先輩、どうしてなんですか?
 私がせっかく今度の休みに遊びに行こうって誘っているのに…。
 何で? 何で雪希ちゃんにばっかり優しいんですか? 私にばっかり…、冷たくあたるんですか? 私だって…、私だって、先輩と楽しく過ごしたいのに…。


私、泣いちゃいますよ…


「お兄ちゃん、傘持った?」
「ああ。持ったぞ。それより、雪希。時間は大丈夫か?」
「う〜ん。ちょっと走らないと……、ダメかな?…」
「じゃあ、急ぐか……」
 俺たちは、そう言いあって家の玄関を出た。俺の名前は片瀬健二。とある高校の3年生だ。こっちは妹の雪希。俺と同じ高校に通う一つ下の高校2年生…。俺たちは仲のいい兄妹だ。そんな俺たちにも秘密がある…。
 それは、実は雪希は俺の本当の妹ではないということだ。もちろん雪希もそのことは知っている。もう、十数年も昔の話だ…。
「雪希…、お前、最近可愛くなったな…」
 そう言うと雪希をからかってやる。半分は冗談で、半分はマジだ…。いつ頃からだろうか…、妹の仕草に思わず胸がドキッとなるようになったのは…。俺の心を知ってか知らずか、雪希は微笑みながら言う。
「も、もう、お兄ちゃん…。ダメだよ…。日和お姉ちゃん、怒っちゃうよ?…」
「あのぽんこつに俺を怒れるような度胸があるようにはとても思えん!! 手裏剣リボンなら話は別だがな…」
 俺はそう言う。と、俺たちの後ろの方で、情けな〜い声と、怒りに震える声が聞こえた。
「ううううううううう〜。ひどいよぉ〜。けんちゃ〜ん」
「だれが手裏剣リボンですって!! だれがっ!!」
 俺は後ろを振り返る。そこには幼馴染みの毎日ぽんこつな日和と、腐れ縁の胸無しサテライトキャノン清香が立っていた……。
「なんか、今ものすごーく失礼なこと考えてたような気がするわ……」
 清香は、そう言うと俺に怪訝そうな目を向けてくる。やっぱりあのパラボラアンテナには何か秘密があるんじゃねーのか? と、そんなことを思いながら…、俺は言った。
「べ、別にお前が胸無しサテライトキャノンだとか、ちびっこリボン軍総帥だとか、女のかっこうした男だなんて、俺はこれーっぽっちも思ってねえぞ?」
「ふーん…。アンタがアタシのこと、どう思ってんのか、よ〜く分かったわ…」
 清香は怒り爆発寸前だ。額には怒スジが出ていて、体をわなわなと震わし、なおかつ拳を作っているのだから誰が見ても相当に怒っているように見えるものである。例外はいるのだが……、
「清香ちゃ〜ん、どうしたのぉ〜」
 案の定、ぽんこつさんが憤怒の清香にボケボケな質問をしてますよ…。と、これは俺に神が下さったチャンスかも知れない。そう思った俺は、雪希の手を引いて全速力で走り出した。


