ほんのりの味付け
今日3月20日は春分の日じゃなかった、俺の従姉・仲里ひかりの誕生日だ。うるさ型で何かにつけて俺に文句ばかり言ってくる従姉は俺より1つ年上の18歳。ついでを言うと今日19歳になるわけだが…。こんな歳にもなって誕生日会を開こうだなんて言うんだから、俺としては勘弁願いたいわけだが…。こっちには熊をも倒そうかと言う妹・鈴夏と、その鈴夏よりある意味数倍恐ろしい俺の彼女・七海がいるわけで。うううっと睨む4対の眼を目の前にとても“嫌だ”とは言い切れず、結局はOKせざるを得ない状況となってしまっていた。そんなこんなで今日従姉が俺の家にやってくるわけで妹と彼女に迎えに行くようにと半ば強引に迎えに来されているわけだが、バスがなかなか来ねぇ〜…。時計と時刻表を見てみるとまだ30分も余裕があった。しょうがねぇ〜、時間でも潰すか…。そう思って海辺の幹線道路を降りて海岸へと出る。
いつものジャージ姿の多恵先輩がいつものように掃除をしていた。うちの従姉にもあれくらいとは言わないがもう少しお淑やかさ(と背格好とあと、胸のほうも…)が欲しいところだな? そう思いこれも何かの縁だからと考えて“おーい、先輩!” そう言って海岸線でゴミ拾いをしている先輩に声を掛ける。“あっ、友坂くん” にこっと微笑む先輩はすごく可愛らしい。うちの従姉にもこれくらいの可愛らしさがあればなぁ〜っとは思うんだが、そんなことを言うと妹の十八番である巴投げを喰らわされるのがオチなわけだからな…。そう思いゴミ拾いを手伝うことにした。しっかしよくもまあこんなにゴミがあるもんだと拾いながらそう思う。時計を気にしながら手伝っていると先輩が、“友坂くん、さっきから時計を気にしてるようだけどどうしたの?” と聞いてくるので事の顛末を話すと、“それだったらもう行ってもいいよ? ありがとね?” と言うことなので、バス停へと向かった。バスは〜っとまだだな? バス停のベンチでぐて〜っとなっていると、いきなり頭を叩かれる。誰だ! と見ると今日の主役がぷぅ〜っと頬を膨らませて立っていた。
「よっ! 早かったな? いつ着いたんだ?」
と言う俺に、“あんたが家を出てすぐ来たのよ! 昨日連絡しといたでしょ? 全くあんたときたら…” と俺の顔を上目遣いの半眼で睨みつけてぶつぶつ文句を言うひかり。そういや昨日の夜、こいつからの電話の後、鈴夏が朝一で来るとか何とか言ってたような…。と言うことはまた妹の豪快の巴投げを喰らわされるのか…。とほほ…。そう思い海岸で未だに掃除をしている先輩に声を掛け家へと向かった。にこっと微笑んで“またあとでね〜” と言う先輩の顔が異様に可愛かったことを付け足しておく。って、“またあとでね〜” って何だ?
家に着くと最早恒例となった鈴夏の巴投げを喰らわされる俺。まったくうちの妹は…とぶつぶつ文句を言っていると今度は腕ひじぎ逆十字固めを極められてしまう。で散々な目にあった挙句、文句をぶつぶつ言われてしまうわけで…。と言うかその原因が昨日妹の話を上の空で聞いていた俺にあるので何も言えないわけなのだが…。はぁ〜っと深いため息をつきつつひかりのほうを見てみるといつものお泊りセットを置くと途中で買ったんだろうスーパーの袋を取り出してごそごそやっている。一瞬嫌〜な想像が脳裏に浮かぶ。それはそう阿鼻叫喚な地獄絵図のような感じだ。“あの〜、何をやっていらっしゃるのでございますか?” と普段使いもしない丁寧語で昔の時代劇で悪代官に裏金を渡す商人のように手をこすりこすり聞く俺に、この味覚破壊の王者はこう言ってきた。
「最近、料理に目覚めちゃってね〜? 今夜はあたしが何かご馳走しようかなぁ〜って…」
嫌な予感的中!!、と言うか、“なぬっ?” と言う具合に鳩が豆鉄砲喰らったような顔になる俺。いやいや、俺の聞き間違いだったかも知れん。そう思いもう一度聞いてみるところが、答えは同じだった。頭の中が真っ白になるが、そんな悠長にはしていられない。俺の、いや俺たちの命にも関わって来るんだ。かと言って、“疲れてるだろ? 休んだらどうだ?” なんて言おうものならかえって意地になってくるからな? 我が従姉の場合は…。何かいい案はないものかとは思うが、こんなときに限って何も浮かんでこないわけで…。このちびっ娘一人なら何とか出来ただろうが、凶悪な妹の前で止めさせようなんてことをすると何をされるか分かったもんじゃない。