お兄ちゃんと巴投げ
今日8月22日はあたしのお誕生日。でもあたしは拗ねていた。まあ訳を言うといろいろあるんだけど、一番の原因は目の前でペコペコと平謝りに頭を下げているお兄ちゃん。ぷく〜っと頬を膨らませているあたしの顔をおどおどした顔で見つめてくる。その顔に余計腹が立つあたしはますますぷぅ〜っと頬を膨らませるわけで…。
「わわ、悪かったって!! 忘れるつもりはなかったんだよ! だけど七海とちょこ〜っと遊びに夢中になって…」
必死になって弁明するお兄ちゃん。そんなお兄ちゃんにプイッと顔を横に向けるあたし。ちなみに今は夜の9時。お父さんは学校の宿直で今日はいない。でも今朝、朝練に行くと、“今日は鈴夏の誕生日だったな?” って言っていつもより余計に稽古をつけてくれた。あのお父さんでさえ覚えていてくれたのにお兄ちゃんは…。ふんっ!! いいもんいいもん。お兄ちゃんがその気だったら、あたしにも考えがあるんだからねっ?
「明日、親父が帰ってきたら一緒にお祝いしようや。なっ? ってまた拗ねる……」
半ベソをかきながらお兄ちゃんの顔をギロリと睨むあたし。今日があたしのお誕生日だって前からず〜っと話してたし、七海お姉ちゃんからは“健ちゃんから何かプレゼントがあるかもね?” って今日のお昼、いつものようにおばさんの料理を食べに行ったら、七海お姉ちゃんがにこにこした顔で言ってたのに…。お兄ちゃんだって覚えてたんじゃなかったの? そう思うとふつふつと怒りが胸の奥から沸き起こる。この間、お兄ちゃんがあたしの大切に残しておいたおやつのチョコレートを食べちゃって怒った時があったけど今日のはそれに匹敵するくらいの怒りだ。
「ちょ、ちょっと? 鈴夏さん? 何で俺の襟首掴んでるのかなぁ〜?」
急に丁寧語になるお兄ちゃん。これから起こることでも察知したのか逃げようと必死だ。でも襟首を掴んでるから逃げられないみたい。睨むように見るとぶるぶる震えてた。そりゃあね? 柔道家の娘だもん。怖いんだろうとは思うよ? でもそれを言うならお兄ちゃんだって柔道家の息子でしょ? でもって七海お姉ちゃんって言う彼女さん持ちだし…。毎日毎日いちゃいちゃしてるし…。あたしはまだ彼氏のかの字も持ったこともないし…。それにそれに……。数えたら切りがないくらいだ。え〜い。日頃の鬱憤をこの投げに込めてやる〜っ!!
「ちょ、鈴、や、止め…。う、うわぁぁぁぁぁぁ〜っ!!」
「せいや〜っ!!」
きれいな放物線を描きながら板の間に飛んでいくお兄ちゃん。そして…。どし〜んという音。途端にすぅ〜っと爽快な気分になる。一応はお兄ちゃんも受け身を知っているから投げてるんだよ? 普通の人にこんなことはしないよ? ほ、本当だよ? …って誰に言ってるんだろ? あたし…。でも今回もよく飛んだなぁ〜。3メートルくらいだっけ…。とお兄ちゃんのほうを見ると“今回も豪快に投げやがって…。痛つつぅ〜っ…” って言いながらこっちを睨んでた。
「えへへぇ〜。お兄ちゃんと一緒に寝るのって何年ぶりだろ?」
「さあなぁ〜。俺にもよく分からん…。でも七海には絶対内緒だからな? あいつのことだ…。“わたしも〜” とか言うに決まってる!!」
今日8月22日は俺の妹・鈴夏の誕生日なわけで。でも俺はふっと忘れてしまっていて妹に豪快に巴投げを喰らった挙句、こうやって一緒に寝ることを強要されているわけで…。何が悲しゅうて妹と一緒に寝らにゃならんのだ? とは思うものの…。ニコニコ顔の妹の顔を見ると、言う気も失せてくる。外見はもう大人なのにまだまだ子供なんだからな。全く…。そう思いながらふうっとため息を一つ。…でもこの無邪気って言うか本当に可愛い笑顔には誰も勝てんだろうな? そう思いつつ電源を消す。街灯の灯りが真っ暗な部屋を仄かに照らしている。そんな中で小さな妹の声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん、手、繋がせてね?」
俺が寝てしまったって勘違いをしたんだろう。そう言うともぞもぞと自分の布団から手を取り出し、俺の手を探す。寝たふりをして妹の手のほうに持っていくとぎゅっと握ってくる。“おやすみ、お兄ちゃん。今日は怒っちゃってごめんね?” と独り言のように呟くと、すぅすぅと規則正しい寝息が聞こえてきた。“俺のほうこそごめんな? その代わり明日は思いっきり楽しませてやるからな…” そう言うと目を閉じる。明日は七海や佐倉や多恵先輩、おまけの端野も呼んで泳ぎにでも行くか…。そう思った昨日8月22日は俺の妹・鈴夏の17回目の誕生日だ…。
END