友坂くんは浮気者?


 今日2月2日は、俺の1つ年上のお姉さん的存在であり、また俺の彼女でもある多恵先輩の誕生日だ。高校3年生は受験とか就職面接とかに忙しいはずなのになぜか先輩は学校の自治会室でいつものジャージ姿であれやこれやと仕事をしている。まあ実際自治会長である先輩には何を言っても“お仕事だから…” の一言で済まされてしまうので、俺も詳しくは分からないんだけどな? 先輩は今春卒業する。卒業後の進路については昨年街からバスで2つの停留所を乗った場所に新しく出来た介護の専門学校に進学するんだそうだ。まあ昔から世話好きな先輩だったからな? と初めて話を聞かされた時に妙に納得してしまい、その納得した顔に腹を立てた先輩からくどくど文句を言われたことは言うまでもない。
 で、今現在。俺の彼女はいつもの自治会長室の部屋の隅っこで俺の背を向けて体育座りでぶつぶつ文句を言っている。曰く、“友坂くんの浮気者…”だの、“いいもん、私も浮気してやるんだから、いいもん” だのと言ういつもの癒し系な声でぶつぶつそんなことを呟いていた。と言うか俺が浮気? ご冗談を…。と言うか浮気するにしたって相手がいなきゃ始まらんし。七海は幼馴染みのいつも通りのぽんこつだし、鈴夏は何かにつけて俺を投げ飛ばす凶悪な柔道家で実妹だから関係ない。佐倉は鈴夏の親友なだけで俺にとってはただやかましいだけの存在だし、ひかりと美空に関しては論外。と考えてみて、先輩が俺のどういう行動に対して怒っているのかが分からなくなる。聞いてみるほうが早いに越したことはないんだが…。
「……ふんっ!」
 とばかりにそっぽを向かれて聞くに聞けないでいる。幸い今日は土曜日なので学校は閑散としているわけだが、いつもの日だったらこうはいくまい。どこから聞いてきたのか七海がぷんすか怒ったような顔でやって来ては俺に説教し始めて、何だ何だと暇な連中がわらわら押し寄せ、それは下級生の教室にまで届いて、最後は怒った妹の巴投げで投げ飛ばされて終わりと言うがいつものパターンだからな。七海の説教ならまだいいが妹の実力行使だけは勘弁願いたい。この間もちょっと俺が晩飯のおかずを多くとっただけで腕を極められて大変だった。そういうことが日常茶飯事のように起こるんだから今日が土曜日で本当に良かったと心から思うわけだ。でも、どうするんだ? この体育座りのぶつぶつ文句を言う俺の彼女は…。少しばかりこの座り方を見ていて、何だかイタズラしてみたくなった。ゆっくり気づかれないように近づき、背中をちょんっとつついてやる。“ひゃあっ!” と可愛い悲鳴が聞こえてふっと前を見るとぷぅ〜っと頬を膨らませた先輩の顔がそこにあった。この後小一時間ほどこの行為についてお説教を受ける羽目になったことは言うまでもなかったわけだが、何も言ってくれないよりはまあましかな? とも思う俺がいるのも事実なわけで…。お説教ついでに何で俺が浮気者なのかという最初に疑問に思ったことを聞いてみたのだが…。


「随分と仲良さそうに話してるし、彼女としてはすっごくすっごく裏切られた〜って思ったんだからねっ?!」
 上目遣いに俺の顔を見遣ると恨めしそうな目を向ける先輩。その顔はまるでお兄ちゃんに遊んでもらえない小さな女の子のようで思わず抱きしめたくなるくらい可愛い。昔の鈴夏もこんなだったのになぁ〜。どこでどう間違ったんだろうと思う。まあ鈴夏の話は置いておくこととして、先輩がなぜに怒っていたのかを要約すると、昨日の夕暮れ買い物に出た先輩は俺と見たこともない大人の女性が並んで歩いていたところを目撃したんだとか…。ついでを言うと俺はその時、妙ににやついていたんだとか。昨日は家にずっと籠もりきりでぽんこつ幼馴染みの監視付きで勉強をさせられていたような…。んっ? 待てよ? そういや夕方におばさんが買い出しに行くからって一緒について行ったような記憶があるな? 今回は何だか重い荷物みたいだから男手が欲しいって言われて。親父がいるなら親父に任せるところなんだが、親父は生憎と妹と一緒に柔道の練習で帰りが遅くなるって言ってたし、俺が行くしかないのかと思って七海にちょっと留守番を頼んで(ちょうど息抜きもしたかったんだが…)、おばさんの手伝いに行ってたんだっけか? いつもの長い髪をアップにまとめているものだから見慣れているはずの先輩にもおばさんが別人に見えたんだろうな。そう考えると今の先輩が何だかとてもおかしい。思わずぷぷぷっと笑ってしまう俺。そんな俺によっぽど鶏冠に来たんだろう。
「もう知らないよ〜っ。健ちゃんのバカぁ〜。うわぁぁぁぁぁ〜ん」
 と普段恥ずかしいからと言ってあまり使わない“健ちゃん” と俺の下の名前を言って佐倉みたいに腕をぶんぶん小刻みに振って泣きながら抗議する先輩。とりあえず落ち着かせることだと思い抱きしめてやると不思議と収まった。のだが、まるで怖いものでも見たのかのように俺の体をぎゅ〜っと抱きしめる先輩、いや、今は多恵か…。ジェラシーを感じてくれているのかと考えるとちょっと嬉しくなる。頭を優しく撫でながら今までの経緯を話してやると、“な〜んだ、そうだったのか〜。私の早とちりだったんだ〜。でもでもとっても心配したんだからね? グスッ…” と安堵の顔を浮かべつつもどことなしか寂しさも残っていたんだろう涙顔になる多恵。涙顔はやっぱり似合わないな。そう思って頭を今まで以上にくしゃくしゃ撫でてやるといつの間にかいつもの優しい笑顔に変わっていた。


 海岸線に海が見える夕暮れ。あれから一緒に仲直りではないがデートをすることになった俺たち。まあ彼女の誤解とはいえ傷つかせてしまったのは事実だから自治会の仕事も手伝い、それが終わってからおんぼろバイクで海岸線をデートをした。ただ走るだけのデートだったが彼女は楽しそうに俺に話を振ってくる。俺も話をする。ただそれだけ…。でもそれだけでも楽しいんだから不思議だなぁ〜っと思う。ちなみにバイクはサイドカー付きに改造した。多恵が彼女になってから後ろに乗せるにはあまりに危険すぎると思うし、最近事故とかも多くなってきているのでサイドカー付きに改造したのだが、結構乗り心地かいいらしくて七海や鈴夏なんかもよく乗せてはいるんだが、多恵は初めて乗せたんだっけか? などと考えているとすぅ〜すぅ〜っと言う心地いい寝息が聞こえてくる。ふっと隣りのサイドカーを見ると幼ない女の子が夢でも見ているかのように口をもごもごしながら幸せそうに眠っていた。その顔があまりに可愛かったので、携帯のカメラでカシャッと1枚撮って待ち受け画像に入れておく。俺のこの画像を見たらなんて言うだろう。まだ怒られるか恥ずかしがられるかだろうなぁ〜なんて考えていると赤信号から青信号へと信号は変わる。ブオンとアクセルを一吹きに吹かせて帰る道。そんな今日2月2日は学校の先輩で、しっかりしているくせに甘えん坊な俺の大好きな彼女、石和多恵の誕生日だ。

END