大きなお子ちゃまと小さな花火


「ねえ、お兄ちゃ〜ん、花火セット買ってよ〜」
 と俺の隣り、今日で一応酒の飲める年齢になった妹が目をくりくりさせながらこう言う。今日8月22日は腹を立てるといつも俺を投げ飛ばしてくる凶悪柔道家の妹・鈴夏の誕生日だ。大学2回生になった今年は昨年の轍は踏まないと一心不乱にレポートを書いたりしていた妹。曰く、“隣りに怖いお姉ちゃんがいるから…” とのことだが、俺にはいつも通りのぽんこつさんがコスプレしているようにしか見えんわけで。一昨年・昨年とそれですごく怖い思い? をした妹にとってはそれがトラウマになってるんだろう。今でも、少しでもそのことを言うとブルブル肩をいわしながら震えやがる。まあ妹にとっては隣りのぽんこつ幼馴染みである七海は姉と言っていい存在なのは言うまでもない。そう言う存在だからこそ、怖い存在なんだと思う。まあ、俺にとっても料理スキルが皆無な友坂家の面々にとっても怒ると飯を作ってくれんのでその辺は如何に機嫌を取るかに腐心するわけだ。
 で現在、妹が“あたしのお誕生日なんだからどこか連れてってよ〜” とうるさいので一緒に隣町の大きなデパートにやって来たわけだが、そこであれやこれや買わされた。男が一番敬遠する女性用の下着売り場まで俺の腕を極められて連れて来さされた挙句、下着選びまで付き合わされてそこら辺にいた主婦の皆様から奇異の視線を向けられたことは言う間でもない事実なのだが、そんなことはお構いなしと言う感じにどんどんと選んでは下着を俺の前に見せて、“どうかな? これ” と訊いてくるわけで…。少々上目遣いに見遣ってくる妹の顔は可愛いのだが、俺にとってはこんな顔も恐怖の何物でもない。とかく柔道家の娘であるのと同時に女の子だからか投げ飛ばされるかしくしく泣かれるかのどっちかであることは言う間でもなく、前者のほうは肉体的に堪えるだけだが、後者は精神的に参ってくるわけだ。しかも妹の場合、塞ぎ込むと1週間ばかりしゅんとなってしまうので非常に厄介なことこの上ない。そんな俺の事情も知らずに遠巻きに奥さん連中があれやこれやひそひそと話し合っていたわけで…。
 絶対こうなるから行きたくなかったんだ! と言ってやりたい…、のだがあのしくしく泣かれる作戦に出られるとこっちのほうが参ってしまうから言うことも出来ず。結局流されるままバカ高い服やら下着やらを買わされてしまった。もう金は1000円少々しか残ってねー。とほほほほほほ…、なぜに妹の財布代わりにならにゃいかんのだ? 誕生日如何を差し引いても余りあるだろ? と思って花火セットの前を通りかかると、“花火セットだってー。わぁ〜、久しぶりに花火したくなっちゃった〜” と俺の顔と花火セットを交互に上目遣いに見遣ってくる妹。見遣る妹の首根っこを引っ掴んで去ろうとする俺に対して、“わわわ、お兄ちゃん、いきなり何するの〜” と柔道技で手をすり抜けるとむむむむむっと言う擬音も出して怖い顔? をして睨んでくる。“金がないんだ。だから今日は諦めろ。なっ?” と言って財布の中を見せる俺に、“お金ぐらいATMで降ろせばいいじゃないのさ〜。今日はあたしのお誕生日なんだよ〜。それなのにぃ〜!!” と拗ねた顔をして駄々をこね始める。まあ手持ちの金がないだけで下せばいくらかはあるんだが、もう少しこのワガママ妹には我慢と言うものを覚えさせんと…と思い、“ダメだ! さあ帰るぞ!!” と言って手を引こうとする俺に、寝そべって手足をばたつかせて、“やだやだやだ〜、買って買って買って〜” と小さいころによくやっていたようなことをし出す妹。だんだん人だかりが出来てくる。客観的に見て今流行りのどこぞの地域を見ているかのようだ。と言うか恥ずかしいだろ! と思って立ち去ろうと踵を返そうとすると何かが足にしがみついている。何がしがみついてる? と思って後ろを見てみて妙に納得してしまった。と言うかでかい子供だな? こりゃ…。パンツとか派手に露出してるじゃねーかよ! こっちが恥ずかしいわっ! と言うことでなす術なく、お姫様お望みの花火セットを買わされる俺がいたのだった。とほほ…。


