鈴夏ちゃんのトラウマ


「今年もだよ〜っ!! うわぁぁぁぁぁ〜ん。やってないことバレたらお姉ちゃんに怒られるよ〜っ!!」
 8月も後半に入った今日22日は今部屋の廊下をどたばたと駆け回っている妹・鈴夏の誕生日だ。って言うか今年もかよ…と半ば諦めのため息しか出ない俺がいるわけだが。去年もその前の年も遊び呆けていたのか部活動に励んでいたのか知らんが、学校の宿題(まあ今は課題になるのか…)をやっていない妹の叫びにも似た声をこの時期になるとよく聞くわけだ。一種の夏の終わりの風物詩にもなっている感もあるな? と俺は思う。去年だったか姉代わりな俺の彼女にしてお隣りさんの幼馴染みである七海に宿題を見てもらったのはいいんだが、その後で何だか体が白くなって“お姉ちゃん、怖いよ…怖いよ…” とうわごとのように呟いていたのは…。俺も聞くのは少しばかり怖かったんで2か月後のとある日の七海の機嫌が良さそうなときに聞いてみたんだが…。
「ああ、あのときのこと? あのときはねぇ〜。少しばかり鈴夏ちゃんにお灸を据えようかなぁ〜って思って何年か前にテレビでやってたレディースの女番長さんのものまねをちょっとねぇ〜?」
 そう言ってうふふと微笑む。まあこいつがとあるドラマに夢中になっていたって言うことは知っていたし、かつその主人公の女番長に憧れて“わたしも免許が欲しいよぉ〜” と言っていたこともあるんだが、何せ中身がぽんこつなだけに免許なんて土台無理な話だったらしく、講習に行った日の夜に早くも挫折してしまったと言うわけで…。その日は一日中俺の部屋のほうをじ〜っと睨んでいたのだが。まあ相手が相手だけに怖いかと言うとそんなこともなくて、“相変わらずぽんこつだなぁ〜” とぷく〜っと頬を膨らませた七海を見ている俺がいた。とまあこんな感じでうちの力関係的には三つ巴的な感じになるのかと思う。若干1つの巴は2つの巴より小さい気もするんだが…。あっ、その小さい巴は俺のことだけどな? って言うか妹と彼女よりも力が弱い俺って…とは思うんだけどな。しかしながら妹は柔道の黒帯2段の実力で、その妹が恐れるくらい怖い彼女と言うのはどう考えても俺が一番弱いんじゃなかろうかと思うわけだが。
 で今だ。さっきから部屋の前をどたばた走り回っている妹がうるさいのなんのでこっちは課題に全然身が入らないと来たもんだ。“うるさいぞお前! 少しは静かにしろっ!” と身を半分だけ乗り出して声を掛ける俺。どたどた動いていた足が止まる、と同時にキュピーンと虎が獲物をロックオンした時のように妹は俺の顔を嬉々とした表情で見つめてこう言う。
「お兄ちゃ〜ん、課題教えて〜」
 と…。こいつは今年の春、俺や七海と同じ大学に入ってきた。まあ七海は知っていたのか驚きはしなかったが俺は非常に驚いたわけで…。そういや去年の秋口くらいからか、隣りの部屋からかりかりと音が聞こえていたなぁ〜っとは思っていたのだが、まさかあの勉強嫌いな妹が受験に励んでいるとは思うわけもなく。とは言えそのことを聞くと、“お兄ちゃんには関係ないでしょ〜?” と言ってぷぅ〜っといつものように頬を膨らませてくるので進学か就職かすら聞けなかったわけだ。ちなみに親父とおばさんと七海には言っていたらしくそのことを知らなかったのは俺だけと言うことになる。なぜに実の兄には相談せんのだ? と少しばかり憤慨したのも事実だ。妹曰く、
「お兄ちゃんに相談したところで、“鈴夏には難しすぎるからやめとけ” って言われるだけだもん。そりゃああたしは勉強苦手だから言われても不思議じゃないけど、お兄ちゃんは応援してくれるって言うのが筋って言うもんでしょ? それなのにうちのお兄ちゃんは〜。ふんっ!!」
 と何も言ってないそばからこう言って不機嫌そうに膨らませた頬をさらに膨らませてぷいっと横を向いてぶつぶつ小言を言う妹の顔が面白くもあり怖くもある。ちなみに受けた学部は…どこだったか? 同じ文系だと言うことは知っているのだが、実際どこかは分からない。まあこう見えて意外と社恋的な妹のことだから友達関係には困らないだろう。そんなことをのつそつと考えていたわけだが、ドアを開けっぱなしにしていたせいか妹は勝手に入ってきて俺の枕をクッション代わりにして座って、こっちを上目遣いに見つめている。その顔は、“早く課題教えてっ!!” と言ういつもの駄々っ子な感じの顔だったわけで、結局今更出ていけとも言えず一緒に課題に取り組むことになったわけなのだが…。


