泥んこ田植えと誕生日
今日5月20日は俺の幼馴染みで彼女な近衛七海の誕生日だ。今年高校を無事に卒業し近く(と言ってもバイクで20分ほどかかるが)の大学に進学した俺たち。ついでを言うとその大学はいわゆる総合大学なので、まあ俺の知ってる連中もいたりしている。まあ多恵先輩はいるのは当たり前なんだが、ちびっ子従姉も一緒だったとは思わんかったわけで、入学式の後のレセプションの時に俺の後ろから体当たりしてきて派手にすっ転んだ俺をにやにや笑っていたひかりの顔は1ヶ月経った俺の脳裏に焼き付いて離れない。しかしまさか俺の天敵までこの田舎の大学に来ていたとは思わなかったのだが、このちびっ子曰く、“この静かな環境で勉学に勤しもうと思ったの…。と言うか何であんたがいるわけ〜?!” ととんでもなく失礼なことを言ってくる。“何を〜っ!!” と食って掛かろうとしたときに、それこそ絶妙なタイミングでまあまあと七海が止めに入る。夏休みと同じ光景があった。もっとも俺を投げ飛ばす名人の妹・鈴夏がいないのは幸いと言う感じか、ちと寂しいと言うかだが…。そんなことが先月の入学式にあったんだっけか。
で、俺は工学部でメカニック論と言うのを受講している。七海は経済学部で経営学を専攻だ。それぞれ違う学部なのだが、昼休みや休講日などはいつも一緒にいるのでそんなに寂しくもなく(と言うか外野がひゅーひゅーうるさいんだけどな?)、それなりに楽しく過ごしているわけだ。で、今日どう言うわけか大学の授業の一環として、隣町のだだっ広い田んぼの田植えを手伝うと言うカリキュラムが組まれていた。これはここの大学の定番となっているらしく、多恵先輩やひかりも去年参加したんだとか…。ちなみに、この田植えは1年は必須だが、2年からは学生の自主性に任せるんだそうだ。そういや遠くで多恵先輩の姿が見えるなぁ〜っと思ったらそう言うことだったのか。でも、だからか…、あのちびっ子がいないわけだ。多恵先輩はいつものジャージ姿に三角巾と言う出で立ちで出ていてそれが妙に似合っていてぷっと吹き出してしまう。まあ多恵先輩は昨年経験しているだけあって道具の持ち方とかは様になっている。それなりにいろいろと手伝ってきて要領は得ていると思うわけだが、我が従姉・ひかりはどうだったんだろう。と思う。多分泥んこになりながらひーこら言ってやっていたんだろうなぁ〜などと考えて、そうやっているひかりの様子が目に浮かび、ちょっとぷっと失笑してしまった。と横を見ると、七海が俺の考えが分かったのだろう、ぷく〜っと頬を膨らませて上目遣いに睨んでいる。まあひかりや鈴夏に睨まれたのなら怖いものもあるが、こんなぽんこつ幼馴染みに睨まれたって怖いものはない。と言うか逆にイタズラしたくなるんだが…。
そんなこんなで田植え授業の開始となる。元々ここは大学の研究用の田んぼであるのではあるが面倒なことに一本一本手植えと言うことらしかった。さて、田植えの開始となる。予め言っておくと田起こしや代掻きなんかは先輩たちがやってくれていたんだそうだ。どおりで多恵先輩が俺が入学したての頃に肩をよく擦ってたなぁ〜っと思う。ようはこれが原因だったんだな? そう思った。あと種籾を蒔いて発芽させる籾撒きと言う作業もあるらしいんだが、それは俺たちとは管轄外なので農学部のやつがやってくれていた。と、ここまでが前段階なんだからどれだけ米と言うものはややこしいものなのかがよく分かるし、それだけに有り難く思うわけだ。
