弟くんへ

第2話 春歌の場合


 今日5月16日はワタクシのお誕生日。なのにワタクシはぷぅ〜っと頬を膨らませて怒っていた。誰に? と言うとちょっと言い難いのですけれど、ワタクシの弟、航ちゃんに…。と言うのも今日、ワタクシのお誕生日って言うことで、昨日の夜航ちゃんと買い物に行こうと約束して、朝、先に行って待っていたと言うのに全然来る気配がないものだから、携帯を取り出して電話をかけてみると…。
「あ、姉さん。今、友達に会っちゃって、それで映画に誘われちゃってさ。だからさ…、明日にしてくれない? 買い物…」
 とこうだ。この間も、そのまたこの間も、こうやって逃げられている? ワタクシにとってはいい迷惑だ。だから叱ってやろうと思って、航ちゃんに言いかけた刹那、“友達に代わるね?” と上手く回避される。阿吽の呼吸と言うか何と言うかワタクシの声で向こうは分かるみたいなので非常に厄介。うまく宥められて、叱るに叱れないので、交換条件を出すことにする。それは、“ワタクシにプレゼントを買ってくること!” と言うちょっと自分でも大人気ない条件だ。でも、いつもワタクシとの約束は放ったらかしに友達ばっかりと遊ぶ航ちゃんへの日頃の鬱憤が爆発したのだろう。そうお願いしていた。と、弟は、
「あんまり余裕がないから、安いものになっちゃうけどそれでもいい?」
 と聞いてくる。“真心のこもったものなら何でも嬉しいよ? それと今日は早く帰って来なさいな。お夕飯作って待ってるから…” とワタクシは電話越しに言う。ワタクシの父君さまと母君さまは外交官であちこち飛び回っているため日本に帰ってくるのは年に数回程度。ワタクシと弟の生まれたところだって日本ではなくドイツだ。一足早く日本に帰されたワタクシはお祖母さまの厳格なご指導の下でこのような感じになったけど、航ちゃんは海外生活が長かったせいか、自由奔放な性格になっちゃったわけで…。ワタクシにはない豪快さがあるのでちょっと羨ましく思ったりもしばしば…。今日もあんなことを言ってたけど忘れられるに違いないと思う。と言うか毎回忘れられているからもう慣れっこなんですけどね?


 で案の定、ワタクシとの約束を忘れて7時ぐらいに帰ってくる航ちゃん。ぷぅ〜-っと頬を膨らませて怒っているような態度を取るワタクシ。実際には少しだけだけれど怒っている。そんなワタクシに上目遣いでそ〜っと見遣ってくる航ちゃんの表情が面白い。でもここは姉の威厳を見せるところだと判断してじ〜っと弟の顔を見遣っていた。と弟が持っていたリュックの中をごそごそしだす。なんだろうと思って見てみると、ごそごそと何やら小さな箱を取り出してくる。ワタクシに差し出すと、“姉さん、誕生日おめでとう” とワタクシに渡してくれる。中を見ると銀色のきれいな指輪があった。忘れられていたと思っていた。なのに航ちゃんは覚えていてくれた。そのことが嬉しくて思わず涙が出ちゃうワタクシ。そんなワタクシに…。
「姉さんも何も泣くこともないでしょ? それにこれ、友達と選んだものだし…」
「だ、だってだって…。嬉しいんですもん…。うううっ…」
 弟のプレゼントは手の中にしっかり握り締められている。いつもは何かにつけて忘れっぽい弟のこう言うプレゼントが嬉しくて…。恥ずかしいとは思うものの泣いてしまう今日5月16日はワタクシの19歳のお誕生日…。

END