忘れん坊健ちゃん


 今、俺は二人の女の子からぐぐぐ〜っと睨まれている。今日は8月も後半、そろそろと宿題も大詰めになって今頃は大わらわしている状況ではあるのだが、今年はそう言う雰囲気ではなかった。
「健二さん…。私のお誕生日、忘れてしまってたんですか? うううっ…」
「先輩はいつもそうです!! この前の前の私のお誕生日だって忘れてましたもんね〜っ!!」
 と、俺の目の前、ぐすぐすと泣く麻美先輩と涙目になりながら俺の顔をものすごく怖い顔で睨み付ける進藤。って言うか進藤? それって一昨年のことだよなぁ〜。睨みつける目に少々ビビりが入りながらそう聞く。ちなみにここは家の近くの喫茶店。俺たち学生に評判の店だ。最近開店したんだが味がいいしお姉さんがきれいということで人気の店だ。現に今もお姉さんが通り過ぎていくのが見える。その方向を見ていた俺の机をばん! と叩きつける音。びくっ! となって前を見ると、進藤がこれでもかと言うくらいの恐ろしい目をしてこっちを睨んでいた。こ、これじゃあどこぞの三角関係のもつれで、二人の女からどっちを選ぶのか迫られている遊び人の男みたいじゃないかぁ〜!! 他の席のそこかしこからくすくすと笑い合う声が聞こえてきているし…。はあっと深いため息を吐く俺。こう言った。
「だぁ〜、俺が悪かった!! この通り謝るから、泣きべそかくのと俺の顔をぐぐぐと睨むのちょっと止めてくれねーかなぁ〜?」
 机に額が当たるくらいに(と言うかもう当たってるんだけどな?)深々と頭を下げる俺。しかしなぜ俺がこの二人の誕生日を忘れる羽目になったのか…。それを話さなければいけないだろう…。事は7月30日に遡る…。


 ちょうど夏休みに入って10日目。大学の図書館で懐かしい人と出会った。そう2年前の冬、ちょっとしたことから知り合った冬佳先生だ。彼女は俺より2つ年上であるのだが、2年前と変わらず涼しげながら、少々びっくりした顔で“そう…。健二君もここの学生になったのね?” と言いながらくすくす笑う。俺が入れたことが珍しかったのか?…。だとすると大きな勘違いをしてるぞ? “俺はやる時にはやる男なんだからな?” そう言って彼女の顔をじ〜っと睨むと、
「そうだったわね? 君、やる時はがやる男だったわね? ごめんなさい」
 とぺこっと頭を下げてくる。こう素直になられると、こっちとしてもいまいちなので、すぐに話題を変えることにした。って言っても話せるほど話題もないので、冬佳先生の言葉を待つ。と、冬佳先生がはっと何かを思いついたようにこう言ってきた。
「そうそう、健二君。夏休みのこれからの予定は?」
「えっ? え〜っと今のところはないけど…。でもどうしてそんなこと聞くんだ?」
 逆に質問してみた。すると彼女はちょっと照れくさそうにしながら、こう言う。
「あの…ね? 私バイトするんだけど、よかったら健二君もどうかな〜って…。ううん、別に用があるんだったらいいの…。気にしないでちょうだい」
 うーんとしばし熟考。これと言って用事もあるわけじゃなし…。雪希たちは旅行に行って3週間ぐらいは帰ってこない。1つバイトでもして雪希にうまいものでも食べさせてやるか! と思い即OKの返事を出す。今にして思えば何で先輩の誕生日のことを思い出さなかったのか(ついでに進藤も)…。まったく謎だ。しかし請け負ったからにはやるのが俺の真情なので徹底的にやってやろう。そう思った。
 …で結果がこれだ。麻美先輩と進藤の誕生日をすっかり忘れてバイトに精を出してしまっていた俺。気がついたのはこの間、何気なくカレンダーを見たときだった。はっと一瞬顔が青ざめたことを未だに覚えている。今、二人が拗ねた顔なのは言うまでもない事実だ。そう言えばこの前のバイトの帰り、進藤と街中で会ったんだがご機嫌斜めな様子で、ぷいっと俺とは違う方向を向き、ぷぅ〜っと頬を膨らませて行ってしまったよな? いわゆる“反抗期”か? と思い、まあそれもあることだろう…、マイシスターでさえそんな時期があったたんだからと一人合点していたんだが、まさか俺のド忘れが原因だったなんてなぁ〜。…いや、今年は本当に完璧忘れてたし…。今、目の前にある2つの顔を目にするとさすがに悪いなぁ〜と言う気持ちにもなる。う〜ん…。どうしようかと悩んだとき…、ふといいアイデアが浮かんだ。


「美味しそうなお菓子がいっぱいありますね? 神津先輩!」
「おもち…。ありますか? 健二さん……」
「さすがにおもちは…、って! 和風物も置いてるんだな? この店。先輩こっちこっち! こっちにおもち、あるぜ?」
 稀にみるおもち好きな麻美先輩は嬉しそうにおもちの欄を見ている。進藤は進藤でケーキのコーナーでどれを食べようかで悪戦苦闘中だ。ここはバイキング専門店。しかも男なら絶対に行かない甘いもの専門のバイキングだ。現に周りは小さな女の子からオバサンまでこっちのほうを奇異の目で見つめてるし…。やっぱり別のところのほうがよかったか? とは思うものの…。“先輩…、さっきは怒ったりしちゃってすみません。でもここ、一度来てみたかったんですよね?” と珍しく進藤が素直に謝ってくるのを見てまあいいかと思った。でもなぜこんな男がまず入らない店を知っているのかと言うと、前に日和の機嫌を損ねちまって、雪希にいつものごとく怒られて、う〜っと涙目の日和に見つめられてしぶしぶ二人を連れて町を彷徨ってる時に偶然見つけた店がここだった訳なんだが…。まあ資金のほうはアルバイトで貯めた金、全額こっちに使っちまったんで雪希にうまいものを食べさせてやるっていう当初の目的は果たせなかったが、これはこれでいいよな? とも思う。
 そろそろ秋の気配もしてくるそんな夏の終わり…。今年はなぜか余計にそんな感じがする。そんな今日は進藤と先輩の誕生日を忘れた俺の、“ごめん”という気持ちを込めた日。まあ雪希には悪いけど、雪希のことだ。にっこり微笑んで許してくれるだろう。美味しそうに食べる二人を見て少々あきれながらもそう思う、夏休みももうすぐ終わりの頃だ。あっ、今空が光った……。

END