歯医者さん騒動記
「お兄ちゃんもそろそろ歯医者に行かないとね〜。うふふぅ〜」
「お、俺は平気のへだ!! そんなことよりお前こそまた虫歯が出来てるんじゃねーのか?」
ここは片瀬家。毎度お馴染みなへっぽこ声で俺の顔を見ながら不気味な擬音を発しているのは、幼馴染みであり俺の家の居候であり、かつ彼女である早坂日和だ。今日はそのぽんこつさんの誕生日。一応、雪希と相談して決めたものを予めプレゼントとして渡しておいた。日和の嬉しそうな顔が印象的だった。まあ何て言うか、去年が大変だったからな? 去年は非常に痛い目を見た日和。それもそのはず、虫歯を長い間放置していたものだからがっぽり穴が開いてしまっていてぽんこつの虫歯治療に駆り出された。駆り出されたのはいいんだ。うん。でも歯医者に連れて行くまでにどれだけこのぽんこつを宥めて煽てて連れていったことか…。診察台に上げられてからも口をへの字に噤みやがって…。とにかくもういい加減、お前も年頃なんだから歯医者ぐらい一人で行ってくれ…。と思ったもんだ。はぁ〜。
で、その騒動から一年後。今度は俺が虫歯になってしまった。雪希に診てもらうと神経までにはいってないみたいだが早く治療しておいた方がいいとのことだ。マイシスター・雪希。今は独学で歯科衛生士の資格を取るため猛勉強中だ。それでか? 俺の歯を診るときにも何やら小難しい専門用語を並べてたっけ? 普段からしっかりした妹だとは思ってはいたんだが、さすがにここまでとは思ってもみなかった。
実のところ俺も歯医者は苦手だ。あの歯を削る音を聞くだけで背筋が寒くなる。だけど、もっと怖がりなやつがいるんで俺はそれで助かってるって言うかそう言う気分になるわけで…。あの普段やかましい口から先に生まれたような女・進藤でさえ“雷”って言う怖いものがあるしな…。
「わ、わわ、わたしはむ、むむむ、虫歯なんて出来てないよ〜。……る、るんらら〜」
そう言いながら口元を押さえるぽんこつさん。こいつが嘘がつけないのは先刻承知であるので、俺としてはそこがイタズラのしがいがあるし、また可愛いところでもある。何のかんのと言って、俺はこいつと雪希と一緒にいたいだけかもしれない。そう思った。
「じゃあ口を開けて見せてみろよ…」
イジワルくそう言ってやる。もう全泣き状態のぽんこつが俺の顔を恨めしそうに見遣っていた。何のかんのと言いくるめて何とか口を開かせて口の中を覗き込んでいると、“どうしたの? お兄ちゃん” とある意味日和には死刑宣告のような声が聞こえてくる。ふっとその方向を向くと案の定、マイシスター・雪希が嬉しそうに立っていた。去年もそうだったんだが、雪希は“歯は命だからね?” と言ってはばからない。そのせいで日和は去年痛い目をしてしばらく俺の弁当は日の丸弁当になってしまったんだが…。でも何でこうもよりによって絶妙のタイミングで部屋に入ってくるんだ? マイシスターよ…。とは思ったが、俺が日和の口を開けさせてるところを見られてしまったんだからもうダメだ。あとは野となれ山となれ…。ってな具合にシュタッといかにも爽やかに手を上げて、“じゃあ日和、雪希に診てもらえよ?” と言って部屋を出ていこうとする。が、前の教訓からか、がしっと俺の服を掴む手が一本。手の先を見てみると案の定ぽんこつさんが俺の顔を恨めしそうに睨んでいた。
「うわぁぁぁ〜ん、何で今年も虫歯が出来ちゃうのよ〜? うわぁぁぁ〜ん」
