春の足音とバースデー
今日2月2日は、学校の先輩で俺の彼女な石和多恵の誕生日だ。学校のほうは3年と言うことでもう別に来なくてもいいんだが、多恵は毎日来ているわけで。そんな彼女の卒業後の進路はというと保育系の専門学校だそうだ。この間通知が来て合格って書いた紙をいの一番に俺のところに持ってきた多恵。俺は嬉しそうに微笑む多恵の頭を優しく撫でる。ますます嬉しそうに微笑む多恵の顔を見ているとこっちまで嬉しくなるんだから不思議だよな〜っと思う。
学校はそんなに遠くないところを受けたので、バスで通うんだそうだ。まあ多恵の家は自治会の仕事で忙しいし、弟や妹の面倒も見なくてはいけない。それに、俺と離れて暮らすことが嫌だったんだろうな? と少し自慢げに考えた。これはこの間多恵の口から出た言葉なんだが、上目遣いに俺の顔を見ながら言っている多恵の顔を見て“多恵らしいな?” そう感じる。思えば俺がこの町に引っ越してきて、鈴夏と一緒に出掛けたんだか一人で出掛けたんだかもう忘れたが、ちょっと遠出をしたんだっけか…。遠出と言っても今じゃそう遠くない場所ではあるんだがまあガキのころだったから遠く感じたわけだ。そこで、ってこれもちょっとど忘れしてしまったんだが。と言うか最近忘れっぽくてどうもいかん。この間鈴夏とちょっとしたことで言い争いになり、投げ飛ばされた際に頭を思い切りぶつけたせいなのか? とも思ってしまう。たんこぶが出来たんで病院に行って検査を受けたんだが幸い頭には何もなかった。親父が言うには“頭はそれ以上悪くならんだろう…。元から悪いんだしな?” と大笑いに笑っていたが…。しかし、鈴夏ももう少しお淑やかになってくれ〜っと思うのは兄のわがままだろうか?
とにもかくにも、今日は多恵の誕生日ということで、一足早い春を探しにいくつもりでいる。簡単に言うと小旅行なわけだ。一応多恵の家にも連絡して了承をもらっているし、俺も親父に言っている。まあ鈴夏には言わなかったんだが、これはこれでいいだろう。せっかくの2人っきりの旅行なんだ。お邪魔虫がいたら身動きが出来ん。そう思っていの一番に家に帰り、昨日纏めておいた荷物を手に早々に出かける。行き先はと言うと近場も近場なところで、林間学校でいつも利用している山上湖の旅館。ついでを言うと多恵の叔母さんが女将のところだ。あそこだったら気兼ねなくくつろげるし、かつ見知った相手だから料金も安い。スキー客も土日には多くなるがそれ以外はあまりいない訳だしな? 一石二鳥どころか三鳥も四鳥も得した気分になってくる。足取りも軽やかにスキップも踏みそうな勢いで多恵との待ち合い場所であるこの町一番の繁華街・駅前のバス停へ向かう。と、途中の小物店で見つけた可愛い小物(と言うか髪飾りだけどな?)を購入し、意気揚々とバス停に到着する。当然と言うか何と言うか、多恵はまだ来ていない。まあ女の子は時間が掛かるもんだ。七海は別の意味で時間が掛かるけどな? はははっ…。と笑ううちに遠くのほうから俺を呼ぶ声が聞こえてくる。ああ、来たな? そう思い顔をそっちの方向に向けた途端…。
「まあ、七海や鈴夏や佐倉はまだ許そう。しかし何であいつまで呼ぶんだ? はぁ〜…」
「ほぇ? だって健ちゃん、賑やかしいの好きでしょ?」
わいわいがやがやと賑やかな車内。その中で、頭を抱える俺。そんな俺を隣りの多恵は不思議そうに見つめている。そう、完璧だと思われていた計画には一つ大きな欠陥があった。何かというと…、そう! それは俺の隣りでにこにこ顔で微笑んでいる俺の彼女なわけで…。行くことになった日にはもうみんなに知れわたっていた。どおりで最近鈴夏や七海の機嫌が悪そうだな〜っとは思っていたわけだが、こういうことだったのか。と七海先生と鈴夏のほうを見るとぷぅ〜っと頬を膨らませていた。鈴夏に至ってはあっかんべーっと舌を出してくる始末。ははははは、はぁ〜。先が思いやられる。きっと向こうに着いて一息入れた途端、巴投げか一本背負いで投げられるんだろうな? そう思った。と、最もややこしくて呼んでもいない俺の従姉であり、天敵でもあるひかりが…。
「あたしの誕生日もよろしくね〜」
といかにも爽やかそうに言ってきやがる。絶対にノーだ! と言うと何をされるか分からんし、彼女持ちと言うことも相まってか、うんと首を縦に振るしかなくなる俺。くっそ〜!! ひかりのやつめ。俺が四面楚歌になりうる環境にわざと持っていって言うんだからこれを策士と言わずになんと言うのだろうか。ぐぬぬぬぬ…。ジョロキュアでも混ぜ込んだ、からいケーキで当日は目に物を見せてやるから覚悟しておけ!! ふふふっ、と一人妄想の世界で悦に入っているところを、ひかりにスパコーンと持ってきていた雑誌で叩かれた。
「ってー!! 何すんだ? このチビッ子が〜!!」
「あんたが下らない妄想してるから現実に戻してあげただけでしょ〜! それと、チビッ子って言うなぁ〜!!」
とこんなことを言い合いながらもバスは山上湖へと向かっている。鈴夏や佐倉や七海に止められてやっと落ち着く。と、今までの喧騒は何もなかったように静まり返る。ふっと横を見ると今日の主役である多恵はたおやかに微笑みながら眠っていた。“あれだけ騒いでいたのに眠れるなんてさすがね〜?…” と我が宿敵・ひかりも驚いている。“そりゃそうだ。口を開けば文句がぽんぽこぽんぽこ飛び出してくる女とは訳が違うんだからな?” と心の中で呟く俺。山上の湖へと続く長い上り坂一本。道の横にはこの間の寒い時期に降った雪が融けずに残っていた。でもどことなしか日差しは暖かく感じられる2月2日。夕日に赤く染まった山道をバスは目的地へとひた走る。そう、俺と彼女を結び付けてくれた思い出の湖へと…。
END