小遣いがない!


 俺の目の前、ぷく〜っと頬を膨らませながら上目遣いに見遣っている顔が1つある。そう、今日5月20日は俺の幼馴染みにしてぽんこつな近衛七海の誕生日なのだ。だけど、俺はすっかりとその誕生日のことを忘れてしまっていて、こうして七海に睨まれていると言うわけで…。何かプレゼントを贈れば機嫌も直るんだろうけど、俺の財布の中は空っぽ同然のような感じなわけでかろうじて10円チョコが3個買えるくらいなわけで…。これは俺の不甲斐なさって言うのか? そう言うものが出た結果だとは思うんだけど…。またヤドカニでも捕まえて贈ってやるか? とも考えたわけだが、七海はすぐに海に帰してしまうので贈っても意味がないよなぁ〜っと思う。とにかく今のこのぷぅ〜っとした顔を何とかしないとなぁ〜っと思い、“なぁ? 七海?” 声を掛けてみるものの、ぷいっ! と顔を背けられてしまう。
 後ろから見ても頬が膨れているのが分かるんだから相当に怒っているんだろう。これで帰って来た親父に見つかればあの大きな手でガツンとゲンコツを食らわさるのは間違いないし、最近親父の影響からか柔道を習い始めた妹に、“七海お姉ちゃんのお誕生日を忘れた罰だよぉ〜!” とか何とか言われて習った技をかけられてしまうことは必至なので、“何でも言うこと聞くから、怒らないでくれ〜” と頼み込む俺。そんな俺にむぅ〜っとなった顔のまま、“じゃあ一緒にスイカ植えるの手伝って!” と言ってくる。スイカか〜っと思い夏になったらまた食べてやろうなどと考えていると、“あっ! でも夏になったら食べられちゃうから健ちゃんはサツマイモのほうの植え付けをやって!” などと俺の考えを見越していたのかそんなことを言うと、俺の手を引いておばさんのところへと向かう七海がいたわけだ。おばさんからは、“あらあら、大変ねぇ〜?” ってな具合に言われる。そんな俺をよそに七海は手を広げてぶんぶん振りながら俺が悪いことをした〜っとでも言わんばかりに誕生日を忘れていたことを言ってるんだから始末に置けないわけで…。かと言ってここで何もしないと1ヶ月ほどこんな顔を毎日見ないといけないわけなので、結局その日は1日ひ〜こら言いながら七海の畑の手伝いをさせられていたのだが…。


 とこんな感じで毎年この時期は金欠になる俺なのだが、今年もどうやらその金欠状態がやって来てしまった。七海はもう諦めたように、“この時期はお金がないんでしょ?” と言ってちょっとぷくっと頬を膨らませるのが常だ。まあ内緒で貯めてる金があることにはあるんだがこれは夏休みに七海と旅行にでも行こうかな? なんて考えながら貯めてる金なもんでおいそれとは手が付けられないのではあるが…。う〜む。ここで何もしないと子供の時みたいに何やらかやらと文句をぶつくさ言われて、俺の知ってる仲間にも言われ、多恵先輩から小一時間恒例となった自治会長室でのお説教と、鬼より怖い妹の巴投げが待っているわけだからもうしようがない。夏は近場にするか…。などと考えて、“服着替えて俺のバイクの前で待ってろ” と言う。ぷくっとした顔からほへっとした顔になる七海。その顔がやけに面白くて思わず、“ぷぷぷっ” と声に出して笑ってじまう俺。そんな俺に、“もう! 健ちゃんは〜っ!!” などと言いながらぷんぷんと言う擬音も聞こえてくるかのように七海はまたぷくっと頬を膨らませていた。
 制服を脱ぎいつもの服を着替える。夏休みの旅行資金の秘密の隠し場所から5000円ばかり取り出して財布の中へ入れた。まあ5000円くらいならおばさんに頼んで喫茶店のアルバイトでもさせてもらえば何とかなるかな…、と思う。いつものようにガレージを開けてバイクを取り出す俺。バイクはサイドカー仕様だ。免許とりたての頃は後ろに乗っけて走っていたんだが、こけそうになって非常に怖い目をしたので親父に頼んでサイドカーを親父の知り合いから譲り受け俺が取りつけた。まあそれで俺のバイクの半分は妹の足代わりにされているわけだが…。でもなぁ〜、妹の柔道技が怖くて逆らえない兄って一体…、と自分自身でも情けなくなるわけだが…。はふぅ〜とため息を吐きつつバイクを押して表へ出る。さてどちらに参りましょうかねぇ〜? などと考えてると、初夏色のワンピースを上にジーパンと言う姿の七海がやってくる。顔を見るともうニコニコ顔だ。まあころころと変わる顔だなぁ〜っとは思ったが、こんなことを言って後でえらい目に遭ったことは数知れずあるので、そのことは言わず、“どこに参りませうか?” などと聞いてみる。と案の定、“どこでもいいよぉ〜?” と言う答えが返ってきた。まあ走りながら考えるか…。などと思いながら走り出す俺がいたわけだが…。
 どこに行こう。夕方だからそうそう遠くには行けないし、かと言って近場で済ませるとまた文句とかも出ないとも限らない。そういや、隣町にでかい園芸の専門店が出来たんだっけか? この前の朝広告で見たときに弁当を詰めてた七海が、“行ってみたいなぁ〜…” とか何とか言っていたような気がする。じゃあ今回はそこだ。と言うことで幹線道路に出る俺がいた。


「お野菜の苗とか種とかいっぱい買ったね〜? でも健ちゃん、今月お小遣いなかったんじゃないの?」
 そう言うと、ほへっ? とした顔になってそう聞いてくる七海。“まあいろいろあるんだよ、いろいろ” と言うと、何を勘違いしたのか、“ダメだよぉ〜? 健ちゃん。鈴夏ちゃんのお金、勝手に持ち出しちゃ…” などと言う。そんな恐ろしいこと俺に出来るとでも? と思ってちらりと横を見ると、“てへり” といつもの笑いを浮かべている。また明日俺を誘ってこの苗や種を植えるんだろうな? そう思いつつ昔はイジワルしたりなんかしたらすぐにぷぅ〜っと頬を膨らませていたよなぁ〜…、なんて考える。で、俺の手を引いて行っておばさんに言いつけて。まあおばさんは優しく諭してくれるんだが、こいつは俺を畑に連れて行って、“手伝って!” ってむぅ〜っとむくれた顔で言ってたっけか…。何となくその顔に逆らえない俺は1日付き合ってたこともあったっけか。まあむぅ〜っとした顔は今でもなんだが、あの時から俺はこうして七海に引っ張られていたのかも知れない。海沿いの幹線道路、夕日を横目に見ながら家へと向かう道、バイクのエキゾーストにかき消されながら小声で俺はこう言う。“七海、誕生日おめでとう。これからもこんな俺だけどぐいぐい引っ張っていってくれ…” ってな? そんな今日5月20日、俺の幼馴染みで彼女な近衛七海の誕生日だ。

END