俺の妹に宿題は教えられない


「うわ〜ん、今年もだよ〜。お兄ちゃ〜ん、宿題教えてよ〜っ!」
 毎年のことながら妹の悲鳴にも似た声がここ友坂家に木霊する。今日8月22日は俺のちょっぴり可愛くて恐ろしい妹・鈴夏の誕生日なわけなのだが、今現在鈴夏はあっちをどたばたこっちをどたばたと言うふうに走り回っていた。まあ言わずもがな今回も宿題のほうが出来ていないわけで。本当に困った妹だよ…と思うわけだが、柔道2段の黒帯の実力なもんで(今年の春に昇段したんだが)ちょっと俺が妹の意にそぐわないことを言ったりしたりなんかすると、それこそ地獄を見ることになる。と言うかこの間、隣りの幼馴染み兼彼女の七海と一緒に1泊2日で旅行にでも行くか〜って言う話が出ていたのだが、例によって妹が、“あたしも一緒に連れてってよぅ〜っ!!” と手足をわさわさして言うので仕方なく連れて行くことにしたわけだが…。道中の給油も何もかも俺任せで七海からも、“鈴夏ちゃんも健ちゃんに連れて来てもらってるんだからちょっとは協力しないと…” と窘められてしぶしぶ宿の代金は自分で出したほどだった。とまあ甘えん坊なのか傍若無人なのか俺に頼りっきりな妹は今、俺の目の前でうるうるした瞳を向けて上目遣いのしおらしそうな顔で見つめている。
「あのなぁ〜。お前ももういい歳なんだから、“お兄ちゃんお兄ちゃん” って言うほうがどうかしてると思うぞ? はぁ〜…」
 とため息交じりにそう言う俺。“いいじゃないのさ〜。あたしのお兄ちゃんなんだから〜” と口を尖らせてそんな的外れなことを言う妹。“それに大体七海お姉ちゃんは良くてあたしはダメって、妹差別もいいところじゃないのさ〜っ!!” い、いや別に差別とかした覚えはないんだが…。と急にしどろもどろになる俺に対して、ここぞと言わんばかりに普段自分がどれだけ差別されているかを雄弁に語る妹。話を聞いていて思う。こいつの言うことは一見理屈めいてはいるが、要はまだまだ甘えたいんじゃないかと…。はぁ〜、仕方ないなぁ〜。と思いながらもこの甘えん坊に素直に宿題をさせるために一肌脱ぐしかないか? と思って、一旦宿題を止めさせる俺。ぽよっとした妹の顔が何だか面白い。“どしたの? お兄ちゃん。いきなり宿題を止めろなんて言って…” とこう言う妹に、“まあ、息抜きも必要だろ。息抜きも…。だからバイクでもかっ飛ばしていこうかなって思ってな?” なんて頬をポリポリ掻きながら言う俺。正直妹相手に何を言ってるんだ? とは思うのだが、妹の心底嬉しそうにうんっ! って元気よく頷く顔には弱いわけで…。
 おんぼろバイクにサイドカーをつけたいつもの代物。“どこに行きたい?” と聞くと、う〜んと少々悩んだ声を出して、“星のいっぱい見えるところ!” と言う妹のにこにこした顔にまだまだお子ちゃまだよなぁ〜っと思いつつ出発する。ここは田舎なだけあって普段でも星はきれいなんだが、もっときれいに見える場所と言ったらあそこか…。と言うことでバイクを飛ばす俺。くねくねした山道を通り抜け目的の場所に着く。そう、そこは1ヶ月前くらいに来た林間学校の宿屋“さゝや”だ。ついでを言うと多恵先輩の親戚の人がやっているって言う俺自身にとってはおっかなびっくりなところだ。よく端野とバカやって2人で自治会長室で説教うけてるよなぁ〜なんて思いつつ、妹と2人キャンプファイヤー場へ向かう。この施設で空に最も近い場所と言ったらあそこくらいだろうと思ったからだ。緩やかな勾配の坂道を上りきると目的地のキャンプファイヤー場に到着する。夏の終わりの空にはもう秋の星座が瞬いているんだろう。俺にはてんでその辺は分からんが…。芝生の上に寝転がると妹も同じように寝転がって満天に輝く星空を眺めている。と妹が真面目にこう言ってくる。
「ねえ、お兄ちゃん。いつもやんちゃで凶悪で粗暴でお兄ちゃんのこと投げ飛ばしちゃうあたしだけど、本当はお兄ちゃんのこと、だいだいだ〜い好きなんだよ。それは一生変わらないし、将来あたしがお嫁さんに行っても変わらない。お兄ちゃんのこと頼りにしてるんだからね?」
「まあ俺としては、頼りにしてくれてることは正直嬉しいと思う。後はお前にいい婿が来てくれるかどうかが問題だけどな?」
 正直ちょっと恥ずかしかった。妹の本音だろう言うことを聞くとどうにも恥ずかしくて俺は話をはぐらかす。“何よぅ〜。あたしのお婿さんになる人は苦労するって言いたいの〜?” と急に不機嫌な声になる妹。起き上がってぷぅ〜っと頬を膨らませながら俺の顔を睨んでいる顔が星明りのシルエットに映し出されている。“さて、帰るか” とよっと立ち上がり妹の手を引いて立ち上がらせる。キャッと言いつつ抱きつく妹の胸の感触に思わず顔を真っ赤にさせながら止めていたバイクに跨りサイドに妹の乗るのを確認すると帰路につく俺たち。まあこんながさつで粗暴なぽんこつ気味な妹ではあるのだがちょっとだけ可愛いところもあるので俺としては放ってはおけないかな? とも思う。まあ彼女持ちの身としては彼女のほうが最優先なんだけどな?


