嫁ぐ日

第八章 亞里亞


 慌しくメイドさんたちが走っている。というのも明日は妹の結婚式だからだ。妹、亞里亞は明日で20歳になる。ちょっと結婚には早い気もするが、本人が決めたことだからしようがない。父さんたちもその辺は分かっているんだろう。苦笑いを浮かべていた。ちなみに相手の人は、父さんの知り合いの会社の社長さんの息子さんで、ちょうど亞里亞の幼なじみでもある子だ。
 僕の父さんは会社の最高統括責任者(CEO)だ。あちこちと飛び回っていて明日の亞里亞の結婚式には出られない。母さんも、父さんと同じ会社の常務ということもあり、出られないということらしい。国際電話で残念そうな父さんたちの話ぶりを聞いていて、まあ、残念だったろうね…。と、僕は思った。
 フランス生まれの妹。亞里亞は父さんたちが新規事業のためフランスのほうに行っていたときに生まれた。その頃は今よりもっと多忙だったため、父さんたちは仕方なく亞里亞をフランスのある友達のところに預けたんだ。
 それが亞里亞が“じいやさん”って呼んでいる“じいやさん”の家だったんだって…。妹、亞里亞はちょっと臆病なところがあって、すぐに泣き出してしまっていたっけ…。そうそう、12年も前、僕が課外授業で出掛けるときに、僕と一緒に行きたいって言ってじいやさんに怒られていたっけ。そのときもちょうどこんな誕生日だったな…。
 そう思いながら僕はある場所へと向かう。じいやさんたちも知らない、広い庭の片隅のテラス。妹が静かに座っていた。
「やっぱりここにいたんだね? 亞里亞…。じいやさんたちが探してたよ?」
「ねえ、兄や…。昔、亞里亞が兄やと課外授業に一緒に行きたいって言ってじいやに怒られて、お部屋で“しゅん”ってなってるとき、兄やがお菓子をいっぱい持って来てくれたときのこと…。覚えてる?」
 ああ、あれは確か12年前の明日だったね? 僕がそう言うと、
「うん。あの時、亞里亞、とっても嬉しかったんだよ? 亞里亞には最高のナイト様がいるんだって…、そう思ったんだ…、……今でも兄やは亞里亞の最高のナイト様なんだよ?」
 そう言うと亞里亞はちょっとだけ泣きそうな顔で、でも微笑みを浮かべながら立ち上がる。僕は“もうちょっとここにいるから…”と亞里亞に言った。亞里亞は柔らかく微笑むと屋敷の方へと行ってしまう。その後姿を見ながら、僕は誰にも聞こえないような小さな声で言った。
“亞里亞…もう僕はお前のナイト様じゃないよ……。お前のナイト様は彼なんだからね?”
 と……。屋敷の慌しさがなお一層響いてきそうな夜。僕は一人テラスに座っていた。


 バージンロードを妹と歩く。神父さんの前では彼が優しく微笑みながら妹を待っていた。
 僕は手を離す。妹が静々と彼の元へと歩き出す。僕は思った。“君の人生は今日から始まるんだ…。今日からね? だから、頑張れ…”って…、そう願いを込めながら…。11月2日。今日もいい日になりそうだ…。

END