「こら〜っ。バカ健二〜。待ちなさいよ〜っ!!」
「へっ、待ちなさいよ〜って言って、待つ馬鹿がどこにいるってんだ!! せいぜいそのぽんこつと仲良く遅刻でもしてろってんだ。さあ行くぞ!! 雪希!!」
 俺は、雪希の手を掴んで走り出す。ぽんこつさんとちびっこは「あっ」という顔になったがすぐに追いかけてくる……。と、清香が……。
「こら〜っ。バカ健二〜。待ちなさいってば〜っ!! あのこと、雪希ちゃんに言うわよ〜!!!!」
「待ってよ〜。けんちゃ〜ん!!」
 そう言った…。その後ろからぽんこつが走ってくる。
「お、お兄ちゃん……。あのことって?…………………」
 雪希は、俺の顔を不思議そうに見つめている。俺は、足を止めた。非常にヤヴァイ。こんなことが雪希にでもばれようものなら…(汗)。
 マジでヤヴァイ。マジでヤヴァイ。ヤヴァイ! ヤヴァイ!! ヤヴァイッッッッ!!!
 清香の言ってる「あのこと」とは、以前南山に借りた一冊の本のことだ。あの本のことで俺がどんなに苦労をしているか…。
 例に例えると、清香が俺に頼みごとをするだろ(しかもビックな態度で…)。俺は当然断るわな…。そしたらこれだ(泣)。
 俺様、一生の不覚!! この世に神も仏もねえ!! ということだ。そもそも南山のヤローが、学食一回で清香に俺を売りやがったのが問題なんだっ!! 俺は学食一回の価値しかねーのか?(笑)
 もし、こんなことがあのマシンガンにでも聞かれようものなら…、
「あっ!! 健二先輩、雪希ちゃん。おはようございます。って、雪希ちゃん。どうしたの?」
「さっ、さあね…。あは、あは、あはははは……………」
 って…、聞かれたのか?…。マシンガンのように喋りまくるヤツに…。もしそうだったら俺の人生は終わりだ。ジ・エンドだ…。
 それまで築き上げてきた? 俺様の輝かしい過去と、これからも続くであろう輝かしい未来が音をたてて崩れていく…。その少女・進藤さつきは、マシンガンばりな話し方で妄想を広げていく。
「健二先輩? どうしたんですか? ま、まさか……。修羅場とか? えっちぃ〜本が雪希ちゃんに見つかっちゃって、どういって説明しようかとか、弁明しようだとか、まさにそういう時だったんですね〜。やだな〜。先輩…。私だったらそんなこと、どうだって構わないのに…。あっ、そうだ、先輩! 私に話してくれませんか? その思いのはけを…。こう見えても私、口は硬い方ですし………」
「どこが硬いんだっ!! どこがっ!!」
 そういって俺は進藤の頬を抓ってやる…。こいつは口から産まれたような女だ…。と俺は思っている。
 そのマシンガントークのおかげで俺がどれだけ被害を被ったことか…。すると…、
「はひふふんへふは〜!! ひはひへふぅ(泣)『何するんですか〜!! 痛いですぅ(泣)』」
 非難の目を俺に向けてきていた。ほっぺたがびろ〜んと伸びる。摘んだほっぺたが気持ちよかったり、拗ねたような怒ったような表情が、意外と可愛かったりするのは秘密だ(爆)。
 そこへ、ちびっことぽんこつさんが駆け寄ってきた。
「はぁ。はぁ。や、やっと追いついた…。はぁ。はぁ…。に、逃げ足だけは速いんだから…。全く……」
「ふぅ。ふぅ。ひ、ひどいよぉ〜。けんちゃ〜ん。ぐっすん…。しくしくしく……」
 清香は相当に怒っているようだった。拳を肩まで持ち上げてプルプルと言わしている。おまけに額には怒スジが浮かんでいるんだから当然だ……。
 巨大パラボラアンテナみたいなリボンがぷるぷると揺れていた…。
 って、こんなことしてる場合じゃなかったんだ。俺は再び雪希と、近くにいたぽんこつの手を取ると……、
「へっ! 清香!! 進藤!! お前ら2人でお笑いコンビでも結成しろってんだ!! じゃあな!!!」
 そう言って、校門へと向かった。
「こらぁ〜!! バカ健二〜!! 待ちなさいよぉ〜〜〜〜!!」
「あっ!! 先輩!! 待ってくださいよぉ〜!!」
 パラボナアンテナとマシンガンが、何か言ってるが気にしないことにする。俺はスピードを速めた。
「お、お兄ちゃ〜ん……。そんな急に走ったら日和お姉ちゃんがっ…」
「わあ! けんちゃ〜ん。そんな急に走らないでよぉ〜。わっ、ス、スカートが〜っ!!」
 マイシスターとぽんこつが何かごちゃごちゃ言ってるが…、無視だ、無視…。俺は学校の方に走っていく。清香と進藤は途中まで追いかけてきていたが、運動不足も祟ってか…、途中で力尽きた。悔しそうに俺たちの走っていった方を見つめる二人がいた…。


