家族の証
第2話 春歌と僕の家族
5月16日の夕暮れ時、僕は玄関の前にいた。そうこれからサツキの散歩の時間だ。妹はそんな僕を見かけて、“兄君さま、サツキと一緒にお出かけなされるのですか?” と言う。もちろんそう言う妹も僕とサツキについて行く気満々な様子だったので、“ああ、そうだよ? 春歌も一緒に来るかい?” と誘った。“はい!” とにっこり笑った顔は僕の一番好きな顔だ。表の犬小屋でちょこんと座って待っている秋田犬の雑種。名前を“サツキ” と言う。これは妹が名づけた名前だ。5月のことを昔風に言うと“皐月” と言う。サツキもここからとられた名前。父さんの友達の人から生まれたての子犬をもらって来たのがちょうど1年前。そうか…、もう1年になるんだね? じゃああの子が天国へと旅立ってから8年くらいが経つのか…、と思う。父さん、母さんとも外交官であちこちに飛び回っていて僕はちょうどアメリカにいたときに生まれた。妹が生まれたのは父さんがちょうどドイツに赴任して間もないころだ。ドイツには約10年ほどいたわけだけど、その頃父さんのドイツの知人から譲り受けたのがジャーマンシェパードと言う犬種だった。よく警察犬とかで活躍している犬種なんだけど、赤ちゃんのころから一緒に暮らしていたせいか妹にはよく懐いていた。名前は、ちょうど妹の生まれた月を意味するドイツ語で“マイ” と名付けた。僕が学校やなんかの用事で妹の面倒を見られないときはよくマイが代わりに面倒を見てくれていたっけ。妹の顔をペロペロ舐めるマイの姿は未だに思い出す。そんなマイとの生活にも突然終わりがやって来る。そう、父さんたちが日本に帰還することになったんだ。日本に帰るのが決まった日、当然マイも連れて帰るんだろうと思っていたんだけど、父さんたちの答えは意外にもノーだった。
シェパードの平均寿命は約10年から12年。マイは妹が生まれた年にもらわれてきた。だから、老犬だ。その老犬に海を渡って連れて行くと言うのはちょっとと言うかものすごく酷な話だったのだろう。でも僕も妹も反対した。僕たちだけでもドイツに残ってマイの面倒を見ようと妹とよく話してたっけ? 僕たちのそんな努力が功を奏したのか、父さんたちが折れた。マイも嬉しそうに鼻をひくひく言わせていたっけ? しかし、日本について1ヶ月経つか経たないかしないうちにマイは…。お葬式の時、泣きじゃくる妹の頭を撫でつつ、僕も泣いていた。飛行機での移動はマイにとってはよほどの心労があったんだろうな? 今更だけどマイには僕たち兄妹のわがままに付き合わされて、遠い異国の地で眠ることになって本当に済まないと今更ながら思っている。妹はそのあと塞ぎこんで犬とか動物のことをやっているテレビとかを全然見なくなったっけ…。そう、この“サツキ” と出会うまでは…。
マイが天国へ旅立って7年目の昨年の5月。もう父さんたちも大きくなった僕たちを置いて外務省の仕事に邁進している。帰ってくるのは年に2、3回がいいところかな? そんな昨年の5月、近所の人から子犬が産まれたんだけど…と相談を持ちかけられる。“うちはちょっと…” と断りを入れた。妹の心の傷は未だに癒えていない。そんなところへ持ってきての子犬の里親だ。妹が可哀想すぎる。そう思って僕は断りを入れる。部活から帰って来た妹に一応話だけはしておいた。一応断ったことも話した。でも、正直僕は妹にはもう一度犬を飼ってほしいと思った。もう一度犬と遊ぶあのにこにこと微笑む姿が見てみたいと思った。だから僕はこう言う。“一度でいいからさ、見に行ってみない?” って…。
「今日は何だか暑いですわね〜? 兄君さま…。ちょっとそこの河原で涼んでいきましょうよ…」
夕暮れ時の土手道をサツキのリードを妹に渡してしばらく歩くと妹はそう言ってくる。尻尾をふりふり前を行くサツキの姿は僕より春歌のほうがお気に入りと言った様子で、思わず苦笑いをしてしまう。河原を吹く風は初夏のさらさらとした風だ。夕焼けが明日の天気を知っているかのように川面に映えていた。河川敷の階段に座るとさらさらした風がますますさらさらと吹いてくる。ふっと横を見る僕。春歌がポニーテールに髪を結わいでいだ。そのうなじがちょっと艶めかしく感じてぽっと顔が赤くなる。思わず下を向くとサツキが僕の顔を見て、“わんっ” と一吠えに吠えると、ぺろぺろ舐めてくる。そんな僕を嬉しそうに見つめる春歌の顔はマイと遊んでいたあの頃の笑顔だった。う〜んと一つ伸びをする。サツキもそんな僕につられたのか伸びをしていた。“そろそろ帰ろうか? ケーキでも買って…” と言う僕に、にこっと微笑んで“はいっ!” と嬉しそうに頷く春歌の今日は誕生日だ。
END