桜の季節のラプソディー
「ふんっ! いいわよいいわよ。ど〜せあたしの誕生日のことなんか、頭の先からす〜っと抜けてたんでしょ?!」
「い、いや。そう言うことじゃなくてだな?」
今日、3月20日は俺の従姉の仲里ひかりの誕生日だ。小さな港町にも当然春はやってくる。現に学校も春休みが近いため短縮授業に入っていた。私立と言うため公立の学校ではまずありえない土曜日の授業が当然あるわけだが、これが結構面倒くさいわけで…。まあその話は置いておこう。尋常じゃない雰囲気が部屋の中に満ち満ちているからな? 今、俺の目の前でリスが頬袋にいっぱい食いものを詰め込んだようにぷぅ〜っと膨らましている俺の従姉。今日がその従姉の誕生日なんだが、当然俺は忘れていたわけで…。と言うか先月多恵の誕生日パーティーのときに“あたしの誕生日もよろしくね〜?” と言っていたんだそうだ。が、肝心の俺は頭の先にもそんなことを言われた記憶が抜けていて…。
「お兄ちゃんはいっつも忘れるんだから! もう! …去年のあたしのお誕生日だって忘れてたもん…」
鈴夏の一言にますます非難の目は強くなる。というか彼女である多恵でさえちょっと怒ったような顔をしているんだからなぁ〜。はぁ〜っと深いため息を一つ。でも実際のところ今日がひかりの誕生日って言うことはすっかり忘れていた俺。何とかごまかしてはいるが早々長く続くわけもない。何より妹の鈴夏には去年非常に痛い目に合わされている。と妹の顔を見ると、ぷぅ〜っと頬をはち切れんばかりに膨らませて、おまけにギロリと半眼で睨みつけている。これを言うと今日の主役であるひかりもそうなんだけどな?
「とにかく! あんたは忘れすぎよ〜っ!!」
びしっと俺のほうを指差してそんなことをのたまう従姉。同調したのかみんながいっせいにうんうん頷く。俺の彼女の多恵や呼んでもない美空までもが頷いていた。って! 何で美空がいる?! と七海のほうを見て納得した。“わたしが呼んでおいたんだよぉ〜” そう口パクで言うとにこっと微笑む七海に勘弁してくれ〜っと思ったのは言うまでもない。
「で? 何でこんなものまであるんだ?」
「自治会長の娘をなめてもらっちゃ困るんだよ〜? 友坂くん…。うふふ」
そう言うとてきぱきと七海や美空や佐倉たちに指示を出す多恵。多恵は俺の彼女になってから“健ちゃん”といつも呼んでいるんだが、こう言うイタズラを仕掛けるときにはと昔のくせか何だか知らないが必ず“友坂くん”と呼んでくる訳で…。まあそれが多恵らしいと言えば多恵らしいんだけどな? 鈴夏は向こうで今日の主役であるひかりと俺の悪口ばかり叩いている。って言うか鈴夏、あんまりお兄ちゃんのあることないこと(って言うかこの場合はないことのほうが多いか…)吹き込むのはやめてくれねーかなぁ〜、とは思うものの去年のことをまだ根に持っているのか鈴夏は俺のほうに一瞬向き直ると、べぇ〜っと舌を出していた。その顔が妙に子供っぽくて、苦笑いを浮かべてしまう。そうしているうちに時間もいい頃になる。と多恵が、
「あ〜っ! ケーキ買うの忘れてた〜」
とわざとらしく大げさに言う。そして俺にだけ分かるようにウインクを一つ。ははは…、さすがは自治会長の娘。俺に仲直りのしるしとしてひかりのケーキを買ってこいとおっしゃるのか…。ふぅ〜、仕方ない。“ちょっくら行ってくるわ” そう言うと玄関へと向かう。とどういうわけか従姉もついてくるわけで…。そういやこいつとも長い付き合いだよな? そう思いつつ玄関を出る。