 夜になる。あれから帰って来るなり七海が俺の家の前で腕組みしながら待っていた。去年購入したレディースの特攻服を着込んでちょっと怖い目をしながら俺たちが帰って来るのを待っていたんだろう。鈴夏は? と見ると、逃げる気満々でシュタッと手を上げると、“じゃあお兄ちゃん、後はよろしく…” とすたこらさっさと飛び出していく。あ〜あ、素直に謝ればいいものを、また罪状を増やすのか…、と思って七海を見ると、“こら〜! 鈴夏ちゃ〜ん! 待ちなさ〜いっ!!” といつものぽんこつ声で追いかける。さながら間抜けな刑事と更に間抜けな泥棒との捕り物帳を見ているかのようだった。まあ俺もその間抜けな刑事に付き合ったわけだが…。
 で結局捕まるんだから、“最初から逃げるな!” と言いたい。レディースの特攻服はあまりに刺激が強すぎるだろうと思って七海に言って脱がさせたわけだが、まあ妹の言い分は、“怖い顔をしたお姉ちゃんが怖い服を着て立ってるのを見てほんとに怖くなっちゃって…。体が自然と動いちゃったんだも〜ん。うわーん。許してよぉ〜…” と言って泣いていたわけだが、そこへ持って行った自分が元々の原因だろ? と強く思う。まあ今日は誕生日だからあのこっ恥ずかしい花火騒動のことは言わないでいてやったが、それでもいい大人のくせしてとんでもなく幼稚なことばかりしてくる妹に少しと言うか大いに不安になる今日8月22日、俺のある意味恐怖の権化である意味守るべき存在? な妹、友坂鈴夏の20歳の誕生日だ。

END

おまけ

 あれから七海にせっかくの妹の20歳の誕生日なんだからと棚上げしてもらい、うまい料理に舌鼓を打ち、因縁めいた花火セットから一部を取り出してやったりしてささやかな誕生日会はお開きとなったわけだが…。その翌日の夕方、俺がバイトから帰って来ると家の中から七海の怒った声と妹のしきりに謝る声が聞こえてくる。多分ではあるが、いつもの生活態度を改めない妹への注意に応じようとしない妹への懲罰的な意味で怒ってるのか若しくは昨日の花火の一件かと思う。まあは行って見たら分かるだろうと思い、玄関の扉を開け中に入る。応接室を見た瞬間に一目で、ははぁ〜ん、昨日の花火騒動の件がバレたんだな? と思う俺。そこには案の定昨日の特攻服に身を包んだ七海が腕組みしながらぐるぐるした目で妹を見遣っていた。“まあ鈴夏も謝ってるんだし昨日の花火の件は水に流してやったらどうだ?” と言うと、
「昨日の花火の件って何? わたし何も知らないんだけど?」
 じ、地雷を踏んじまったか?! と妹のほうを見ると何とも形容のしがたい恐ろしげな顔でぐぐぐぐっと俺の顔を睨んでくるし、七海は七海で、“説明してっ!” とばかりにこれまた怖い目? をして俺に説明を求めてくる。まあ実害があるのは七海のほうがかなりあるので昨日の一件を一部脚色してオブラートに包んだ意味合いで言う俺。その間に七海は妹の手をぎゅっと掴んでいた。いつぞやか(と言うか昨日もか?)逃げられた経験からそうしているんだろう。まあ俺にしてみれば一番悪いのはどう考えたって妹なので淡々と話していく。話が終わるや否や、“鈴夏ちゃん!!” と言う七海。これで今日1日、鈴夏は終わったな? 合掌…。と心の中で手を合わせながら応接室からいそいそと退出する俺がいた。とややも間があって、“うわぁぁぁぁぁぁぁぁ〜ん! お姉ちゃんごめんなさいぃぃぃぃ〜” と言う鈴夏の断末魔のような声が轟くここ友坂家。山にはもう夏の終わりのツクツクボウシが鳴き始めた。

TRUE END