元・家庭教師の甘え方


 今日1月14日は俺の彼女で元・家庭教師の石川冬佳の誕生日だ。元・家庭教師と言っても3年も前のことなのでもうその辺云々はあまりツッコまないでおく。冬佳自身もその辺はあまり触れられたくなさそうにしているので俺も話は極力避けているわけだ。それにしても遅い。もうそろそろ来てもいい頃なのに…、と時計を見ると30分を悠に越えていた。実のところ、今日はこれから高級なレストランでディナーを一緒にしようと約束をしていたんだが…。まあ雪希にはその辺は話しておいたので何の問題もない。しかし待てど暮らせど一向に来る気配がない。何かあったのか? と携帯を取り出して電話をかけてみるものの…。出ない…。こりゃ絶対何かあったと判断した俺は早速彼女のアパートへと向かった。
 ピンポーンと玄関のチャイムを押してみるものの、出ない…。“おーい、冬佳〜。俺だぞ?” と言ってみるものの反応はなし。いつもなら、“こんなところで大声で私の名前を呼ばないで” とむぅ〜っと俺の顔を睨んでくるって言うのに…。何度かそうしているうちに、“そうだった。もしもの時に合鍵を作っておいたんだっけか?” と思い出し、カバンの中を探す。にしても俺のカバンの中ってぐちゃぐちゃだよな? まあ家では雪希がなんでもやってくれているし大学では彼女がやってくれているせいもあってか片付けなんてここのところ全然やってないしな? …ってダメじゃんよ? 俺!! と少々自己嫌悪になりつつも探す。確かこの辺に〜っと思って鍵があるであろう場所を探す。紙切れが出てくる。
「なになに? 可愛い女の子がいっぱいいます。ご連絡はこちらに…、ってこりゃこの前駅前でもらったキャバクラの宣伝広告じゃねーかよ?!」
 ぐしゃっと握りつぶしてもう一度鞄に仕舞うと今度はボケットに突っ込んで探すが見つからない。本格的にヤバくなってきて鞄を隅から隅までまさぐっているとようやくそれらしいものが出てきた。ここまでに要した時間、約10分。カバンの中にはいつ書いたのか知らないレポートや干からびたアンパンやらが次々に出てくる。と言うかこのアンパン去年の11月に買ったもんじゃねーかよ? “どこまで物ぐさなんだ? 俺は!” と一人ゴチながら探しているとそれらしい物体が手の感触に収まった。引き抜いて見てみると案の定彼女の部屋のカギ。ふぅ〜っとため息を一つ。しかし自分でも改めて思うんだがカオスだよな? 俺のカバンの中って…。と心の中で失意前屈型になりつつもがちゃっとロックを解除してきーっと扉を開け、“おーい、冬佳〜?” と呼んでみた。が中はシーンと静まり返っている。一瞬嫌な感覚に襲われる。靴を脱ぎ散らかしたまま部屋の戸を乱雑に開けると…。


 今日1月14日は私の誕生日。しかしながら私は布団の中でゴホゴホ咳をしながら突っ伏していた。今日は彼・健二くんとの大切な約束があるって言うのに…。どうしてこうなったのか私にも分からないけど多分昨日の夜、湯冷めでもしたのだろう。そう思う。熱は測っていないけど多分あるのだろう。頭がやけにボヤ〜っとするから…。と携帯が鳴る。取りに行こうと思ったけど、立って歩く力さえない。今年はインフルエンザやノロウイルスとかも大流行しているって聞いていたので対策は万全にしてきたつもりだったのになぁ〜…。はぁ〜っとため息を一つ。でも連絡だけはちゃんとしておかなくちゃと思いよろよろと立ち上がるものの…、あれ? ぺたんとベットの上、尻餅をついてしまう。動いたせいか前にも増して頭のほうがボヤ〜っとなる私。咳も前にも増してゴホゴホと出る。本格的な風邪だわ…。そう思ってふと前を見ると何だか彼がいるような幻覚さえ見えてくる。おかしいなぁ〜と目を擦り擦り前を見遣る私に…。


「粥が出来たぞ〜。ちょっと熱いから気を付けて食べてくれ…。味のほうは口に合うかどうかは分からんけどな? まあ雪希に教えてもらったから大丈夫だとは思うけど…」
 粥を作って持ってくる。飯は炊飯器の中のを拝借し、タマゴなんかも拝借した。まあ勝手知ったる家ではないが物の置き場くらいは普段の彼女の料理をしている後ろ姿を見ていてなんとなく分かるので、適当に探していい食材(と言ってもタマゴとねぎなんだが)があったのでそれを拝借させてもらった。味をみると俺にしてはうまく出来た感じだ。そう思って寝室のベットの横の箪笥の上にことっと置く。まあ後は薬を〜っと市販の風邪薬を薬棚から探しているとくいっと服を引っ張る感じだ。何だ? と思って振り返るとちょっと俯き加減な彼女が恥ずかしそうにもぞもぞとしながら上目遣いに俺の顔を見つめている。“どうかしたのか?” と聞くと彼女は耳たぶまで真っ赤にしながらこう言った。
「…あの…、あのね? 出来るなら食べさせてほしいなぁ〜って…。だ、だめかな…」
 まあ体が弱ると急に甘えん坊になるのは雪希を見てきたせいで何となく分かってはいたんだが、まさかあの冬佳先生が? と驚かされる。と、“な、何よ? 私が甘えちゃいけないって言うの?” 頬をちょっとだけ膨らませて拗ねた表情になる。何だかいつものポーカーフェイスとは違うもう一つの一面が見られて俺としては嬉しさ半分驚き半分と言った感じだ。と、“早く食べさせて” とでも言わんばかりに口を開けている冬佳。まったくしょうがないなぁ〜っと言いながら俺は彼女の隣に腰かけてふぅふぅとレンゲて粥を掬い彼女の口まで運ぶ。ぱくっとパクつく彼女の顔が何か可愛い。いつもはクールビューティーな感じなのだがこんなところもあるのかと思わされるくらいの可愛らしさだ。ふと先人の言葉を思い出す。“人は体が弱るとふと甘えん坊になる場合がある” と…。今の冬佳が全くそれだろう。まあ今だけはそんな彼女でもいいかな? 普段人に甘えるなんて絶対にしないましてや彼氏である俺にさえも甘えることなんてない彼女なんだし…。とふぅふぅっと熱い粥を冷ましつつそう思う今日1月14日は俺の彼女、石川冬佳の誕生日だ。ディナーはまた今度だな? ははは…。

END