半農家の彼女
今日5月20日は俺の彼女の七海の誕生日だ。七海とは子供のころ俺が街から引っ越してきていの一番に海に行ってマーキュリー級のでっかいヤドカリを捕まえているといに知り合った。知り合ったというかあれは俺が捕まえたヤドカリを勝手に海に帰していたんだっけか? とにかく昔から俺の邪魔ばかりしてくるものだから、こっちも邪魔ばかりしてやって…。でもあいつが部屋で一人泣いているのが何だか可哀想に思えてきて90センチほどの2階のベランダを飛び越えてあいつの部屋のベランダへ着地したとき、俺たちは知り合いから幼馴染みへと変わったんだ。
そうして、今は幼馴染みから彼氏彼女へと関係のほうもグレードアップした。妹の鈴夏は、“こんなどうしようもないお兄ちゃんですけど、よろしくね? 七海お姉ちゃん” と言ってはぺこりと頭を下げている。“あの〜、鈴夏さん…。‘こんなどうしようもない’ってどういう意味なんですかねぇ〜” 頭をグリグリしながら問うてみる。と鈴夏は、“あうぅ〜、ごめんなさいごめんなさい。お兄ちゃんはどうしようもないんじゃありませ〜ん。ただぐうたらなだけですぅ〜” って言うものだから“どっちも同じじゃねーかよ!!” って突っ込んで七海に大いに笑われたっけか…。その後俺が鈴夏の巴投げの餌食になったことは周知の事実だ。
まあ何だかんだやってる俺だが、今年から菜園のほうを本格的に手伝うことにした。昨今の日本は農業の高齢化が進んでいると言うことを散々に聞かされているし、俺もこんなことを言っては何だが日本の農業がちょっとばかり心配なわけで…。本格的に農業に勤しむことはまだ出来ないが、まあ手伝いくらいは出来るだろう。そう思って手伝っているうちに何だか楽しくなってきたっていうか…。そんな感じだ。
いつもの通り学校から帰ってきて、制服から作業着に着替える。この作業着に着替える時間がたまらなく楽しい。今日はどの野菜を収穫しようか。トマト…はこの前苗を植えたばかりだし、キュウリもゴーヤもそうだしな? などと考えてるうちにピンポーンとチャイムが鳴る。もう時間か…。そう思い玄関の戸をあけると案の定俺の彼女がちょっと頬をぷぅ〜っと膨らませて立っていた。
「わりぃ〜。ちょっと考えごとしてたら時間が遅くなっちまった…」
「ふ〜んだ。健ちゃんいっつもそう言ってるじゃないのよぉ」
ぷぅ〜っと頬を膨らませて上目遣いに俺の顔を見遣ってくる七海先生。まあこれが俺の彼女であり、農業指導の先生でもある。“わ、悪かったって。その代わり、ほい。誕生日プレゼント…” そう言って俺は持ってきた袋の中から、プレゼントを取り出す。“わぁ〜。何だろ〜?” そう言うと早速受け取った。まあありきたりではあるが、農業用の手袋と作務衣…。妹の鈴夏と選んだやつだ。いつもの商店街で園芸用用品を見ていた俺に鈴夏が“もうちょっとおしゃれなものにしようよ〜”とか何とか言ってたっけか。そう思いもう1つ鈴夏に内緒で買ったものもあるんだが、これは作業が終わってから渡せばいいか…。そう思い膨らませた頬もどこへやらにこにこ顔の七海と一緒に農業用の袋をぶら下げていつもの菜園へと向かう。
てくてく歩いて約5分。いつもの菜園に到着。この時期だと、レタスなどの葉野菜やえんどう豆などの豆類、それににんじんなどの根菜などの野菜が採れるんだっけ? と前を歩く七海に聞くとうん! と大きく頷く。まあ菜園と言ってもそれほど大きい菜園じゃないので、採れる種類と数には限りがあるんだが。その辺はおばさんの喫茶店の容量に合わせてあるので言うこともない。
「七海、何から採ればいい?」
