何の種かな?


 見慣れない種を仕入れた。と言うか半年以上前のある初秋の日曜日、いつも釣りに出かける海岸で瓶に入ってコルク栓でしっかり密閉された状態で落ちているのを拾ったんだが…。一枚の紙も入っていたんだが字のほうは長い間海に漂っていたせいかどうか分からないがすっかり消えてしまって読めなくなっていたわけだ。ただ、瓶の一部分に椰子の絵柄が貼ってあったから南のほうから流れ着いたと言うことには間違いはないだろう。そう思って俺の中ではその辺の事情に詳しい七海に聞いてみるんだが、“う〜ん、分からないよ〜” といつものぽんこつな声でそう言う。ちっ、使えないやつめ。こう言うときの七海だろうが…。と思いながら、そうだ! と思いつく。おばさんだ。おばさんなら俺のこの疑問にも答えられるかも知れん。そう思って七海よりかその辺の事情には遥かに詳しいおばさんに聞いてみたんだが、“ちょっと分かりませんね? ごめんなさい” と頭を下げていた。“でも瓶に入っていて厳重にコルク栓で閉められてたんでしたら塩水は入っていないはずですから植えたらもしかしたら育つかもしれませんよ?” といつもの優しそうな顔でおばさんはそう言う。植物を育てたことなんて小学校の朝顔以来だな? なんて考えながら育てることにしたわけだが、見るからに暖かい地域の種だから寒さには弱いんだろうな? と思って即席の温室を作り南側の日当りのいい場所を選んで鉢植えにして置いておいた。
 1週間後、水やりのときに見てみると可愛らしい芽が出ていて、“おおっ! すげーっ!!” と七海を呼ぶ。家は少々改造して俺の家のベランダと七海の家のベランダの間に橋を渡してお互いの家を行き来できるようにしてある。これは俺がベランダ伝いに飛び越えてくることを危険だと判断したんだろう。おばさんが親父に言ってつけてくれたものだ。頑固一徹が実に身についていて厳しい親父に(とは言え鈴夏には何のかんのと言いながら甘い部分もあるんだが…)意見して、且つ言うことを聞かすことは至極難しい。そういうことを極々平然とやってしまうおばさんはすごいと正直思うわけだ。
「な〜に〜? 健ちゃん」
 と橋を渡って七海がやってくる。“見てみろよ、これ。芽が出たぞ?” と双葉の可愛らしい芽を見せる。“うわぁ〜、すごいね〜。あの種からでしょ?” そう言いながら興味津々な様子で植えられえた芽を見る七海。“これ大きくなるまで育てるの?” と芽を見ていた七海が尋ねてくる。そのつもりだが…って何だ? その疑わしい目は。そう思って聞いてみると、“だって健ちゃん、途中で飽きる癖があるからこの植物も途中で飽きちゃうんじゃないかなぁ〜って思って…。そうなったら可哀想だなぁ〜って” とそう言ってくる。まあ飽き性で長続きしても1ヶ月くらいが関の山な俺なんだが。面と向かって言われると腹が立つ。むんずと七海の頬を掴むとタコ口にしてやる。“みみまみまみむむもも〜っ!(いきなり何するのよ〜っ!)” と涙目でわさわさ手足をばたつかせて抗議の声を上げる七海。その顔が面白くてふにふにと頬を抓んでいると、いきなり後ろから組技よろしく首を極められる。そうだった。うちには熊をも倒すんじゃなかろうかと言われる妹がいるんだった。と言うかいつの間に背後を取られていた? と言うかもう失神寸前だとばかりにタシタシと極められた手を叩く俺。
「七海お姉ちゃんの悲鳴がするから来てみたら…。もう、お兄ちゃんはぁ〜っ!」
 といつもの多恵先輩がイタズラした俺を説教するかのように正座で座らされる俺。七海はと見るとちょっと怒ったような顔で俺の顔を見つめている。“あれはスキンシップの一環であっていぢめとかは関係ね〜っ!!” とか言う俺に、ぷぅ〜っと頬を膨らませた七海が、“今日だけじゃないんだから〜っ!” と身振り手振りでこの間俺が七海のとっておいたおやつを勝手に食べたことを持ち出してくる。果てには子供のころの件まで持ち出してきて非常に往生した。まあその時は有名洋菓子店でケーキを2ホール買ってくることで何とか怒りも収まったわけだが、俺の財布がすっからかんになってしまったことは言う間でもなかった。
 でそんなことがあったことも記憶に残らないような冬の終わりのとある日。育てていた例の種は茎も1メートルを悠に超え立派になっていた。おぼろげながらその全体像も大体分かってきた。まあ温室で育てていたことが功を奏したのか立派に成長して花が咲いたわけだ。ちなみに温室は今、ビニールハウスへと進化している(まあ見様見真似で設計・組み立てをやったわけだが)。で、いったい何の種だったのか? と言うことだが、いつもおやつに入るか入らないかで議論になる黄色の長い果物、そうバナナ! バナナの原種だったわけだ。バナナに種があること自体分からなかったわけだが、どうやらあるらしく。普段何気なく食べているバナナは突然変異か品種改良を加えたものらしいと言うことを学校のPCで知った。まあこんな長い時間を超えてやって来たバナナだからか、ちょっと愛着がわいてくる。用もないのに七海の畑に向かうことも多くなった。七海はと言うと、“健ちゃんもこの際だから本格的に農業初めてみたら?” とにこにこ顔で言ってくる。まあ半農家の娘に言われるのは癪に障るが、これはこれで楽しいかも…とも思える。花の横から可愛らしい果実が実っていた。


