進藤さつきの失恋?
今日8月14日は俺の後輩で雪希の親友で、自称・俺の恋人な進藤さつきの誕生日だ。まあ雪希の親友と言うことは認めざるを得ない事実なのだが、恋人になった記憶はただの一度もない。と言うか俺にはもう神津麻美って言う立派な彼女がいるわけなのだが、どうやらあいつにはその既成事実を認めたくないようで、“どうしてこんな可愛い彼女がいるって言うのに浮気なんてするんですか?!” と言いながらグリグリした目で迫ってくる。こっちがいくら説明したって聞く耳持たずって言う感じでどんどん自分の世界に入ってしまうものだから正直困っているわけだ。
で今日も今日とて俺はこうやって進藤に詰め寄られていると言うわけで。“進藤! ゴーホーム!!” と言っても、“犬ですか?! 私は!!” とそんなことを言っては、グリグリした目で睨まれるし。困った。こんな時に頼りになるマイシスターなんだが、生憎と昨日から合宿で留守。彼女は大学の研修で農村のもち米の生育状態を調べに行っていてこれまた留守だ。何でこう言うときに限って合宿とか研修とかがあるんだ? 普通は盆なんだから休みのはずだろ? とは思うもののそう言う学校もあるんだからと思い直した。とにかくこの口から先に生まれたような女を何とかしないといけない。思い切っていつもの延髄チョップで黙らせるか? とも考えたがそこまでしてしまうのも何だか可哀想だ。それかと言ってこのまま有耶無耶なまま事が進むことも良くない。俺は麻美の彼氏で麻美は俺の彼女なわけだ。そこのところをどう説明づけるかが問題なわけだが、言っても無駄な気がするので(と言うか今まで言っても無駄だったわけなのだが)今度は態度で示してやろうと思い、麻美のいる農村へ向かうことにした。
連絡を取ると“いいですよ” ということらしいのでちょうど渡したいものもあってそれを荷物に詰めて早速出掛ける。もちろん今日の主役でとんちんかんな間違いをしている進藤も一緒に連れて行く。進藤はと言うと、“そ、そんないくら先輩と私が好き同士だからって婚前旅行はいけないと思いますぅ〜” と訳の分からないことを言いながらいやんいやんと首を横に振っている。いや婚前旅行じゃねーし、それ以前に俺はお前と付き合ってねーじゃねーかよ? とは思ったが目が完全にイってる進藤には何を言っても無駄なような気がしたので、何も言わず電車に揺られている俺がいた。
電車は終着駅へと着く。ここからバスで少々行った場所に彼女が研究しているもち米の研修場はある。にしても進藤さんや、ちょいとくっつき過ぎじゃあないのかい? と江戸の昔言葉なふうに言うと、“先輩と私は彼氏彼女同士だからいいんですっ! そんなこと言うと嫌いになりますよっ?” とぷぅ〜っと頬を膨らませながらこう言ってくる。ふぅ〜っと大きくため息を一つ。といい案(かどうかは正直微妙なところだが)が浮かぶ。要はこいつに俺のことを嫌いにならせればいいんじゃないか? と思った。そうと決まれば話は早い。早速進藤の嫌いな怪談話や雷の話やなんかをするのだが、キャーキャー言うだけで、全く効果なし、と言うか逆効果でべったりくっついて離れやしねぇ〜。こう言う小旅行の雰囲気でこういう話は返って盛り上がるんだな? とつくづく思った。
やがてバスは否応なく終着の停留所に到着してしまう。麻美の研究している田はここから徒歩で2、3分のところらしいのでこのまま行けば間違いなく俺のことを見つけてしまうだろう。と隣りにいる自称・彼女のことも…。ああ、俺の一生も短かったなぁ〜っと思っていると、
「あっ、健二さ〜ん」
と言う可愛らしい声。間違いなく俺の彼女だ。と横にいる進藤は俺のこの微妙な感じを察知したのか、途端にむくれだす。“雪希さんはご一緒じゃないんですか?” と不思議そうに俺の顔を見ながら話す麻美。雪希は部活の合宿でと言う旨を伝えると、“ああ、それで進藤さんを誘ったわけですね?” と妙に納得されてしまった。一方の進藤はと言うと、何やらぶつぶつ呟いていたが、まあどうせ俺と麻美が仲が良いもんだから自称・恋人としての嫉妬か何かでお小言でも呟いているんだろう。そう思った。しかし見るからに田舎って言う光景が広がってるな。もち米の研究ってどんなことしてるの? と麻美に聞くところが、何やら小難しい説明と言うか論説を言われてちんぷんかんぷんになってしまい、横にいる進藤に“たかがもち米って言ってもいろいろあるんだなぁ〜。後学になっただろ?” と言おうと思って見るといない。あれ? どこ行った? と辺りを見渡してみると、木の陰から窺うように見ている。“どうした? 進藤。こっち来いよ” と言っても、出てくるどころかますますこっちをじ〜っと見つめている。はは〜、これはいわゆるジェラシーって言うヤツか。とも思ったが、そもそも俺は進藤の彼氏になった覚えは1つもないしな? そう考えて、この間のプールの話をする。売店の焼きそばはまずかったよなぁ〜っとか他愛ない話に花を咲かせつつ、ちらちら進藤のほうを見ると、ぐぐぐぐ〜っと俺のほうを睨んでいる顔があった。あのセクシーすぎる水着もさることながら普通のビキニでも麻美は十分魅力的だったよなぁ〜なんて話してると、思い出したかのように怒りがわきあがってくる。過ぎたこととはいえ麻美にあんなイヤラセクシーな水着を着せて俺を野獣化させようとした進藤に何か罰でも与えなければ俺の気が収まらん!
