優しいウソに騙されて?
「雪希ちゃ〜ん、ぷぅ〜って頬を膨らまさないでよ〜っ。お兄ちゃんもわたしも悪かったって思ってるんだから〜。って! ま、また睨んでるよ〜」
日和お姉ちゃんがそう言ってぶるぶる体を震わせている。今日5月7日は私のお誕生日。でも私はちょっと怒ったような拗ねたような顔で上目遣いにお兄ちゃんたちを見つめている。当然お兄ちゃんはあわあわ慌てているし、日和お姉ちゃんもお兄ちゃんと同じように、ううん、もっと慌てていた。今朝は気持ちもすっきりしていい気分だったのに、今は何だか憂鬱。でも何で私がこんな気分になっているのかと言うと…。
昨年から歯科衛生士の免許を取るため、そっちの方向の大学へと進んだ私。この間から教育実習でこの町の歯医者さんに行くことになった。もちろんお兄ちゃんたちには秘密…、のはずだったんだけど。この間、そうそう日和お姉ちゃんのお誕生日の日、今目の前でぺこぺこ頭を下げてるお姉ちゃんが私の秘密を見事に破ってくれたわけで…。まあ秘密って言うほどの秘密じゃないんだけどね? でもまた出来ちゃったんだ。虫歯…。人によって虫歯になりやすい体質となりにくい体質とがあるって学校の授業で習ったことがあるけどお姉ちゃんは所謂、“なりやすい体質” なんだね? って思っちゃった。でもでも私に内緒にして〜! って思ってちょっとぷぅ〜って頬を膨らませる私。そんな私にぺこぺこ謝る日和お姉ちゃんはなぜだか可愛い。こんな可愛いお姉ちゃんだからかな? 私もいつの間にかニコニコ顔になっちゃうわけで…。そんなことが先月の出来事。で、今日は今日でちょっとだけ怒っているわけだ。他の家はどうだか知らないけど私の家では誕生日にはささやかだけどお祝いパーティーをすることがいわゆる年中行事となっている。日和お姉ちゃんがうちに居候するようになった時からだから、かれこれもう14、5年も前になるのかな? そんなわけだから当然今年もあるのかなぁ〜って楽しみにして大学もそこそこに切り上げて帰ってきて、お兄ちゃんたちを待っていたんだけど…。
「今年もあるかな? って楽しみしてたのに…。もう、お兄ちゃんもお姉ちゃんも知らないんだからね?」
現在午後8時半を少し回った時刻。部屋の隅っこで体育座りをしてリスが頬袋にいっぱい食べ物を詰め込んだ時のように極限にまでぷぅ〜っと頬を膨らましている私がいるの。お兄ちゃんはさっきから床に頭を擦りつけて、“明日一日雪希の言うことなんでも聞いてやるから、だから今日は許してくれ〜” って謝ってるし、日和お姉ちゃんは日和お姉ちゃんで泣きべそをかきながら、“うわぁぁぁ〜ん、雪希ちゃん怒らないでよ〜。うわぁぁ〜ん” って言いながらお兄ちゃんと同じようにぺこぺこ謝ってる。その2人の仕草があまりにもそっくりだったから内心ちょっとおかしくてうふふって笑っちゃう私だけど、怒った表情は止めない。だってだって、お兄ちゃんたちってば最近私のことを放ったらかしにして、あちこち行ってるってよく進藤さんから聞いてるし…。現に今日も行ってたわけだし…。
とにかくもう少し私のほうも見てって言いたいわけだ。お兄ちゃんとお姉ちゃんは付き合ってると言うかもう結婚してるっていうかそんな関係。長年一緒に暮らしてきたから水と魚と言う関係かな? って思っちゃう。私もその中に入ってるんだけど、最近はお姉ちゃんにちょっと押され気味なわけで…。そうそう、先週の金曜日のお休みに近場の温泉に1泊旅行に行ったんだけど、そこでもお兄ちゃんたちはいちゃいちゃしてたし…。とにかくもう少し私にも構って〜って言いたいわけだ。半分泣きべそをかきながらそんなお兄ちゃんたちに対して上目遣いにう〜っと睨む私。と、ふと日和お姉ちゃんから、はいって小さな箱が手渡される。突然のことだからちょっとびっくりしながら、“なに?” って聞く私。今までぷりぷり怒ってた顔が毒気を抜かれたかのようにほへっ? とした顔になったんだろう。お兄ちゃんたちはそんな私の顔を見て大笑いだ。な、なによ〜。そんなに笑わなくったっていいじゃない〜。そう思ってまたぷんすか怒る私。そんな私に…。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんも酷いよ〜。私を騙すなんて〜。ぐっすん。しくしくしく…」
マイシスターが泣いている。俺の右隣では、ぽんこつへっぽこ幼馴染みで俺の一応彼女な日和がおろおろあたふたしながらマイシスターを泣き止ませようと必死になっていた。今年20になるうちのマイシスターは普段温和で滅多に取り乱したりとかしないせいか一端拗ねだすととことんまで拗ねてしまうわけで…。1年前の日和の虫歯騒動がいい例だ。虫歯治療の日の夜は非常に険悪な、それこそ一触即発な雰囲気だった。その後しばらく雪希はご機嫌斜めと言った状態が続いたわけなのだが。今でもその時のことを思い出してはぶるぶる震えてしまう。今年は何か違うことをしようと思って、それだったらとドッキリを仕掛けてみたわけだが(もちろん言いだしっぺは俺なわけだ)、でもなぁ〜。こうも容易く引っ掛かるなんて思ってもなかったぞ? そう思いながらマイシスターのほうに目を遣るとまだぐすぐす鼻を鳴らしていた。
「雪希ちゃんのお誕生日をお兄ちゃんが忘れるはずないじゃない。だからもう泣き止んで? ねっ?」
そう言うと日和は雪希を優しく抱きしめる。さすがは長年姉妹みたいな関係を続けている2人だ。男の俺じゃあ分からん部分もあるんだろうな? そう思って雪希の頭を撫でる俺。ぐすぐす泣きながらも次第に気持ちよくなってきたのか泣き声が止まる。見てみるといつの間にか気持ちよさそうに眠っていた。“眠っちゃったね? 雪希ちゃん…” そう静かな声で話す日和。“ああ、そうだな?” と俺は言う。もうそろそろ今日から昨日へと変わる時間。久しぶりに3人で一緒に寝るか、と俺は日和に言う。うんと嬉しそうな顔をして頷く日和に、こいつが俺や雪希の幼馴染みで本当に良かったと思った。
雪希を抱き起こして落ちないようにしっかり抱きとめる俺。日和はぱっぱと段取りよく布団を敷く。雪希は相変わらず眠ったままだ。寝顔を見るととても可愛らしい。再び寝かせるとすーすーと気持ちの良さそうな寝息が聞こえていた。そんな大切な義妹に俺は日和にも聞こえないような小さな声でぽそぽそとこう呟く。
「雪希、誕生日おめでとう。今日はちょっとイジワルしてごめんな?」
ってな? 時計の針ももうすぐ今日から昨日へ変わるそんな今日5月7日。俺の大切な義妹、片瀬雪希の20歳の誕生日だ。
END