窓際の海


「これでよしっと…。じゃあ行ってきま〜す」
 誰もいない部屋に向かってそう言う私。今日5月30日は私のお誕生日。だから先輩のお隣に住んでいる七海さんのお母さんが経営している喫茶店で、ささやかながら私の誕生日パーティーを開いてくれるそうだ。私は1年前に引っ越した。今は電車で2時間ほどの距離にある大きな町に住んでいる。本当なら先輩の家に一緒に住まわせてもらうことになっていた私。先輩のお父さんである友坂先生も快く承諾してくれていた。でも…。
 これじゃ駄目だと思って…。先輩や鈴夏ちゃんや七海さんたちとずるずる生活するのは、自分にとって果たしていいことなんだろうか?…。と、先輩の家に一緒に住むことが決まった時からず〜っと考えて出た答えが今のような環境だ。家の前の道を通り大通りへ出ると駅は近い。そこから2時間電車に揺られる。1年前まで40分くらい自転車でアップダウンのきつい坂道を登ったり降りたりして通っていた私にとっては40分が2時間に変わっただけでそれほど苦しくもない。逆に今の方が楽な感じだ。
「さてと…、う〜ん…。時間もまだみたいだから…。何をしようかな?」
 都会と言っても地方都市。それほど電車の便はない。1時間に5、6本くらいが普通だ。今日は土曜日だから普通の日よりも少なく1時間に3、4本くらいだ。駅に据え付けてある時刻表を見ると電車は今しがた出たばかりなのであと15分少々待たなければならない。ふぅ〜っと一つため息をつくと椅子に腰かける。そう言えば退屈しのぎに本を持ってきてたんだっけ?…。と鞄から小説を取り出して読む。主人公とヒロインのハチャメチャな恋の物語。実際にあったことをこの作者さんが面白く脚色したんだって。でもこの主人公って何だか先輩みたいだよね? そしたらヒロインは鈴夏ちゃんかな? 七海さんかな? それとも私…なのかな? うふふっ。そう思いながら読み進めていく。と…。
“トゥルルルルル、トゥルルルルル、トゥルルルルル…”
 と構内に電車の到着音が鳴った。そそくさと読んでいた本を鞄に仕舞うと、立ち上がる。ガタゴトと駅に入ってくる電車。行き先を見る。うん。間違いない。プシュ〜ッと開閉扉が開くと同時に飛び乗った。やがて動き出す電車。車内のお客さんはまばらだ。土曜日だからね? と1人合点していつもの席へ座る。そう、車両の海の見える窓際の真ん中の席。私の特等席。一人にっこり微笑んで窓の外を眺める。きらきらと太陽を反射して輝いている海。それは私の大好きな人の笑顔のようだった。


“次は終点、終点です”
 と言うアナウンスとともに目も覚める。いつのまにか寝ちゃってた私。ヨ、ヨダレとか出てないよね? 鞄に入れておいた手鏡でチェックをする。あ〜っ、やっぱりちょっと出ちゃってる。うぅ〜っ、ハンカチハンカチ〜…、と予め持ってきていたハンカチで口元を拭う。こんな恥ずかしい姿なんて先輩には見せられないもんね? と、口元をふきふきしているうちに電車は駅に到着。降りて辺りを見渡してみる。構内は海から吹く潮風。私の好きな風だ。改札口をくぐり表へと出るとそこは私の知ってる駅前。ここからパーティー会場である七海さんのお店までは10分程度だ。さあ、行こうかな? と思ってると、後ろからよく知っている声とともに目が何かで塞がれる。
“だ〜れだ”
「七海さん……、と見せかけて先輩!!」
 私はそう言う。そう言って塞いでいた手をどかせて後ろを見る私…。そこには案の定、“バレてたね〜。健ちゃん” とにこにこ微笑む七海さんと、“チェッ、佐倉にも通じんかったか…” とちょっと悔しそうな私の大好きな人が立っていた。引越ししてから分かったこと。それは私がこの町とこの町の人が好きだって言うこと。この2人の顔を見るとそのことを痛感させられる。と駅の大時計を見た先輩が…、
「げっ!! いけねっ! 時間厳守だったんだ! 急ぐぞ? 佐倉! 七海! 遅れりなんかしたら“お兄ちゃん遅〜いっ!” って鈴夏に巴投げ喰らっちまうからな? 俺が…。はぁ〜。の間も“佐倉さんをいぢめた〜っ!!” とか何とか言って問答無用で喰らったばかりだったしよ……。でも何でいっつも巴投げなんだ? 他にも技がいっぱいあるだろうに…。ったく…。ぶつぶつ…
 そう言って私と七海さんの手を取って走り出す。って言うか先輩。あれは本当に先輩が悪かったんですからねっ!! そう、この間二人で私の町にある映画館でデートの約束をしてたのに、先輩ったら2時間も遅刻したんですよ? ぷぅ〜っとちょっと頬を膨らませる私。…でも最後のほうが聞こえにくかったんですけど…。って言うか今もぶつぶつ言っているんですけど…。隣りでは七海さんが“例のアレだよ” って教えてくれる。あ〜、なるほどですね?…。また鈴夏ちゃんを怒らせたんだろう。そう思いうふふって微笑む私。横を見るとぶすっとした先輩の顔と、“もう、せっかく佐倉さんのお誕生日なんだからそんな顔しないのっ!” って言う七海さんの微笑んだ顔があった。七海さんのお母さんの喫茶店、いや、私の誕生日パーティー会場はもうすぐ。今頃きっと鈴夏ちゃんたちがクラッカーを持ちつつ今か今かと待っているんだろう。先輩と七海さん。それに鈴夏ちゃんや学校のお友達…、それに七海さんのお母さん。全ての人たちに感謝だね? そんなみんなの笑顔を思い浮かべると何だか嬉しくなっちゃう今日5月30日、私のお誕生日だ…。

END