用意していた農機具を出しながらそう聞いてみると、“今日はお豆さんを採ってきてってお母さんに言われたから…” と言ってきたので早速豆類の生っている区域に行く俺。そら豆は空に向かって生えている。そのことに気付かされたのはここにきてからだ。よくスーパーとかで見かけるそら豆はもう千切ってるからこんな生ってるところなんて知らないだろうなぁ〜っと元都会っ子が思うんだから、ぷっと吹き出してしまう。そんな俺を不思議そうに見つめる七海を見て、また吹き出す俺がいたのだった。
「もう! 何なのよぉ!! わたしのほうを見ていきなり笑い出すなんて〜っ!」
「だから! さっき説明しただろ? 他意はないんだって〜」
健ちゃんってばほんとにほんとに失礼なんだからぁ〜! ぷんぷんっ!! わたしはそう思ったの。健ちゃんったらお豆さんを採っていたわたしのほうを見てぷって笑ってるんだよ? …でも何がおかしかったのかな? そう思って聞いてみることにしたの。そしたら、“お前ってほんとに田舎もんだよなぁ〜” だって…。それを言うなら健ちゃんだって同じじゃないのよぉ!! 14年も住んでるんだからぁ。そう思ってますます頬をぷぅ〜っと頬を膨らませるわたし。わたしの膨れた顔が怖かったのか健ちゃんはぺこっと頭を下げてくるの。そして、
「ごめん、七海。その代わりといっちゃなんだけど、これ受け取ってくれ」
って言いながら小さな可愛い包装紙にくるまれた箱を手渡してくれる。何なの? 一瞬ほへっとした顔のわたしに健ちゃんは“ちょうどお前にぴったりのものがあったからな?” こう言って微笑むと、今日の収穫物の入った手提げ鞄を両肩に背負うと畑を下りていく。わたしも一緒に下りる。と健ちゃんが、“元都会っ子の俺がこんなことやってるんだから不思議だよなぁ〜っ” だって…。“14年も経てば健ちゃんも立派な田舎者だね?” ってちょっとイジワルく言うと、“まあそうなんだけどな?” って頬をぽりぽりかいてた。夕焼けはきれいに山々を照らしている。にっこり微笑んでいる健ちゃんとわたしの頬にも夕焼けは映りこんでいた。なんだかお豆さんも喜んでるみたい。うふふっ。そう思う今日5月20日はわたしのお誕生日だよ…。
END
おまけ
その夜、きらきらと輝いてる指輪を左手の薬指にはめて健ちゃんにベランダ越しから見せてにっこり微笑むわたしに、“鈴夏にはそんな高価なものは買ってやってないんだからやめてくれ!!” って言われたんだけど嬉しくてそのままにしてたら、鈴夏ちゃんが健ちゃんにお勉強を教えてもらおうって思ったんだろう、入ってきて私の左手の薬指を見るなり、“あ〜っ! お兄ちゃん私の誕生日にはその辺のおもちゃみたいなものしか買ってくれなかったのに〜っ!! 私にもちゃんとしたやつ買ってよ〜!!” って言いながら急に涙目になってベソをかいてる。…健ちゃん、今日のわたしのプレゼントでお小遣い全部使っちゃってなくなっちゃったんだよね? と言うことは…。
「す、鈴夏さん? そんな涙目の上目遣いでお兄ちゃんの顔を睨まないでくれるかなぁ〜…。って! う、うわぁぁぁぁぁ〜っ!!」
あ〜あ、案の定巴投げをされちゃった。鈴夏ちゃんはぷぅ〜っと頬を膨らませたまま部屋を出て行っちゃった。明日は何か美味しいものでも作ってあげよう。そう思って、“健ちゃ〜ん、大丈夫〜?” と呼んでみるわたし。しばらくして…。“い、痛つつつつぅ〜。鈴夏のやつめ〜っ、最近技に磨きがかかったんじゃねーのか? はぁ〜…。なんだか将来がすごく不安になってきた…” って頭をもたげながらげんなりした表情でそう言う健ちゃん。その顔にわたしもほんのちょびっとだけ鈴夏ちゃんの将来が不安になってくる今日5月20日、わたしのお誕生日だよ?
TRUE END?