「そりゃお前、歯磨きを毎日してないからだろ? って言うか、お前のほうがひどい虫歯なんてな? ってそんな顔で睨んでも怖くなんかねーわい!!」
「ほら、お兄ちゃんもお姉ちゃんも、せっかく予約取ってあげたんだから黙って歩くの…」
マイシスターに連れられて駅前の歯医者へ直行。と言うか何であそこの歯医者は予約がすぐ取れるんだ? 普通だったら2、3日はかかるもんだろ? 不思議だ…。それにしても、日和だ。雪希に診てもらったところ、俺よかよっぽどひどい虫歯があるそうな…。それもこれも自業自得なんだからある意味しようがないと言えばしようがないのではあるが…。
「しようがないってどう言うことなのよ〜、うううぅ〜」
「そうだな? 虫歯が治ったとたんに甘いものばかり食べて歯磨きを怠るからだな…って! ちょっと待て日和? 何で俺の思ってることが分かったんだ?」
そう言うと、涙交じりに俺のほうを恨めしく睨んでくるぽんこつさんは、“だって、お兄ちゃんいっつも独り言呟いてるじゃないのよ〜” と言う。そんなに独り言を呟いてるのか? 俺は…。と前をスキップでもしながら歩くマイシスターに尋ねてみると…。ごくごく当たり前のように、うんと頷いた。今まで自分の性癖に気がつかんかったが、どうやら事実だったらしい。前にも巨大パラボナアンテナ女こと、清香に言われたんだがその時は軽〜く受け流しておいたんだけどな? どこぞの北の町の物語の主人公じゃあるまいし…。はは、ははははははは、はぁ〜。ため息とともにどっと疲れが出てくる俺だった。
マイシスターにいやいや連れられていつもの歯医者に到着する。日和は逃げ出そうとするものの雪希にしっかりと手を握られているため逃げることも出来ず、恨めしそうに俺の顔を睨んでいる。って言うか何で俺なんだ? 今回は俺も被害者なんだぞ? とは思うがこんなことを言うと明日からの俺の食事が非常に味気ないものになってしまうので、その言葉はすんでのところで飲み込んだ。
ニコニコ顔で受け付けを済ませる雪希。その顔が異様に怖かったりする俺たち。このぽんこつでさえ、“いつもの雪希ちゃんに戻ってよ〜” と言ってるんだから相当怖いんだろう。
「まずはお兄ちゃんからだよ? で、その後すぐに日和お姉ちゃんだからね?」
と、俺たちの順番まで決められてしまう。まるで俺たち2人の保護者のようだ。まあ俺の歯はちょっと虫を食ってるだけだから、ちょっと削って詰めれば治るんだが、ぽんこつ日和はそうはいかない。今朝見てみると去年と同じようにがっぽり穴が開いてしまっているんだからな? 今年は雪希も同伴だし、もう諦めるしかない。と、俺の名前を呼ぶ衛生士のお姉さんの声が聞こえてくる。
「はい、口を開けて〜」
とマスク越しに言う先生は去年日和の一件で迷惑をかけた先生だ。あ〜んと口を開けると、キュイーンとドリルの音とともにガリガリ歯を削る音。何だか受け付けが騒がしいが、日和がまた駄々をこねまくってるんだろう。そう思いながら治療を受ける。やがて治療も終わる。最後に先生から歯磨き講習を受け俺の治療は終わりとなった。てくてくと受付へと向かうと、雪希が慌てて飛び込んでくる。“ど、どうしたんだ?” と聞くと、
「ひ、日和お姉ちゃんが、日和お姉ちゃんが脱走しちゃった…。はうぅ〜、私が付いていながら…」