 行きと同じ道を帰ってくる。ブルンブルンと車庫の横にバイクを止める。妹はうーんと背伸びをしながら、“さあこれで後は寝るだけだねぇ〜” と言いながらサイドカーから降りようとする。“ちょっと待て?” と俺は呼び止める。ビクッとしてぎぎぎっとこっちを振り返る妹にこう言う俺。“2階のお前の部屋で待ってろ。勉強の続きだ…” そう言う俺に、“え〜っ? 今日はもう遅いし明日にしようよ〜” だの、“お肌が荒れちゃう” だのとどうでもいい言い訳と言うか駄々をこねる妹。“ほお、じゃあ明日おばさんと七海に、‘鈴夏は遊んでばかりいてぜんっぜん勉強しなくて俺、本当に困ってます〜’ って言ってうんと叱ってもらおう、そうしよう” と言うと、“全くお兄ちゃんは卑怯なんだから〜” とぶつぶつ文句を言う妹。俺に対してはほぼ無敵である鈴夏ではあるが殊に幼馴染みの彼女とおばさんには弱い。言うことを聞かなくってもこの2人の名前を出すとすっと言うことを聞いてしまうんだから男の俺と親父の立場って一体…。
 まあ親父は妹には少々甘いところもあるので正直俺だけって言うところか? って言うか俺の立場は? とそんなことを考えていると何だかむしゃくしゃしてきた。もう徹底的に勉強を見てやる〜っ!! とある意味日頃の鬱憤晴らしのような感じで、泣きべそをかいていると言うか泣いている? 妹の首根っこを引っ掴んでずるずる勉強部屋である妹の部屋へと引き摺っていく俺。“はうあっ!!” と言う悲鳴が隣りの家まで聞こえていたかどうかは知らんがおそらく聞こえていないだろうな? 寝たら朝まで起きない体質だからなぁ〜。七海は…。そう思いながらさっきのように丸めたノートを持ちつつ勉強を教える8月22日ももうすぐ終わりな今日は、柔道家で俺を投げ飛ばす名人あり、かつ、かなりの甘えん坊であり、また何気に可愛かったりする妹・鈴夏の誕生日だ。

END

 次の日の昼。いつものようにおばさんの店で昼食をご馳走になっていると、何でか知らんが七海が少し怒ったような拗ねたような顔になって俺のほうを影からじ〜っと上目遣いに睨んでいた。まあ睨んだ顔もへっぽこ顔だと言うことは置いておくこととして何を睨んでいるのかが分からんのでおばさんに聞いてみることにする。すると…、
「今朝方、鈴夏ちゃんと話をしてから、ずっと“健ちゃんは〜っ…” って言ってあの調子なんですよ…。何か鈴夏ちゃんにしたの?」
 と少々困り顔で言うおばさん。七海のほうを見ると小声で何かぶつぶつ呟いている。よくは分からんが鈴夏がまたろくでもないことを七海に吹聴したんだろう。はぁ〜っと盛大にため息をつくと俺は昨日あったことを洗いざらい話した。おばさんは、“あらあら、仲良しさんですね?” で話は終わったのだが、問題は七海のほうで…、曰く、“わたしも行きたかったのに〜。もう!” と言うことらしかった。ぷんぷんと言う擬音も聞こえてきそうなくらい拗ねている七海。少々垂れ目なのでぷんぷん怒っても迫力がないのは事実なんだが…。まあ連れて行ってやりたいとは思ったが、バイクはサイドカー仕様になっていて1人しか乗れないことは分かっているはずだし、大体出掛けたのが夜中なんだからお前が起きて来ることなんてないだろ?! と思うわけで。その日は一日中ぶすっとした彼女の顔を見ながら過ごすことになってしまったことは言うまでもない。で夕方は夕方でどこでそのことを聞きつけてきたのか妹に、帰ってくるなり巴投げを喰らわされて大いに痛い思いをして、“もう、もう絶対お前なんかドライブには誘ってやんね〜っ!!” と心に固く誓った昨日8月22日は前言撤回な柔道娘な妹、鈴夏の誕生日だった。ぐふっ…。

TRUE END?