引っ越してきて…

第2話 春歌が引っ越しきて…


「荷造りはこれでよろしいですわね…」
 と、妹は引っ越し業者が置いて行った荷造り用のケースを見ながらこう言う。まあここには約5年住んでいたんだけど、明日引っ越しをすることになった。と言うのも、僕の父さんのほうのおじいちゃんが亡くなって1年余りが経つんだけど、家が空き家同然になっているものだから誰か住まないかと親戚一同に声を掛けていたわけだ。だけど、田舎と言うこともあってこっちで生活の基盤を築いている親戚は誰も行こうとはしない。で、ちょうど大学の研究論文に田舎のことをテーマにしている僕にお鉢が回ってきたってわけ。妹も一緒についてくるって言ったときは、“何にもないところだよ? それでもいいの?” って聞いたんだけど、“はい、兄君さまが行くとおっしゃるならワタクシはどこへなりともお供させて頂きますわ” と言う。外交官な父さんと通訳の母さんの間に妹が生まれたと聞かされたのは僕が明日引っ越す家にいた時だったっけ。庭でおじいちゃんと小躍りしながら喜んだときのことを覚えている。
 あれから15年が過ぎた去年の冬の終わりに近い2月末だったかな…、おじいちゃんが亡くなったのは。おばあちゃんはそれより先に亡なっていて実質あの家にはおじいちゃん1人で暮していた。妹が生まれて、3年くらい経って日本に帰ってきたわけだけど、僕に会うと母さんの後ろに引っ込んで上目遣いにこっちを見つめるような感じになったりして子供ながらに、“初めての日本だから恥ずかしいのかな?” と思ったものだ。そのことをこの前何気なく話したら、“あれは兄君さまにお会いするのが恥ずかしかったからなのですわ…。ポッ…” と頬を染めてそんなことを言っていたっけ。まあ妹の生まれた国・ドイツには何度か足を運んで妹とも会っているのに、やっぱり故国に帰って来て一緒に暮らすとなると違うのかな? と思ったわけだけど…。
 とにかく明日から新しい生活が始まる。妹のほうも高校の転校手続きは終えた。学校の友達からは惜しまれたようだけど、やっぱり僕と一緒にいたいと言う気持ちのほうが強いんだろうか、寮には入らず転校と言う運びになった。妹の友達からは、何度となく転校はやめさせてほしいと言うお願いはされていたわけだけど、まあこうと決めたらとことんまで行ってしまう癖と言うか猪突猛進な部分がかなりなところがあるので、僕が今更何を言っても無理な感じじゃないのかな? と思って言うと、涙ながらに“分かりました” と言っていたのを思い出す。大まかな荷物のほうは今日の午前中に運び出されて行ったので、後は細々したものがいくつかと、小さな箪笥と言う感じ。と…、大事なものを忘れてたよ、そう思ってちょっと妹に付き合ってもらって近くのコンビニに行く。妹は僕のこの行動に気付いたのか、“明日も大変なのですから別にワタクシはいいのですよ?” とは言ってるんだけど、これは我が家における一種の儀式みたいなものだから、しないと気持ちが落ち着かないわけで。顔馴染みの店長さんに会うと、“明日だっけ? まあ寂しくなるね…” と会計のときに話してくれた。いろいろな人との繋がりがあって交流もあって生活できているんだね? とふとそんなことを考える。妹を見ると僕と同じ考えなんだろうか、少し寂しそうに微笑んでいた。梅雨の走りにはまだだけどしとしとと雨が降る中、傘を差してコンビニから帰る。道すがら妹と何気なく久しぶりに手を繋ぐ僕。そんな僕に妹はにっこり微笑んでぎゅっと繋ぎ返してきた。1人だと雨は寂しくて憂鬱になるけど、2人だと寂しくないね? そう思って妹に帰ったら紅茶を作ってくれる? と言う僕ににっこりと微笑みながら、“はい!” と元気よく返事をする妹がどことなく頼もしく感じられた。


「誕生日おめでとう、春歌。恥ずかしくて渡せなかったからここに置いておくね?」
 と隣りで眠っている妹の枕元にそっとエメラルドのネックレスを置く僕。あの後ささやかながら、誕生日パーティーを開いた。と言っても僕と妹だけだったんだけど…。でも妹は嬉しそうだったなぁ〜なんて考えて時計を見ると、もう今日が昨日に変わる5分前だった。さて、明日は引っ越し当日だ。もう一頑張りだね? と思いつつ、積み重なった荷物とカーテン越しに見える妹の可愛い寝顔を見遣りながら明日のことを思い描くと自然に瞼が落ちてくる今日5月16日、僕の妹・春歌の16歳の誕生日だ。

END