 教室に入って、俺は南山の頭を一発はたいてやった。それから間もなく先生が入ってくる。南山は俺の顔を見ながら口パクで文句を言っていた。そんなことは知らん!(笑)
 で、休み時間……。俺が教室で欠伸をかいていると、例の如くマシンガンがやってきた。進藤は俺の顔を睨みつけ、
「酷いですよっ! 先輩!! 私をあんな風に置き去りにするなんて!! …私のこと、愛してないんですか? 私は先輩のこと、愛してるのに…。好きなのに…。う〜っ! もういいですっ! こうなったら、あのこと、雪希ちゃんに言いますよっ!! ふっふっふっ、先輩…。雪希ちゃんにばれたらどうなるんでしょうね〜? 『妹の……』 ふふふっ…。あっ、でも〜、もし言われたくなかったらぁ、私と今度の日曜日、遊園地でデートしてくださいっ!」
 一瞬血の気が引く俺…。なっ! なぬ〜っ!! で、でで、ででででえとだぁ〜っ? このマシンガンと? くっ! 清香のヤロ〜。よりによってマシンガンに言うとはな…。
 進藤も進藤だ! こんな公衆の面前でこんなことを言うなんてよぉ〜。
 見ろ…、みんなくすくす笑ってるじゃねえか……。こうなったら、このマシンガンに記憶を消してもらうまでだっ! 俺はそう思い、進藤の元へといく。と、ここで俺は考える。
 さすがにここで延髄チョップは厳しい。こいつの介護役がいるな…。
 そう思い、進藤の手を引いて雪希の教室に移動した。
「先輩? どこに連れて行くんですか? あっ、もしかして…、日の当たらないような暗い教室に連れ込んで…」
「だあーっ!! うるせーっ! 黙ってついて来いっ!!!」
 進藤は一人で喋りまくる…。こいつの脳みその中はいったいどうなってるんだ? 全く…。と、雪希の教室が見えてきた。よし、ここでいいだろう…。俺は進藤に向かって言う……。
「進藤…、ちょっと来い………」
 俺の次の行動を察知したのか、進藤は俺から離れている。俺は努めて平静を装った。
「先輩…、ひょっとして……。延髄チョップでもして私の記憶を消そうとか、そんなこと考えてるんじゃないでしょうね? いやですよ!! 私は!!」
 読まれていた…。
 ちくしょ〜!! 進藤のくせに生意気だっ!! とは思ったがここは平常心で望まなければならない。もしここで心を乱せば、俺の負けだ…。俺は努めて平静を保ちつつこう言う…。
「そんなんじゃねえって…。デートの話だ…」
「えっ? そうなんですか? やったぁ!!」
 俺がそう言うと進藤は途端に顔をほころばせ、すたすたと俺の方へと歩いてくる…。バカめっ!! 俺が素直にお前の言うことを聞くとでも思ったか!!
 嬉しそうに駆け寄ってきた進藤…。うっ…。その嬉しそうな笑顔に罪悪感が沸いてくる…。
 が、致し方ない。俺は自分に言い聞かせる。こいつももう少し大人しければ結構可愛いのによ…。そう思いながら……、
 とすっ……。
 例の如く、延髄チョップをお見舞いしてやった。案の定、進藤は……、
「先輩……。ひ…どい……。がくっ。ぷる、ぷるぷるぷるぷるぷる……」
 涙を浮かべて沈黙した。罪悪感が残ったが、仕方がない……。俺はこいつには恋愛感情は持っていない…。いや、持てないといった方が正解だろう…。
 強いて言えば、俺の生活に茶々を入れてくる、小うるさい後輩の女の子というだけだった…。
 もう少し大人しければこいつも結構可愛いのによ…。倒れ込んでいる進藤を見ながらそう思った。……ま、まあ、後は雪希にでも任せよう…。
「おーい、雪希…。こいつのこと、頼むぜ…」
 進藤は倒れていた。罪悪感が残ったが仕方がない。仕方がないんだ。そう自分に言い聞かせる。俺は雪希に進藤の面倒を任して、その場を後にした…。
 俺が、階段を降りかけたとき、遠くから雪希の声が聞こえてきた……。
「えっ? おっ、お兄ちゃん? なに? ……って、わあっ!! し、進藤さんがっ?!」


 昼休み、雪希が俺の弁当を持ってやってきた。
 と言う事は、あいつも?…。とは思ったが、進藤はいなかった。
「雪希。お前…、今日は進藤は?…」
「うん…。進藤さん、何だか元気がないみたいで早退しちゃった…。進藤さん本人は風邪だって言ってたみたいだったけど…。進藤さん、ここ最近元気がないみたいだったから…。まあ、無理に元気を装ってたところはあったけどね……。それと、お休み時間…。進藤さんに延髄チョップしたの、お兄ちゃんでしょ? もう!! だめだよ、お兄ちゃん……。女の子にあんなことしちゃ……」
 雪希はそう言うとちょっと拗ねたような怒ったような表情で俺を見ている。
「ああ……、すまん……。これから気をつけるぜ……」
 俺は雪希にそう謝った。進藤の笑顔を思い出す。と、それは俺の心の中の強い罪悪感を引き起こす要因となった。無理に元気を装ってた? 進藤が? そう考えるとそうかもしれないな…。
 俺はそう思うのだった…。今日の帰りでもあいつの家に寄ってみるか…。
 その時の俺は、そう安易に考えていた……。


