないので救急車を呼ぶこともある。だからそんな妹のためを思ってこの一軒家を購入したわけで。こんなウイルスが蔓延している外へは絶対に連れて行かれないので自然と家に籠もりきりになってしまう。病院や大きなは店などはここから歩いて10分程度とやや不便な感じだけど、それ以外はまあ何とかなっている。それに、この自然溢れる景観は何とも長閑でいいよね? と思いながら棚の整理をしている妹を見ていたわけだけど…。


「やっと片付きましたね。お手伝いしてくださってありがとうございます。兄上様」
 と、ふぅ〜っと大きな息をつきつつ僕に向かってこう言う妹に、“重いものは僕に頼むとかすること。せっかく体も治ってきたのに元に戻っちゃったら元も子もないじゃないか…。それにお前は僕にとってたった一人の妹なんだからね?” と僕は妹のおでこに指を押してこう言う。頑張り屋さんなのはいいけど、もう少し誰かを頼るとかしないといけないよ…と思う僕。ふぅ〜っと息をついて椅子に座ると僕の考えが分かったのか、妹は僕の隣りにやって来て椅子に腰かけると僕の肩に頭を乗せて一緒に外の風景を眺める。…と妹の顔を見た。優しい笑顔がそこにあった。そんな妹の笑顔が心地いい春風のように部屋中を温かくしてくれる、そんな今日4月4日、最愛の僕の妹、鞠絵の16歳の誕生日だ。

END