引っ越してきて…

第5話 雛子と引っ越しきて…


「ヒナのお誕生日も忘れるおにいたまなんて嫌いっ! ぶぅ〜っ!!」
 とご機嫌斜めなように妹はプイッと僕の顔から一旦背けるとぷく〜っと頬を膨らませて涙目の上目遣いに見遣っている。今日8月15日は僕たち日本人にとって忘れてはいけない終戦記念日であり、また僕の目の前で上目遣いの怖い顔? をしている幼ない妹・雛子の誕生日でもある。まあ終戦記念日のほうはお昼に妹と一緒に黙祷を捧げて戦陣に散り戦火に焼かれた多くの御霊たちへの鎮魂を祈ったわけだけど、まさか妹の誕生日を忘れるとは思ってもみなかった。まあこれには深い事情と言うものがあるんだけどね?
 と言うのも、4ヶ月前に僕と妹は父さんの実家のほうに引っ越してきたわけで。もともとがおじいちゃんたちの住んでいた家なんだけど、最後に生きていたおばあちゃんのほうが2年くらい前に亡くなってから空き家になっていた。大学受験を控えた一昨年の冬、父さんたちに落ち着いて勉強出来る環境はないものかと尋ねたところ、ここを紹介されたってわけ。まあ小さいころには何回も遊びに来ていた僕にとっては住み慣れた感はあるわけだけど、幼ない妹にとっては初めての場所だったものだから最初は僕にべったりくっついてどこに行くにしてもついてきてたっけ…。そんな妹も2年も経つと友達も多く出来て、今では自分で率先して何でも出来るようになった。それが僕にはとても嬉しいし、何より妹自身が自信を付けた感じだ。だからか最近はお手伝いで簡単なものなどを作ってくれるようになったんだけど…、いったん機嫌を損ねるとこの通り、拗ねてしまうって言うわけ。
 父さんは外交官なため、日本に帰ってくるのは年に1、2回あればいいところで母さんもその通訳と言う感じに働いている。まあ昨今の例のウイルス騒ぎのせいでその1、2回も帰って来れなくなってこの間もPC越しに、“雛子に会えなくて寂しいよ〜” と言っていたっけ。まあ親離れ出来ない子が多くいる中でうちはその逆なのかな? と思う。この間も、“ねえ、雛子。パパやママに会えなくて寂しくない?” と訊くと、“おにいたまがいるから大丈夫だよ〜。それよりこれから虫取り一緒に行ってくれるんでしょ? ヒナもう準備できたんだからおにいたまも早く準備して一緒に行こうよ〜” とそう言って虫かごと網を持って目をキラキラ輝かせて玄関口で立っていた。大急ぎで準備をして玄関へと向かうと手持ち無沙汰な妹が玄関口で足をぶらぶらさせていたっけ。
 それから日暮れくらいまで夏の虫や秋の虫なんかも捕まえることが出来た。秋の虫と言うと9月を連想するけど、実際には8月の立秋のころから鳴き始めていることが多いことをこの土地に来て知らされた。自然界では四季の移ろいも緩やかながら着実に進んでいるんだね? とヒグラシを取るのに苦労する妹を肩に乗せてお手伝いする僕がいたわけだけど…。
 それがどう言うわけか一番大切な妹の誕生日を忘れていて、今は床に頭をこすりつけて謝る僕がいる。まあ妹は怒るとすぐに泣いてしまう癖があるのかもう涙目になって今にも涙が両目から零れ落ちそうな感じだ。ここで放っておくと泣き疲れて眠るまで延々泣いてしまうので非常に厄介なわけで。この間も何かの拍子に妹の言い分も聞かずに一方的に叱ってしまって飛び出した妹を追いかけているうちに見失ってしまって一昼夜捜したことがある。もちろん知り合いの人も大勢捜してくれた。で見つかったのは家の中の押入れの中、ちょうど死角に入っていて見つけにくい場所に潜り込んでいた。で知り合いのお爺さんが優しく訳を聞くところによると前述の通りなことが発覚し、僕が逆に叱られたっていうオチがつくわけで…。しかし困ったぞ〜。この顔はちょっとやそっとじゃ許してくれなさそうだ…。とぷぅ〜っと頬を膨らませた妹をちらちら見る僕。そんな僕に…。


 すぅ〜…すぅ〜…と規則正しい寝息が僕のほんの隣りから聞こえてくる。あれから妹に、“今日からおにいたまは3日間ヒナの家来!!” と言う採決が下り取り合えず今日は一緒に寝ることを要求されて一緒に寝えいるわけで。まあ妹も大きくなったので部屋は別にあるんだけどまだまだ甘えん坊なのか朝になったら必ずと言っていいほど僕の布団に入ってきているんだ。さて明日からどんな命令が下るのやらと少々不安でもありまた楽しみでもある今日が昨日に変わった8月16日、僕の大切な妹・雛子の7歳の誕生日だ。

END