引っ越してきて…
第6話 可憐と引っ越してきて…
「お兄ちゃん、今日は付き合ってくれてありがとう」
妹の嬉々とした声が聞こえてくる。今日9月23日は僕の妹・可憐の誕生日であり、僕たちがこの町に引っ越してきた引っ越し記念日でもある。ついぞ今しがた外交官と通訳と言う感じで外国のほうに出ている父さんたちから電話があって、“おめでとう” の一言でも言われたんだろうか、嬉しそうににっこり微笑む可愛い顔を目にしたばかりの僕。僕も出ると、“プレゼントを送っておいたから” と言う言葉があった。川のせせらぎや山の樹々の擦れる音なんかも心地いい田舎町の1軒の古民家は僕と妹の音楽への情熱を語る場所…、と言うのは少々大胆な話だけど、音楽をやる上ではこう言う静かな環境がいい。まあ実のところ父さんの実家で今は空き家なんだけど。おじいちゃんおばあちゃんが鬼籍に入ってから10年近くになるのかな? そう思った。
妹は主にピアノを、僕はギターを演奏する。まあそれでご飯を食べて行けるかと言うと僕のほうがちょっとばかり疑問符はつくんだけど。昔からおもちゃのピアノで遊んでいた妹が本格的なピアノを習いだしてもう13年近くなるのかな? 今じゃあちょっとばかり名の知れたピアニストになってあちこちと近場の公演会に出席することも増えてきた。とは言え今年は件のウイルスのせいもあってか公演自体がなくなるケースもあったりするので妹もどこと無しか元気がない。弾くとクラッシックから童謡、果てはアニメソングまで幅広いジャンルを持つ妹はそんなご時世なのか悲しそうな顔をすることも多くなった。
そんな妹のために今回僕は少しばかりとある計画を立てている。最近流行りのトゥイッターやらのSNSの力を借りて何か出来ないかと思い、そう言うことに詳しい友達にも協力を仰いだ。快く受けてくれた友達には感謝のしようもない。セッティングなんかは僕もその場所に行ってあれやこれやと言う。もちろん妹にはこのことは内緒。妹の友達にも口止めしてもらった。言わばどっきり企画なわけで。普通通り練習を手伝ってもらう意味も込めてピアノを弾かせる毎日が続いた。
で、今日。いよいよ決行の日になる。“プレゼントに何か贈るよ? 何がいい?” と僕は聞く。少し、んぅ〜っと指を顎のところに持ってきて考える仕草は子供のころからの癖であり、僕が最も好きなしぐさの一つ。と考え込んでいた妹はこう言いつつ上目遣いに僕の顔を見つめてくる。“可憐ね? 新しい楽譜が欲しいの。ほら、前お兄ちゃんが鼻歌交じりに歌ってたのがあったでしょ? あのときお兄ちゃんも分からないって言ってたじゃない。その歌がようやく分かったの。だからその楽譜が欲しいなぁ〜って…” と言う妹。あの歌分かったの? と訊くとうん、と首を大きく縦に振ってにこっと笑顔で応える妹。じゃあそれを買ってから僕の例の計画を実行させてもらおう。そう思い何事もないようなふりをして妹の買い物に付き合う僕がいたわけだ。
買い物が終わって妹の手には件の楽譜がある。“付き合ってくれてありがとう、お兄ちゃん。この楽譜早く弾いてみたいなぁ〜” とにこにこ顔の妹に僕も計画を実行する。“ねえ可憐。僕もちょっと付き合ってほしいところがあるんだけど…。いい?” と訊くとうんと素直に首を縦に振る妹。そんな妹にちょっとだけ罪悪感を覚えながらも期待に胸を膨らませながらスタジオのほうに向かって歩き出す僕がいた。
「良かった〜。みんな嬉しそうで。可憐も久しぶりに楽しくなっちゃった」
とこう言いながらさっきの余韻に浸るかのように腕をぎゅっと胸の前で組む。スタジオの中には大きなスクリーンが一台あってそこには見知った顔とトゥイッターの文字が流されていて。最初はどこに連れて行かされるのか不安な顔の妹だったけど、まあ見知ったスタジオが見えてくるとにこっと笑顔になる。そう言う妹の顔も好きだなぁ〜っと感じるわけで。で肝心の演奏会だけど、こういう感じの生なもの? は生まれて初めてな感じだから最初は緊張していたんだけど、徐々にその緊張も解けて来ていつもの演奏会のようになった。それにしてもアンコールが起こったときの妹の満面の笑顔…、僕はしばらく忘れないだろう。何より聴いているみんなに元気をあげられたことは嬉しいし、良かったと思う。件のウイルスはまだまだ収まらない感じだけど、早く収まってくれればいいね? とスタジオからの帰り道、お互いの顔を見遣って微笑みながら帰る道、そんな今日9月23日は僕の可愛い妹・可憐の19歳の誕生日だ。
END