バスに揺られて…
「う〜んと…、七海たちのお土産はよし! 着替えもよし、その他もろもろOKと…。あっ、そうそうあいつの土産も…」
3月19日、夜10時半を少し回った辺り、あたしは今年も行く従弟を思いつつ、指さし確認で用意をしていた。あたしの従弟、背はあたしより高くて何かとあたしに突っかかってくる失礼なやつ。まあ毎年この時期になると暇を持て余し気味になるので、ちょくちょく友達と出掛けたりとかはしているんだけど、今年はこっちの友達がいろいろと忙しそうだったから、あたし1人だけで出掛けることにした。したのはいいんだけど、どこに行くのかは決めてなくて…。まあいつも通りではあるんだけど、今年も従弟のところへ行くことにした。まああいつとはケンカ仲間と言う関係だから出会うたびにケンカばかりしてるわけだけど、それが結構楽しい。今年の正月にも行ったんだけど、あいつったらお年玉を出してきて、“ほれ、受け取れ” なんて言ってくる。あたしのほうが年上にも関わらず、子ども扱いしてくるわけだから腹が立つって言うかなんて言うか…。負けじとあたしはあいつのお年玉までふんだくって、それが元でいつものケンカに発展して七海の仲裁で何とか矛を収めたわけだ。
それにしてもあたしが自分の背が低いのを気にしているのをいいことに、あいつはそんなことばかりやってくるんだから始末におけない。ほぼあたしの唯一の敵と言っていいと思う。いつもだらしのない恰好であたしの気にしていることをずけずけ言ってくるんだから…。まあそんなあいつにも弱点と言うものがあってそれであたしは助かってるわけだけど…。1つはあいつの妹の鈴夏の柔道技、もう1つはあいつの彼女であたしにとっても幼馴染みで妹みたいな存在な七海だ。この2つがあたしにとっての言うなれば武器になる。まあ従妹と妹みたいな存在を武器と言うのもおかしなことなんだけど…。行く前に電話をかけないといけない。あいつが来る前に電話しろとかうるさく言うのでいつものように電話を掛ける。パピポとあいつの家の電話番号を押す。トゥルルルルル…、と2、3回鳴って受話器を取る音。聞こえてきたのは案の定と言うかあいつの声だ。
「おう、やっぱりひかりかよ…。何だ? 今年は背が縮んでショックで来られないってことか?」
相変わらず失礼なやつだわ! そう思い、“相変わらず失礼ね! あんた。今年もそっちに行くからね? ちゃんとあたしの部屋の確保もしておくのよ” と言う。“もうやってるぜ…。今年も来るだろうって予想もついてたからな? でも何でうちの女どもはこうも結束がいいんだ?” なんて受話器の向こうでぶつぶつ言ってる声が聞こえる。七海と鈴夏が多恵ちゃんと佐倉さんなんかに言っていろいろ責められたんだろうな? まああれでいて上下関係のしっかりしている従弟だからか、多恵ちゃんの命令には逆らえない部分もあるわけで…。って言うかそれじゃあ鼻からあたしのことは姉としては見ていないんじゃないの? とも思って余計に腹が立った。行ったらみんなの目の前で、唐辛子のいっぱい入った特製スープでも食べさせてやろうかしら…。なんてことを思い、うふふふふぅ〜、と怪しく笑っていると受話器の向こうで、“なあ、何か俺に対して嫌〜なことを考えてただろ?” なんて言って恐々としているんだろう声でこう言う従弟。“さあ、どうかしらねぇ〜?” なんて言って更に怪しく笑うあたし。もちろん本気でしようとは思ってない。まあ言うなれば脅しと言うやつなんだけど…。これが意外に効くみたいで、あいつはしきりに謝ってくる。まあお姉ちゃん特権みたいな感じで優越感に浸れるってわけ。そうだ、迎えに来さしちゃおうかしら…。なんて考えも浮かんだけど、ちょっと可哀想すぎるかなぁ〜なんて考えもあったりするのでそれは言わないでおくことにする。“じゃあちゃんとあたしの部屋の準備をしておくのよ?” と言って電話を切った。明日の朝一で家を出るので今日はもう寝る。寝る瞬間、さっきの電話の最後の、“分かりましたよ〜” と言う従弟の言葉が思い出されて、うふふと微笑むあたしがいた。
ピピピピピピピ…。と言う目覚ましの音で目が覚める。ささっと準備を整えて寝ぼけ眼のお父さんたちに、“じゃあ行ってくるからね?” と言い出掛ける。そういや朝ご飯がまだだったわ…。と思って従弟の家に行くときには必ずと言っていいほど立ち寄る立ち食い蕎麦屋の暖簾をくぐる。そこのおじさんとはもう顔馴染みなので、軽く挨拶して、“いつものお願いね?” と言うと、“はいよっ!” と言う具合にいつも食べる蕎麦が出てくるって感じだ。つるつる食べて勘定を支払い店から出てくるとちょうどいい時間になっていた。歩いてバスターミナルに行く。始発の長距離バスはもう来ていた。予め用意しておいたバス券を見せて指定された席へと乗り込む。奥から5列目の左の窓際の席だ。荷物を前に置きふぅ〜っとため息を一つ。それからお客がどんどん乗ってくる。あたしの隣りの人は人のよさそうなおばあちゃんで、何でも同窓会に行くんだとか。そんな他愛ない話をしているうちにバスは出発した。途中勧められた飴なんかを頬張りつつ景色なんかを見ながら話に花を咲かせる。途中でお客が下りていく。隣りのおばあちゃんも途中で降りて、残るのはあたし1人となった。終点が目指すところなので仕方がないと言っては仕方がないんだけど…。海岸線を走るバスの車窓からは朝日に照らされた海がきらきら輝いて幻想的で美しい。持っていた携帯のカメラでカシャッと撮った。やがて、終点になる。バスのターミナルに降りる。あいつの家に行くにはここから更に市バスに乗り換えなければならない。どれだけ田舎なんだろうとは思ったけど、それも仕方がないかな? とも思った。海はきれいだし、住んでる人も七海みたいな温厚な人が多いし、食べ物も美味い。都会で疲れた心には一服の癒しがあるのだろう。潮騒の音を聞きながら来たバスにまた乗り込む。もうすぐバス停に着く。あいつは迎えに来てるだろうか、寝坊助だから来てないだろうな? なんて考えつつバスに揺られてる。見えてきたバス停には見慣れた顔が二つと、いかにも眠そうな顔が一つある。あいつだ。そう思うと何だか嬉しくなった。でもこんな顔は見せられないからむっと無理矢理不機嫌そうな顔をする。でも心はにこやかで嬉しい気持ちでいっぱいだ。ピンポーンと降車ボタンを押す。バスが止まる。荷物を手に降りる。顔を上げてあたしは一言こう言った。
「あんたが早起きしてくるなんて今日は嵐になるんじゃないかしら? ああ、怖い怖い」
ってね? こいつはこいつで、“七海や鈴夏に無理矢理起こされて来たらこれだ…。だから言ったのによ…” と口を尖らせる。“まあまあ健ちゃん” と七海の声。毎回の光景。それが何だかとても嬉しい。あたしは従弟に荷物を渡して、歩き出す。後ろから、“ちょっとお前! 荷物くらい自分で運べ!!” て言う従弟の声も無視して、従弟の幼馴染みともう1人の従妹の手を引いて歩き出す。さ〜て今日から4日間何をして楽しもうかなぁ〜なんて考えながら…。
END