「ねえねえ、おにいたま。ヒナね…、おにいたまにお願いがあるの…」
「兄や〜……、亞里亞も〜」
 それは、母の日の前日…。僕は部屋で勉強をしている。こんこんっと部屋をノックする音が聞こえる。
 表を見ると、雛子と亞里亞が、頬を赤らめながら僕の顔を上目遣いで覗き込んでいた。


おねえたまの日


「で、お願いって何だい?」
 僕は身を屈めてそう尋ねる…。ここはある小さな町のキリスト教系の孤児院…。僕はここの院長だ…。
 本当は父さんがいたんだけど父さんは去年心筋梗塞で…。僕が大学を出たばかりだったね…。…母さんは僕を生んでからすぐに亡くなった。
 だから、僕は母さんの顔を写真でしか見たことがない。
 …今、僕には12人の妹たちがいる。いや、実際には孤児院の子達なんだけど…。僕にとっては可愛い妹のようなものだ…。
 今話している雛子と亞里亞も僕の妹のようなものだった…。
「うん……、あのね…。兄や……」
 亞里亞から話を聞く。亞里亞はゆっくりとした口調で話し出す……。雛子はにっこり微笑んで亞里亞が話す内容を聞いていた。僕は亞里亞の話に耳を傾けた。
「でね。ヒナと亞里亞ちゃんとでね。おねえたまたちのお手伝いをしようって話したの…。でもヒナたちが出来るお手伝いってあんまりないでしょ? だからね、おにいたまにお願いしに来たの……」
 そういうことか…。なら、僕もお手伝いしなくちゃいけないな…。
 最近は牧師の仕事が忙しくて、ここのところ妹たちには迷惑をかけてばかりだ…。だから僕は雛子と亞里亞の手伝いをすることにした。
「うん、いいよ…。いっしょにお手伝いしようか…」
「うん!! ありがとう…、おにいたま…。えへへっ、おにいたま。ダイダイダーイ好き!!」
「わぁ〜い…。兄やぁ〜、ありがとうなの…」
 雛子と亞里亞を手伝うことで、僕自身、普段迷惑ばかりかけている妹たちに少しでも恩返しをしようと思った。


 次の日の朝、そう、母の日当日。僕は、5時くらいに目を覚ました。
 冷たい水で顔を洗うと雛子と亞里亞を起こしに向かう。二人の部屋に入るとカーテンの隙間から五月の暖かな日差しが洩れていた。
 寝顔を見れば可愛い寝顔だ。しばらくこのまま見ていたい気もするが、二人の気持ちを無にしたくない。
「雛子…、亞里亞…、起きて…。お手伝い、はじめるよ…」
 僕はそう言って寝ている二人を起こす。少し眠たそうに目を擦りながら二人は起きた。雛子と亞里亞…。寝起きの顔も可愛い。まるで二人の天使がそこにいるようだ。
「ふ、ふぁ〜。おはようございます。おにいたま…」
「う、うーん。兄や…。おはようなの……」
「おはよう、雛子、亞里亞…。さあ、お手伝いをはじめるから、二人とも着替えてね」
 そう言って僕は着替えを手伝う。服を選び、それを渡す。脱いだ服をたたみ、それを直す…。
“そろそろ自分で出来るようにならないといけないよ…”
 僕がそう言うと二人はてへへっと照れ笑いを浮かべた。