「まだ始めて30分も経ってないんだぞっ! それなのにお前ときたら…。もう少し集中力を見せろ!」
 開始30分ほどでもうへこたれて、“休憩取ろうよ〜” だの、“疲れたよぉ〜” だのと言って尻に敷いていた俺の枕を抱きしめてベッドにごろんと横になってる妹。妹は瞬発力は人一倍あるのだが如何せん持続力がない。これが妹のいつも起こる悪い癖なんだが…。ベッドにゴロゴロしながら、“お兄ちゃんも休憩取ろうよ〜” なんて言いながら俺の背中をついついっと指で押したり頬を同じようにちょんちょんと突いてみたりしてくる妹。そんな妹の行動に腹が立った俺は、“そんな不真面目なことばかりやってると七海に言うぞ” と脅しをかけてやった。まあこれで言うことなんて聞くものか、聞いたらよっぽど七海のインパクトがすごかったんだな? と思っていると今までだらけていたのがウソのように、きびきびした動作に変わるではないか? 少々拍子抜けな感じだがまあいいだろう。だらけ癖のある妹にしてみればいいカンフル剤なのかも知れん。さらに1時間経過、そろそろ休憩を入れるか〜っと思い、妹に、“おい、鈴夏。そろそろ休憩入れようや” などと言ってみるんだが、黙々と課題に取り組んでいる。あまりの真剣さに兄としても自分も頑張らないとな? と思ってそのまま続行。もう1時間経過、妹の顔が何だか青くなってきてるような気がして、“おい鈴夏! どこか具合でも悪いのか?” と肩を揺すって気がついた。妹はぶつぶつ何事か呟いていることに…。何を呟いてるんだと耳を傾けてみると、“七海お姉ちゃん怖いよ。勉強しなくちゃ…。うううっ…” と言うふうなことを延々呟いていた。トラウマを与えるほどのインパクトだったのか? と思うと俺の何気なく言ったあの、“七海に言うぞ” は妹にとっては死刑宣告を受けたような感じだったんだろうな? そう思って、妹の肩を軽く揺すると、


「あっ、あれっ? お兄ちゃん? 何を慌てた顔してるの? まだ10分も経ってないのに…」
 と今までのことを全然覚えていないのか目をぱちくりさせて言ってくる。俺が全部悪かった。そう思って、“今後は俺が見てやるから七海には教わりには行かないこと” と言うことを言うとますます目をぱちくりさせる妹。何だか俺自身最初に言っていたこととは全然違うことを言っているような気もするが、妹の精神衛生上好ましからざる行為だと言うことには変わりはないだろう。それにしても七海よ…、普段は見るからにぽんこつなのにスイッチが入ると非常に恐ろしくなるんだな? と改めて思うとともにもう妹の前ではその話題は禁則事項として俺の中で封印する暑さのほうも何とか落ち着いてきた今日8月22日、俺のちょっぴり怖くてまだまだお子ちゃまでぽんこつな可愛い妹・鈴夏の誕生日だ。

END