友坂兄妹の宿題戦争
「うわ〜ん。宿題全然やってないよ〜。お兄ちゃ〜ん、手伝ってよ〜っ!!」
どたばたと騒々しい足音が廊下から聞こえてくる夏の終わり、今日8月22日は俺の妹で今廊下をばたばた走り回っている鈴夏の誕生日だ。去年はうっかり俺のミス(と言うより七海と遊んでいて忘れていたのだが)で、妹を怒らせてしまい一本背負いで3メートルも投げられて痛かった記憶がある。だから去年の哲は踏むまいと、今年は前日に済ませておいたわけだが、佐倉の一言、“鈴夏ちゃん? 宿題の方はやってますか?” で今に至っていると言うわけで…。と俺のほうはどうなのかと言うことになるのだが、七海と一緒にぼちぼちやっているのでさして心配するほどのことでもないわけだ。七海が正式に彼女になってからというもの、今まで以上に俺の面倒を見ることが多くなった。幼馴染みと言ううこともあってか生活のほうは今までとは特に変わらんのだが…。過度なスキンシップは多くなったよな? そう思う。そうそうこの間も俺んちと七海んちの合同で一泊旅行で温泉に行ったわけだが、七海とおばさんと鈴夏がいきなり俺と親父の入っている風呂に乱入してきて非常に困った。“な、ななな、何で入って来るんだよ〜っ!!” と顔を真っ赤にして言う俺に、にやりと笑って妹がこう言う。
「だってここ、混浴だも〜ん。うふふっ」
な、ななな、何? 湯から立ち上がり着替えもそこそこに見に行くと確かに混浴の文字がある。やっちまった…。やっちまったよ俺…。失意前屈型になる俺。看板をよく見てなかった俺も俺なんだけどな? 思えば風呂に行く前のあの親父の妙に爽やかな笑顔とおばさんのぽっと頬を赤らめた顔がどうも気になっていたはずなのに…。とは思うものの七海のことを考えると今更断ることなんて出来るわけもない。鈴夏はまだまだお子ちゃまなのかはしゃぎまくって一瞬ではあるが見えそうになっていたっけか…。まあ慌てて隠したから事なきを得たって言うところか…。その後部屋に帰って俺が大内刈りを極められたことは言うまでもない。と先日の温泉旅行を思い出してはまたぼっと顔から火が出るようになる俺。ああ言う温泉旅行では返って女の方が積極的になるとどこかで聞いたことがあるのだが全くその通りだな? と思ったわけだ。で、今現在、宿題のしゅの字にも手をつけていない妹はこうしてあっちをばたばた、こっちをばたばたと走り回っているわけで…。
「ねえ〜、お兄ちゃ〜ん、宿題するの手伝ってよぅ〜」
と上目遣いに涙目というある意味女の子の最終兵器を持ち出してくる鈴夏だが、親父ならともかく俺には全く通用しない。まあ七海なら何とか通用したのか? ということになるのだが。実の妹、しかも柔道初段の実力の相手にそんな“萌え” を要求すること自体間違ってると思う訳で…。って何だ? 後ろに回りこんで…。と思うが早いかぎゅっと俺の背中に腕を伸ばしてくる妹。何か二つの柔らかいものがむぎゅっと背中に当たる感触は気持ちいいものではあるのだが…。そんな悠長なことは言っていられない。なぜかというと……、
「ふんぎゅ〜っ!! お兄ちゃんが教えてくれるまでこうやってるんだからね?!」
さすがは柔道家の娘。極め技もしっかり覚えていらっしゃる…。何分かそうしていただろうか? 胴がそろそろ限界だと言わんばかりな締め付けに何も言うこともすることも出来ない俺。せいぜい息をするのが精いっぱいな感じだ。そんな俺の態度をどういう訳かノーの意思表示と捕らえたのか、妹は…。
「ま、まだ、ハァハァ、お、教えてくれないんだね? ハァハァ、つ、次で絶対、ハァハァ、お、教えてもらうんだから…」
“す、鈴夏? お前、息が上がってるぞ?” とは言いたいがさっき極め技を極められてる俺は何も言えないわけで。そうしている間にも他の獲物を狙う虎か何かのように妹の目がギラリッと光る。と同時に俺の左腕に飛び掛ってくる。柔道に心得のあるやつは対応の仕方など分かるかもしれないが生憎と俺は柔道の心得と言うものはもってなく…。
「ぐ、ぐぉぉぉぉぉ〜。い、い、痛てぇぇぇぇぇぇぇぇ〜っ!! お、教える、教えるから!! だから放してくれ〜!!」
“腕ひじき逆十字”を極められてタシタシと極められている手を自由な手のほうで叩きながらをこう言わざるを得なかった。で、結局……。
「だぁ〜っ!! もう!! ここはこうだろ? 何でこんな基本的な問題も分からないんだ? お前は…。はぁ〜……」
「そ、そんなこと言われても…。と言うよりお兄ちゃんは学年が違うんだからもう少し優しく教えてくれてもいいじゃないのさ〜っ!! ぶぅ〜っ!」
夜、海風が涼しい部屋の丸テーブルに宿題をいっぱい並べて、ぷく〜っと頬を膨らませるあたし。もしこれが七海お姉ちゃんだったら優しく教えてくれるんだろうなぁ〜っと思うと何だか妹と彼女の差がありすぎなんじゃないの? と思うわけで…。でもこうして教えてくれるって言うことはまだまだいい方なのかも知れないね? 普通は教えてもらえないって言うし、それにそれに彼女持ちだったら彼女のことで精一杯になって妹なんかはぽいって部屋の隅に捨て置かれるのが常だって、学校のお兄ちゃんのいるお友達も言ってたし。そう考えるとうちのお兄ちゃんは優しいのかも…。そう考えながらお兄ちゃんの顔をぼ〜っと見ていたあたしに、ボコッて言う音とともに頭にちょっとの痛みを感じてそ〜っと見てみると参考書を丸めてあたしの頭に打ち付けられた手が見える。その手の先には案の定…。
「あのなぁ〜。ぼ〜っと俺の顔を見つめてたって手を動かさなきゃ宿題は終わらねーんだぞ? 全く…。ぶつぶつぶつ…」
と呆れ顔のお兄ちゃんはぶつぶつ文句を言う。“分かったよぅ〜” こう言うとあたしはちょっと謝って勉強を続ける。でもチラッとお兄ちゃんの顔をのぞき見ると優しそうな笑顔でこっちを見つめてた。誕生日に勉強なんてちょっとありえないかも知れないけど、これがあたしのここ最近の習慣なんだから仕方がないのかも…。そう思いつつ筆を進める今日8月22日はあたしのお誕生日だったんだよ? えへへっ…。
END