商店街までの道をああでもないこうでもないと言いながら歩く。そういや昔は鈴夏と七海と俺とこいつとでいろいろやったよなぁ〜。で親父にいつもげんこつを喰らうのは俺だったっけ? そう思いながらケーキ屋への道を歩いていると、ふとひかりが立ち止まる。俺もつられて立ち止まった。“何か目新しいもんでも見つかったか?” と冗談めかして言うがひかりは商店街の片隅にある小さなおもちゃのガチャガチャを見つめていた。そういや昔ひかりんちに行った時に町のスーパーの片隅でガチャガチャしてたっけか? お目当てのおもちゃの指輪は最後まで取れなかったっけ。そう昔のことを思い出しているとおもむろにひかりがこう言ってくる。
「ねえ、健次…。指輪欲しいな…」
“お前、これおもちゃの指輪だぞ? そんなもんよりもっとまともなもんにしたら…” と言いかけてやめた。だって、いつもは俺に喰ってっかかるような顔が、なぜかその時、悲しく見えた…。昔から世話焼きでいっつも俺に対して文句ばっかり言っていた、俺の従姉。その従姉が静かにそんなことを言っている。今更思うんだが、それは俺への愛情の裏返しだったのかもしれない。何のかんのと言い合いをしているが俺もこいつのことが好きだったのかもな? ふぅ〜っと一つ大きなため息をつくと、
「じゃあ100円玉10枚貸せ」
と言うと当然にことながら頭を思いっきりはたかれた。はたかれた先を見るといつもの顔のひかりがいる。“こういうとこは男が面倒見るもんでしょ? はぁ〜。あんた絶対振られるわ…” と言うと肩を竦めてやれやれと言うポーズを取るひかり。何だか無性に腹が立っててくる、さっきまでのセンチメンタルな気分は一体なんだったんだ? ええっ? と言うと、“お芝居よ、お芝居” と言って、ピースサインを出すひかり。騙された…。と思ってちょうど手に持っていた百円玉をふんだくる。“な? 何するのよ? それあたしのお金よっ?” と言ってふんだくった上げた手にぴょんぴょん飛び跳ねて取ろうとするがチビッ子であるので取ることが出来ず…、やがて体力も尽きてきたのか恨めしそうにこっちをじ〜っと睨むだけとなっていた。ふふふ。俺の作戦勝ちってところだな? そう得意げな顔をする俺。その俺の顔に心底腹が立ったのか、“みんなに帰って言いつけてやるんだから!!” と悔し紛れに言う従姉。な、なぬぅ〜? 鈴夏の巴投げ決定か俺は!! …え〜い、もうこうなったらこの百円玉を使わにゃ俺の気が収まらねぇ〜。と思いガチャガチャを回す俺。そして…。
「どうしてくれるのよ!! お小遣い半分まで減らしちゃったじゃない!!」
あたしはこう言って健次の顔をぐぐぐっと睨む。あーだこーだとこいつの口車にうまい具合に乗せられて、結局あたしは持っていた財布の小銭を全部使って、それでも足りなくて、今月のお小遣いの半分は使ってしまった。でも電車やバスの交通機関のお金は別に置いてあるんだけどね? それにしても悔しいのはあたしの従弟。何が悲しくてこんなおもちゃの指輪を、しかも自腹で買わなくちゃいけないの? とは思うけど、うまくけしかけられたあたしも悪い。と問題の従弟はと言うと、“まあまあ、いいじゃねーか。欲しい指輪も手に入ったんだしよ?” と、悪びれた様子もなく(って言うかそもそも悪いと感じてるのかしら?)こう言う従弟。全く…、何年前の話よ…。とは思うものの、最初に立ち止まってしまったのはあたしだからあたしが悪い。もう10年以上も昔の話。それは胸の中、大切にしまいこんでおこう。明日の笑顔のために…。自分でも無理してるて言うことは分かってる。でもこいつにだけは弱みは見せられない。あたしの好きだったこいつの前だけは…。そう思い、“次はケーキよ!! いっちばん大きなやつにしましょうか。もちろんあんたのお金で…” そう言うと駈け出すあたし。もうあいつのそばには届かないけど、今まで通り喧嘩をしいしいの仲でもいいから、追いかけてくるあいつの顔をいつまでも見たいと思った今日3月20日はあたしの誕生日だ…。
END