 私は一人帰っていた。風邪と言うのは仮病…。雪希ちゃんに心配させたくない。そう思ったからだ…。家に帰っても何もすることもない私は、ベンチに腰掛けている。ふと先輩のことが頭に浮かんでくる…。
 先輩はやっぱり雪希ちゃんみたいな女の子の方が好きなんだろうか? 私と先輩とでは不釣合いなんだろうか…。そう考えながら腰掛けている…。
 夕方…、私は帰ろうと思いベンチから腰を上げる。兄妹なんだろか…。ふと私の横を子供たちが通り過ぎていった。
 …と、女の子の方が突然転んでしまう。男の子の方は心配そうな表情で転んだ女の子の方へ駆け寄り……、
「だ、大丈夫? 可憐…。起きれるかい?…」
 そう言って手を差し出す。女の子はえへっと微笑みながら……、
「うん…。ごめんね…、お兄ちゃん……」
 そう言って、男の子の差し出した手をしっかり握って立ち上がると、またどこかへと消えていった…。私はなんだか寂しい気持ちでいっぱいだった。
 仲良さそうに手を繋いで歩いていく二人を見ていると、まるで先輩と雪希ちゃんを見ているようで…。自分だけが遠い国に飛ばされたようで…。
 ふと、頬を触ってみる…。濡れていた。知らず知らずのうちに私は泣いていた。あの駈けていった二人が羨ましかったんだと思った…。私にも双子のお姉ちゃんがいる。
 でも私のお姉ちゃんは、遠くの高校に行っている。帰って来るのは夏休みか冬休みくらい…。
 お父さんもお母さんも働いている。だから私はいつも一人ぼっち…。家に帰って、お母さんが朝用意してくれたご飯を食べて…、一人、部屋にぽつんと佇んでいる。そんな日の繰り返し…。
 悲しかった。布団の中で何度泣いたか分からない…。
 だから私は、雪希ちゃんたちが羨ましかった。仲のいい二人の中に、私も混ぜて欲しかった。寂しくて仕方がなかった…。優しいお兄ちゃんと、そんなお兄ちゃんを心から慕う妹…。
 私は見るに耐えかねて走り出そうとする。と、誰かが私の手を掴んだ…。
「……待て…、進藤…」
「せん……ぱい……」
 掴んだ手の先を見てみると健二先輩だった…。私は驚いたように…。
「先輩…。何でここにいるんですか?!」
「…い、いや…。少し、その…。気になって……な…」
 本当はとても嬉しいはずなのに…。先輩が私のことを心配してくれているのに…。それなのに私は…、
「うそ!! うそですっ!! 先輩が私のことを「気になる」なんて言うはずがありませんっ!! いつも私のこと…、邪険にしてるくせにっ! またどうせ雪希ちゃんにでも言われたんでしょう? 「進藤さんが可哀想だよ…」とかって…。もういいです。先輩は雪希ちゃんと仲良くしてください…。私なんか……、私なんか……」
 そう言ってしまった……。先輩は少し驚いたみたいだった。それでも私の手はしっかりと掴んでいる。
 私は逃げ出したかった。ここにいるのが嫌だった。先輩の顔を見るのがつらかった…。でも先輩は私の手を掴んで放さない…。
「放して!! 放してください!! 私は一人がいいんですっ!!」
 だっ……。
 先輩の手を何とか振り切り、走って逃げた。

“雪希ちゃんと仲良くしてください…”
“私は一人がいいんですっ!!”