 そんなこんなで、随分と立派な実に成長したバナナを今日5月20日、七海の誕生日に収穫する。春先に異常に寒い日なんかがあって臨時で温風ヒーターなんかを繋いだりしていたわけだが功を奏して晴れて収穫の日を迎えることが出来たわけだ。何か困った事態になったとき、的確なアドバイスを送ってくれたおばさんには感謝してもしつくせない。七海にも何かと手伝わせてしまって今年はスイカの種まきが若干遅れてしまった。“夏までになるかどうか心配だなぁ〜…” と心配そうに自分の畑の一角を見つめている。そうなりゃ、俺がビニールハウスでも何でも作ってやるから安心しろ! と言うと、心底嬉しそうに、うん! と頷く七海がいる。“へぇ〜、バナナってこうやって実がつくんだねぇ〜。知らなかったなぁ〜” などと言いながらバナナをもぎ取ろうとするのは妹の鈴夏。“お前は今回何も手伝わなかったから一番最後だ!” と俺が言うと、途端にぷぅ〜っと膨れて、“あたしだってバナナが倒れてないかとか気になって見に来たりしてたもん…” そう言いながら膝を抱えて座り込みいじいじと土の上にのの字を書いている。はぁ〜、こいつはまだまだお子ちゃまだなぁ〜っと思って、“じゃあ一旦実を茎から切っておばさんの店に持って行ってそこで一緒に食おうや? 七海もそれでいいだろ?” と七海に目配せしながら言う俺。実際陰の功労者であるおばさんには一番に食べてもらいたかった俺なのでそう言う。七海もうん! と頷いた。しかしこんな四季のある日本でもバナナって育つものなんだなぁ〜っと思う。リヤカーに乗せるとやや青みがかった黄色い身が初夏の日差しに映えていた。


 えっちらおっちらとリヤカーを押しておばさんの店まで運ぶ。よいしょと担ぎ上げて中に入るといつもの優しい微笑みを浮かべたおばさんが昼飯を作ってくれているところだった。“これが例のバナナなのね?” とおばさん。“うん、だからお母さんも一緒に食べよう?” と七海が言う。“健柳流さんももうすぐくるからその時に食べましょう? それに…ね?” とおばさんは俺にだけ分かるようにウインクしながらそう言う。親父も来るのか…。まあ親父にも食わせて反応を見てみるのも面白いかな? と思った。それと、この間、七海への誕生日プレゼントを何にするか悩んでいた俺に“訊いておいてあげましょうか?” と助け舟を出してくれて七海の欲しがっているものを難なく購入できたわけで。しかも隠している七海へのプレゼントを渡す機会がなかなかない俺に気を使ってのこの言葉。やっぱりおばさんには敵わないな? と思う。親父もそう言うところに信頼感を寄せているんだろう。とそうこうしてる間に、“各務さん、遅くなって申し訳ない” と親父が汗をかきかき入ってくる。
 あれやこれや言い訳めいたことを言ってるが、ただ単に恥ずかしいだけじゃねーのか? と鈴夏と一緒にひそひそ話していると俺と鈴夏の存在に気付いたのか、“何だぁ? お前たちも居たのか?” とばつの悪そうな顔でこう言う。まあ一応親父にもバナナのことは話してあるので、一目見て、“例のやつか!” と言っていたが。まあみんなで食事と言うのもいいもんだ。デザートも今回は取れたて新鮮な果物だしな? そう思い七海を見る。同じことを考えていたんだろうか。クスクス笑いあった。と鈴夏はもう一房もいでもごもご食べてやがるしっ!! はぁ〜、食いしん坊ここに極まれりだな? そう思いつつ、俺たちも一房もぐと皮をむく。南国特有の甘い匂いがした。味のほうはさすが原種と言うこともあって濃い味がしたことは言う間でもなく、しかも種があるので食べにくいことこの上ない。そこへ来ると鈴夏や七海やおばさんは器用だな? と親父と2人、バナナを食べるのに四苦八苦する今日5月20日、俺の幼馴染みにして彼女な近衛七海の18歳の誕生日だ。

END