さて、ここまで出来てもなおまだ工程は前半戦らしい。まず最初の大切な作業は、田んぼに正確な升目を描くことだ。これは均等に苗を植えていく際の目印にする作業なんだと。ドジョウやらオタマジャクシやらをかき分けながら、 ピンと張った糸を頼りに真っ直ぐ線を引いていく。途中、ふひゃあと言う可愛い悲鳴が上がったと思ったら七海が泥の中に足を取られてこけそうになっていた。升目を引き終わる。だいたい均等に引かれた升目を見ながらいよいよ田植えに入るわけだ。田植えと言うとコンバインでバ〜ッと植えていくのが最近の農家の手法なのだそうだが、ここは手植えと言うこともあってか手で植えていくらしい。と言うかこれがこの大学の伝統らしかった。まあある程度は七海のところで野菜の収穫なんかを手伝っている俺だからそこそこには自信もあったんだが田植えと言うのを甘く見すぎていた。植えるコツなんかは先輩や地元の農家のおじさんに教えてもらったがいまいちピンとこない。そもそも田植えなんか一度もしたこともない未経験者にこのようなことをさせるのがおかしいと思う。まあ土に親しみを感じさせるのには絶好の機会なのかもしれないし、これを機に農業に興味を持つやつも出てくるかもしれないしな? そう思って泥の中、悪戦苦闘しながら苗を植えていくことになるのだが…。
黙々と作業に取り組む。なお、苗は人差し指と親指の先端で苗の基部を摘んで、人差し指に沿わせた中指に根を当てて持ちながら植えていく。植えるときのポイントとしては苗を挿すには真上から挿すのではなく、やや斜め上方から基部とともに根も押し込んでいくわけだ。つまり、根がUの字形に上空へ跳ね上がらないよう、中指で支えて押し込むのがポイントらしい。肥えた土地でこうやって何も考えずただ黙々と稲を植えていくのはなかなかにいいもんだな? そう思いながらゲコゲコやかましいくらいに鳴くカエルの大合唱を背に黙々と作業を続ける俺。そのとき俺の頭からはすっかり七海の誕生日のことなど抜けてしまっていて…。
「もう! 健ちゃんは〜。わたしのお誕生日のことなんかすっかり忘れちゃうんだから〜っ!!」
と帰りしのサイドカー仕様のバイクのサイドカーのところで頬をこれでもかっていうくらいにぷぅ〜っと膨らませて拗ねているわけで……。むぅ〜っとした顔で俺を睨んでいるのではあるんだが俺自身はそれほど怖くはないわけだ。むしろこのことを妹に言われる方がよほどに怖い。この間も俺がちょっと七海にイタズラしたら一本背負いで3メートルも投げられてかつ、柱にぶつかって動けんくらい痛かった。おまけに一日俺の横で今みたいにむぅ〜っとむくれた顔でぶつぶつ文句を言われるものだから精神的にも大分堪えたわけだ。だから忘れないようにしていたのにも関わらず、忘れてしまっていたわけで…。これは相当の罰が来るなぁ〜っと思っていると、ぷく〜っと頬を膨らませていた七海先生からのお察しが来る。
「このままどこかドライブしよ? 今年はそれで許してあげるよ…。でももしそのまま帰っちゃったりしたらまた鈴夏ちゃんに言っちゃうんだからね?」
とちょっとイジワルっぽくそう言う七海先生。得意満面の顔に何だかとても悔しい気持ちもしたが、ここで言うことを聞かなかったりしたら俺を投げ飛ばす名人な鈴夏に言われてしまいそうな気がしたので(と言うか絶対言うに決まってる)、ここは素直に言うことを聞くことにした。“リクエストとかはないのか?” と言うと、ちょっとう〜んと考えて、“じゃあこの間オープンしたスーパーでいいよ” といつものにこにこ顔で言う。そういやこの2週間前くらいにオープンしたんだっけか? でっかいスーパーが隣町に…。佐倉の家の近くだったよな? 確か…。そう思いながら田舎の一本道をひた走る今日5月20日は俺の可愛い彼女・近衛七海の19歳の誕生日だ。ついでだがそこの店でバカ高いケーキやらチキンなどを買わされて、今まで貯めた金のほうを3分の1にまで減らされたことは言うまでもない事実だ。とほほ……。
END