とこう言うとうなだれるマイシスター。あのぽんこつめ〜っ!! 去年に引き続き今年もか〜っ!! 怒スジが頭に浮かんでくる。“とにかく手分けして探すぞ! 雪希!” と言うと、“うん” と大きくうなずくマイシスター。ぽんこつ捕物帳はこうして始まりを見せる。まずは聞き込みからだ。とばかりにそこらへんのおばさんを捕まえてぽんこつの行方を聞く。がもちろん誰も知るはずもない。じゃあ薬屋はどうだろう。あいつ、今治水を買っては歯が痛い時によく塗っていたっけ? 塗っては“もう痛くないよ〜。るんらら〜” とか何とかぽんこつな声をもっとぽんこつにしながら言いやがって!! お、思い出しただけでも腹が立つ!! そう考えながら駅前の大きなチェーン店をくまなく捜索してみたんだがぽんこつは見つからない。
くっそ〜。あのぽんこつへっぽこ日和にしては大胆じゃねーかよ? と思いつつ、捜索を続ける。胸の携帯から電話音が聞こえる。広げて画面を見ると雪希からだった。耳に当てる。
「あっ、お、お兄ちゃん! 日和お姉ちゃんの居所は?」
「いや、こっちは分からん。そっちはどうだ?」
“うん、こっちも…” そう言うとちょっと責任を感じたのか、涙声に変わるマイシスター。と遥か前方に見知った姿が…。あの特徴的なリボンに後ろ髪はぽんこつだ!! スキップしながら歩いてやがるところを見れば間違いはないだろう。しかし、どうする? あれでいてなかなかに足の速い日和だ。俺の足で追いつけるかどうか分かったもんじゃねー。しばし熟考し、マイシスターと挟み撃ちにすることにする。雪希には細い路地で待っていてもらおう。そう思い、雪希に指示を与える俺。さながら刑事ドラマの様相を呈してきた。
捕物帳が始まる。わざと大きな声を出してぽんこつを追いかける。案の定逃げるぽんこつさん。うまく逃げ道をカットしつつ、俺は雪希と待ち合わせておいた路地へと誘い込むことに成功。やがて約束していた路地に逃げ込むぽんこつさん。ふふふっ…。どうやらお縄頂戴のようだぜ? 日和先生よ……。そう思いながらゆっくり近づく俺。向こうのほうからはマイシスターがぷぅ〜っと頬を膨らませつつ日和の方に近づく。
「あ、あわ、あわわわわ…。だ、だってだって…、怖かったんだも〜ん。うわぁぁぁ〜ん。許してよぉ〜。お兄ちゃ〜ん。雪希ちゃ〜ん」
こうしてへっぽこ逃走犯はあえなく御用となった。後で事情聴取に及んだへっぽこは、“進藤さんのところに匿ってもらうつもりだったんだよ〜。うわぁぁぁ〜ん。ごめんなさい〜” と反省の弁を述べていた。
「怖いからって逃げるか? いい歳してよ?」
「は、はっへ〜。ほはひほほはほはひんはほ〜っ? ふ〜っ(だ、だって〜。怖いものは怖いんだよ〜っ? う〜っ)」
「でも今回は日和お姉ちゃんが悪いよ? 歯医者さん、ちょっとムッて来てたみたいだったし…。私もちょっと怒ってるし…」
「ひ、ひははひへほ〜。ふふひへほ〜、ふひは〜ん(い、言わないでよ〜。許してよ〜、雪希ちゃ〜ん)。う、う、うわぁぁぁ〜ん」
去年と同じようにぷぅ〜っと頬を膨らませる日和だが、雪希に言われるとしゅんとなってしまう。これじゃどっちが年上か分からんじゃねーかよ。とツッコミを入れたいがそうしてしまうと明日から俺の弁当が味気ない“日の丸弁当”に変わってしまうことは必至だからその言葉はすんでのところで飲み込んだ。でも雪希の顔を上目遣いに見る顔は子供の頃のままだな? と雪希と気が合ったかのように二人くすくす笑ってしまう。そんな俺たちを見つめるほへっとした顔が何とも印象的な今日4月23日、俺の家の可愛い居候、早坂日和の誕生日だ…。
END