 まずは朝食の準備だ。
 食事は主に白雪と春歌が作っている。僕も時々手伝ってはいるが、これがまた大変だ。何せ、僕も含めて十三人分の食事を作らなくてはならないから…。
 考える…。考えて、はっと気付く。雛子たちにも簡単に出来るもの…。僕は、雛子たちに提案してみることにした。
「ねえ、雛子、亞里亞…。朝ご飯だけどね…。今日は日曜日だしパンにしようよ。あっ、ただのパンじゃないよ…。フレンチトーストってどうかな? おいしそうでいいと思うんだけどなぁ〜。ねっ?」
 雛子と亞里亞はう〜んと考えてる。しばらく考えて亞里亞はこう言った。続いて雛子も言う。
「兄や…。亞里亞、それでいいの…。姉やたちも絶対おいしいって言ってくれるの…」
「おにいたま。ヒナ…、頑張っちゃうね!!」
「よーし…。頑張って作ろう!!」
 雛子は卵を割る係だ。最初はおっかなびっくりな雛子だったけど次第に慣れてきて、今は笑顔も出てきた。
 亞里亞は割った卵を溶く係…。黄身と白身が混ざっていく様子を不思議そうに見つめながら、混ぜていく亞里亞。初めてにしては上手だ。
 そして、二人で砂糖とミルクを足してそれを混ぜる。にっこり微笑みながら混ぜていく。
「おにいたまー。卵、混ぜ終わったよー。あっ、亞里亞ちゃん。一緒に運ぼー」
「うん…、気を付けて運ぶの…」
 卵の入ったボールを慎重に僕のところまで持ってくる。よいしょっと言う感じで僕はそれを受け取った。
 一応殻をチェックしてみる。うん、入っていない。混ぜ方もばっちりだ。
「雛子、初めてなのにうまいねー。それに亞里亞も混ぜ方、とっても上手だよ…」
 と言ってあげると嬉しそうに二人は微笑んでいた。僕はその間にパンを切っていた。
 切っておいたパンに、さっき雛子と亞里亞に作ってもらった卵を染み込ませる。ふと、下を見ると二人が僕のほうをじーっと見上げていた。
「やりたいの?」
「「うん!!!」」
 椅子を二脚持ってきて、雛子と亞里亞を立たせる。三人でフレンチトーストの準備をした。
 雛子も亞里亞も楽しそうだった。さすがにトーストを焼くのはまだ危ないから僕がやったけど…。ちょっと残念そうだったけどね…。あはは。その間に二人にはサラダの準備をしてもらった。レタスとプチトマトを並べた簡単なサラダだ…。
 その間にフレンチトーストも焼きあがる…。三人で、出来た料理をテーブルに運んだ…。紅茶もポットに入れて…。


 と、そこへ……。
「にいさま、おはようございますですの…」
「兄君さま…。おはようございます……」
 白雪と春歌が起きてきた。他の妹たちもぞろぞろと起きてくる。そして、円卓のテーブルを見てみんながびっくり…。
「お、お兄ちゃん…。このお料理、お兄ちゃんが一人で作ったの?」
「ううん、作ったのは僕じゃないよ…」
 可憐がそう聞いた。僕は首を横に振る。みんなは分からないような顔をしていた。そんなみんなに僕は言う。
「僕はただお手伝いをしてただけさ…。ここにいる二人のね……」
 さっと僕は、後ろで恥ずかしそうに隠れている二人を前に出して、その体を抱き上げる。みんな、一様にびっくりした顔になった。
「雛子ちゃんと…、亞里亞ちゃんが?…。作ってくれたのかい?…」
 千影は驚いて言う。雛子と亞里亞は恥ずかしそうに、でも嬉しそうに頷いて、こう言った。
「う、うん…。だってね…、だってね…、ヒナね、おねえたまたちのこと、ダイダイダーイ好きだからね。だからヒナ、亞里亞ちゃんと一緒にね、おねえたまたちのお手伝いしたいなーって思ったの…」
「……亞里亞も、姉やたちのお手伝いしたかったの…。…くすん」
「あ、あああ、泣かなくてもいいのよ。亞里亞ちゃん」
 咲耶は慌てて亞里亞をなだめる。僕はそんな二人を見つめて言った。
「…今日は、母の日だろ? キミたちがお母さんなんだよ…。雛子と亞里亞にとってはね…」
「わたくしたちが?……」
 鞠絵は驚いた顔で言う。もっとも、病弱な彼女だ。何一つお姉さんらしいことはしていないとでも思ったんだろう…。でも僕は知っている。
 雛子と亞里亞によく絵本を読んであげている姿を…。衛や花穂や四葉はよく遊んであげているし、千影や咲耶や可憐たちも、雛子と亞里亞の面倒をよく見てくれている……。
「生まれは違っても、彼女たちは姉妹なんだね…」
 僕は静かにそう呟いた…。と、横にいた咲耶が……。
「違うわよ…。お兄様…。お兄様がいるから私たちは、こうして出会うことが出来たんだから…」
 そう言って僕の手を引いてみんなのもとへ向かっていく……。


 みんな…、みんなが悲しい時は僕が傍にいて慰めてあげる…。困った時には助けてあげる。…そして、嬉しいときには僕も一緒に喜んであげよう…。
 当たり前のことを今さら思う、今日、母の日…。いや、「おねえたまの日」だった…。

〜END〜