そう考えてまずは隠れているあいつをこっちに引き寄せなければならんわけだ。無理に追いかけて逃げられると後々厄介だからな? そんなことを0.01秒で考えて行動に移す。まずもっとゆっくり話せる場所でも行くかとばかりに麻美の手を取って歩き出す作戦に出た。まあ相手は考えたことがすぐ行動に出てくる進藤のことだから俺が動くと必ず動いてくるに違いない。そう思ったら案の定だだだだだだだっと追いかけてくる足音。やっぱりな? と思ってもっと大胆に攻めてやろうと普段ならすることもないだろう肩に手を掛けて歩き出した。麻美はすごく驚いていたがにこっと笑顔を向けると体を預けてくる。それがよほどショックだったんだろうか。進藤が出てきた。顔を見ると涙と鼻水とでいっぱいな顔だ。正直悪いことをしたかな? とは思ったが、俺はこう言った。
「あのな? 進藤。もともと俺はお前のことは何とも思ってないし…。それに俺には麻美がいるんだ。だから、諦めてくれないか」
と…。よほどショックだったんだろうか。項垂れたままで首をふるふると横に振るだけの進藤。まあ好きになった男からの別れの言葉を聞いたんだから、しょうがないと言えばしょうがないのかもしれないが…。って! ふるふる? と進藤のほうを見てみると未だにふるふると首を横に振っている。
「諦めきれるわけがないじゃないですか…。ずっと大好きだったんですよ? それなのに諦めきれるわけがないじゃないですか。先輩が神津先輩の彼氏だって言うことは分かってます。でも、でも…」
そう言うと、項垂れた顔から雫が落ちる。ぽたぽたぽたぽた落ちる。俺は何も言えない。麻美もまた俺と同じように黙っている。また進藤が話し出す。
「でも、それでも諦めきれません。だから私は片思いでいいですから。先輩のこと思っていてもいいですか?…。もしそれさえ許してもらえないなら、私は…、私は……」
俺は動けない。進藤がそこまで俺のことが好きだったのかと言うこと。そのことだけが心に響いた。普段うるさ型で喋りだしたら止まらないくらいな進藤のこう言う女の子らしい一面と言うか物憂げな表情は俺が記憶する限りでは見たことはない。どう言っていいのか、言葉に詰まる。と、麻美がゆっくり進藤のほうに寄っていく。
「それじゃあお互い健二さんのこと、好きでいましょう? 私も進藤さんも健二さんのことが大好き…。それでいいじゃありませんか。ねっ?」
そう言ってにっこり微笑む彼女の顔はもう母親が子供に諭すようなそういう顔だった。“健二さんもそれでいいですよね?” そう言ってこっちを微笑ましく見つめてくる彼女。俺の一番好きな笑顔で見つめてくる彼女は何故かは分からないが神々しくも感じてしまう。俺はうんと頷くしかなかった。
「疲れて寝ちゃってますね? 今日のこと言うのに相当な勇気がいったんじゃないんでしょうか…」
夕方、揺れるバスの車内で俺の彼女がこう言った。横には何事か寝言を呟いている、失恋? と言うものを初めて経験した俺の後輩が少し悲しそうに、また少しほっとした感じで寝ていた。麻美がなぜあんな曖昧なことを言ったのか、聞いてみたい気もしたがここで聞いてもきっと“めっ!” と言う一言で済まされそうな気がしたので、その言葉は心の奥に飲み込んだ。まあこれまで通りこいつは俺の邪魔ばかりしてくるに違いないし、麻美は麻美でいつも通りほんわかさんなのだろう。明日はまたやかましいくらいの元気な声で俺を追いかけまして、周囲をひっちゃかめっちゃかの大混乱に巻き込んで、延髄チョップで涅槃行きって言ういつも通りな1日を期待しよう。まあこいつが明日元気な顔を見せればの話だが…。
と、そうこうしてるうちにバスは最寄りの停留所へ…。寝ている進藤を起こすが相当疲れたんだろうか、うんともすんとも言わない。全くしょうがねーな? とばかりに背中に負ぶる。麻美とはここでさよならだ。バスの窓から笑顔で手を振る麻美を見送ると荷物と進藤を背に歩き出す。と、ぎゅ〜っと何やら柔らかいものが押し付けられている感覚を覚えてふっと後ろを振り返るとそこにはいつもの進藤。
「お前、起きたんならさっさと降りろ! 重いだろ?!」
「こんな可愛らしい後輩にこうやってぎゅ〜って抱きつかれたら普通なら顔を真っ赤にして恥ずかしがるって言うのに! 相変わらず失礼ですねっ?! 先輩はっ!」
まあ元に戻ったと言うのか、空元気をフル回転させているのかは顔が見えないから分からないが、声を聞く限りはいつものやかま進藤だな? わーわー言う進藤を背中に、“今日はちょっと酷いことを言ってしまって悪かったな…” と呟くように言うと、“分かってました。先輩が神津先輩のこと好きだって言うことは…。でも私も先輩のこと大好きですから、だからこれでいいんです…” そう言ってぴょ〜んと俺の背中からはじけるように飛び出ると、
「…でも、でも私は欲張りですからね? 神津先輩から先輩のこと奪ってやりますから。覚悟しておいてくださいね?」
あらら、麻美。俺たちの間に強力なお邪魔虫が出来たぞ? ひょっとしたら俺、そっちに靡いてしまうかもな? まあ靡かないようには努力してみるけどさ…。そんなことを思いつつ腕を引っ張られながら帰路を歩く今日8月14日、自称・俺の恋人で後輩で、マイシスターのうるさい親友、進藤さつきの17歳の誕生日だ。
END