現に今年の正月、激甘の餡子餅を食べさせられそうになって断ったら妹に今までの最長記録になる6メートルも投げ飛ばされて、思いっきり背中を打って息が出来ないくらい痛ったわけだ。かと言って妹もこの激甘の餡子餅は苦手みたいで、ようは俺一人に犠牲になれとでも言わんばかりな感じだったわけだが…。前門の虎、後門の狼とはまさに今の俺にぴったりの言葉かも知れんな…。まあこうなってしまった以上は腹を括るしかない。胃薬とビ○フェル○ンでも用意しておくか? そう思って嬉々とした表情で料理? を作っている従姉を見遣りつつこそ〜っと薬棚のほうに向かっていると、ピンポーンとチャイムが鳴る。誰だっ?! この破滅的な状況に更に追い討ちをかけようとするやつはっ!! と一瞬嫌な光景が目にかぶ。さっきの先輩の態度が異常におかしかったし、まさかとは思って玄関口まで行ってみると、案の定俺の知ってる面々が玄関先で立っていた。俺は何も言ってないしな…。鈴夏も最近部活で忙しいみたいだから、言うのは七海ぐらいなものだろう…って! 七海か? 一番警戒しないといけないヤツを忘れてたよ…。俺…。失意前屈形になる俺をよそにルンルルンという擬音も出て来そうな感じで鈴夏に案内されてぞろぞろと入ってくる面々。七海のほうを見るとちょっと怒ったようにぷぅ〜っと頬を膨らませている。多分俺が何も言わなかったのを怒ってるんだろうな? あれは…。とは思ったがもう後の祭りだった。
端野の野郎も今回は呼ばれたのがせめてもの救いか? とも思うが端野自身ひかりの料理だけは苦手なわけだから、代償は全部俺に回ってくるのは必至だろう。こうなりゃヤケだ。とことんまで食ってやる!! そう腹を決めて、わいのわいのがやがやと喋りまくる女性陣を前に料理を待っていると、
「はい、健次。出来たわよ」
ひかりがことっと俺の前、出来上がった料理を出す。見てみると普通な感じな料理なわけだがまだ安心は出来ん。味付けがとんでもない方向に向かっていることも十分に有り得るわけだからな? こいつの場合。恐る恐る箸を取り、これから起こり得るであろう悲劇に合掌し、料理を口へと運ぶ俺。ぷるぷると運ぶ箸が震える。ひかりはじ〜っと俺の顔を見つめたまま動こうともしない。多分俺が食うまで動かないつもりだろう。ええ、ままよ! そう思って恐る恐る出来上がったその料理を口に入れた俺だったが…。
「結構なお手前でございました…」
と言う俺がいるのだった。味付けもこいつにしては超うす味で(俺にとってはちょうどいい味付けなのだが)美味かった。普段ひかりの激辛か激甘の料理を嫌々ながらに食っている鈴夏もぺろりと平らげてなおかつ俺の皿に手を伸ばしてくるほどだったから相当に美味かったんだろう。そんな俺は今、妹とひかりの料理の争奪戦を必死で繰り広げているところだ。味もさることながら、彩りなんかもすごくいい。七海や他のみんなも美味そうに食ってるし、上出来なんじゃないかと思う。こいつもやっと普通の味に目覚めたか…、と感慨深げにひかりのほうを見遣る俺。そんな俺の考えなど知ってか知らずか、当のひかりはと言うと…。
「いつも激辛だ〜っ、激甘だ〜ってあんたが文句ばっかり言ってるから研究に研究を重ねて作ったんだからねっ? まああたしの分だけにはちょこ〜っとタバスコなんかを入れておいたけど…。でももうこれで健次も普段あたしの作る料理を激辛だ〜っ、激甘だ〜って文句は言えないでしょ? この料理を美味しそうに食べたんだから。ふふふっ…」
と引きつった笑みの元、上目遣いにじろりと怖い目で俺の顔を睨みつけてそうのたまう。その顔が異様に怖く感じ、“ま、まあな” とだけ言って顔を反らす俺。反らした先には七海たちの美味しそうに食べる顔があった。七海よりかは若干落ちるがそれでも美味いことには変わりないよな? これ…。と食材の一つであるエリンギをまじまじと見ながらそう思った。しかしひかりよ…。何もタバスコなんぞを入れんでも結構美味いだろうに…。とは思ったが極端にからいか甘いかのどちらかの味が好みなひかりだからな? こういうのもある意味ありなんだろう…。そう思いつつ自慢げな従姉の顔を見遣りつつ、こりゃ別の意味で胃薬が必要になりそうだな? と思う今日3月20日は俺の従姉、仲里ひかりの誕生日だ…。
END