 全部、嘘…。本当は嬉しかった。先輩が私のことを心配してくれている。
 例えそれが雪希ちゃんに言われたとしても…、嬉しかったはずなのに…、本当は先輩に飛びつきたいはずなのに…。私は走っていた。途中で躓きそうになった。
 でも、走った。頬に一筋の雫が伝って流れ…、そして落ちた…。


 進藤が走って逃げた後を俺は追うことが出来なかった。いつもの進藤の様子とは違っていたからだ…。
 夜、雪希に俺は今日のことを話した。そして進藤のことを詳しく聞いた。
 雪希は、ちょっと怒ったように言う。
「もう! お兄ちゃんが悪いんだよ。私も明日、進藤さんに謝っておくけど…。お兄ちゃんからも謝っておいてね…」
「ああ……、分かった……」
 進藤には双子の姉がいるらしい。その姉はどこか遠いところの高校に行っているようだった。で、進藤の親父さんとおふくろさんは共働きで夜遅くにしか帰って来ないということ…。
 何で進藤が俺にちょっかいをかけてくるのかが分かったような気がした…。
 あいつは寂しかったんだ…。寂しいから喋ってわざと寂しさを忘れようとしていたんだ。いつも俺にちょっかいをかけていたんだ……。そう思うと胸の奥の罪悪感が膨らむ。
 と、同時に自分で自分を殴りたくなった。…悪いことをした。本当に悪いことをした…。そう思った。
  と同時に激しい自己嫌悪に陥る。何で俺は、こうも人を傷つけることばかり言ってしまうんだろうと…。そう思った……。
 あいつは明日、学校に来るのだろうか…。いや、来てくれないと俺が困る。俺は彼女に謝らなければいけない。そう思いながら俺は眠りに着いた。
 次の日、雪希と一緒に学校へ向かう。いつものところで清香たちと出会い、学校へ向かうが…。進藤は来なかった。
 次の日も、また次の日も進藤は来なかった。四日経ち…、五日経ち…、とうとう進藤が学校を休むようになってから一週間が経っていた。
 原因は俺だろうな…。畜生っ!! 今まで進藤さつきという少女を軽率に扱ってきたことが悔やまれて、そんな自分に腹が立った…。
 放課後……、俺は進藤の家に行ってみることにした。雪希も一緒に行くといっていたが、さすがにそれはまずい。
 あのときの涙の意味が分かった俺には、雪希を一緒に連れて行くことはできない。雪希を連れて行けば、あいつをもっと苦しめることになる。
 それに、俺はあいつに謝らなければいけない。謝ってもあいつのことだ。許してはくれないだろう。でも俺は…、一言謝りたかった…。雪希も分かってくれたようだ…。
「ちゃんと、進藤さんに謝っておいてね…」
 雪希は笑顔でそう言った。雪希から進藤の家の住所を聞いて、進藤の家へと向かう。坂道を登っていくと、夕日が影法師を伸ばしていった。坂道を乗り切ったところ…。進藤の家はあった。
 ピンポーン、とチャイムを押す。しばらくして、ドア越しに覗かせる見慣れた顔…。いや、一週間も見てないから懐かしい顔だった。びっくりしたように、俺の顔を見つめると…。
 ばたんっ!!!!
 ドアを閉めてしまった…。あっ、となった。進藤はドア越しに言う……。
「何で? 何で私の家に来たんですか? 先輩……。……帰って…。帰ってください!! 先輩はどうせ雪希ちゃんに言われてここに来たんでしょ? 私なんか…、私なんかただの小うるさい後輩にしか思ってないんでしょ?!」
 涙声で言う進藤。俺はそんなに彼女を追い込んでいたのか? そう思った…。
 俺は進藤が閉めたドア越しに言う。
「進藤……。俺は一つ気が付いたことがある…。それは、お前がいないと寂しいことだ…。口うるさいやつがいないと、どうも気が落ちつかねーんだよ…。どうも調子が狂っちまうんだよ…。だから、だから……」
「うそ!! うそですっ!! 私のこと、ただの小うるさい後輩にしか思ってないくせにっ!! 今までだって、そうだったじゃないですかっ? 急に優しくされたって、そんなの…、そんなの信じられませんっ! もう、一人にさせてください!!…」
 そう言うと進藤の声は聞こえなくなってしまった。
 俺はその場に、ただ呆然と佇むことしか出来なかった……。


 階段を上がる…。部屋の扉を開ける。きぃ〜っと扉は唸って独りでに閉まった。
 ベッドに横たわる。何であんなことを言ってしまったんだろうと、自分自身で後悔してしまう…。本当は、とても嬉しかったはずなのに…。先輩が私のことを心配してくれたのに…。私は…。
 また、私の目から涙が溢れた…。
 夜…。今日も私は一人ぼっち…。いつものこと…。と思った。でも、この一週間は違う。健二先輩のことで頭がいっぱいだった……。自分への後悔で胸が張り裂けそうだった。
 トゥルルルルル…、トゥルルルルル…、トゥルルルルル…。
 電話がかかってきた。ディスプレイを見ると、お姉ちゃんからだった。
「もしもし…、あっ、さつきちゃん」
「うん……」
「ど、どうしたの? いつもは電話口で私が喋られないくらいお喋りするのに……。さつきちゃん、何かあったの?」
「えっ? あ、ああ…。何でもないよ……。そ、それよりお姉ちゃん。今日はどうしたの?」
 私はそう言って、話をはぐらかそうとする。
 でも、やっぱりここは一卵性の双子…。分かってしまうみたいだった…。
「やっぱり何かあったんだね…。さつきちゃん…」
 優しくお姉ちゃんはそう言う。私は黙っていた。お姉ちゃんは言う…。
「昔からそうだったもんね…。さつきちゃん。普段はお父さんたちがもう喋るなっていってもお喋りしてるのに、何か悩み事があるとお喋りが止まってしまうんだよ……。お父さんたちが心配してたもんねー。“さつきはどうしたんだ?”って…。うふふっ…。……ねえ、さつきちゃん…。聞かせてくれない?」
 やっぱりお姉ちゃんにはかなわないな…。私はそう思った。だから……、
「……うん」
 そう言って今までのことをすべて話した。
 健二先輩のこと。先輩のことを好きな自分のこと。でもあの日のことで先輩を信じられなくなったこと。私自身も信じられなくなったこと。今日、先輩を追い返したこと……。そして、心の中にある暗い霧…。後悔……。
 すべてお姉ちゃんに話した…。
「そう……。でもね、さつきちゃん。勇気を持たなきゃ…。後悔は誰にでもあることなんだよ? その健二先輩っていう人だって、さつきちゃんを傷付けてしまったって後悔してると思うよ…。絶対、後悔してると思う…。なんだか分からないけど、そう思うんだ…。それにさつきちゃんは元気でなくちゃ! みんなを明るくさせる元気いっぱいのさつきちゃんでなくっちゃ…。元気いっぱいのさつきちゃんでなくっちゃだめっ!!! だめなんだよ…。それに自分に後悔しないようにしなくちゃ…。そう…、私みたいに…、ね……
 最後の方は聞こえなかった…。なんて言ったのかな? ……まあ、いいか…。
 私はそう思った。お姉ちゃんの言うことは、必ずといっていいほど当たる。晩御飯のおかずとか、なくしたものとか、必ずお姉ちゃんが言ったとおりになったり、言ってたところにあったな…。
「うん……、そうだね……」
 やっぱり、お姉ちゃんがいて良かったな…。私はそう思った。
 それから、お父さんやお母さんのこと、お姉ちゃんの学校のこと、私の学校のことなどを話した。話してるうちに、何だが元気が出てきたみたいだ…。お姉ちゃんが電話越しに言う…。
「うん、元に戻ったね…。さつきちゃん。じゃあ、お父さんとお母さんによろしく言っておいてね…。じゃあね…」
 そう言って、電話は切れた。受話器を静かに置く。
 ふと、時計を見た。7時半…。まだ、大丈夫かな?…。そう思い、また受話器を手に取る。震える手でボタンを押していく。しばらくして…、トゥルルルルル…、と呼び出し音が聞こえた……。


 俺は、部屋にいた。天井を見上げる。考えることは進藤のことばかりだった。寂しかったんだんだな…。あいつ…。俺は改めて自分が今までしてきたことを悔いた。
 あいつは明日来るだろうか…。…来なけりゃ自分で行くまでだ。でも、それがあいつを苦しめることになるかもしれない…。
 そんなことを頭の中をぐるぐる駆け回っていた。
 トゥルルルルル…。
 電話が鳴っている。雪希が出たようだ…。話し声が聞こえている。しばらくして電話は切れたようだ…。と雪希が階段を駆け上がってくる音が聞こえた。そして……。
 がちゃ……。
「お兄ちゃん!! 進藤さんから電話だよ!! 公園で待ってるって……」


 俺は急いだ…。これを逃してしまうと、もうあいつに一生会えないような気がしたからだ…。息も絶え絶えに公園へとやって来る。
 夜の公園…、辺りはひっそりと静まり返って今は遠くに聞こえる車の音だけが響いていた…。そんな中、俺は進藤の姿を探した…。そして……、
「はぁ、はぁ……。し、進藤……」
「先輩…」
 街路灯のついたベンチにあいつはいた…。穏やかに微笑みながら……。
「し、進藤……。すまなかった。俺、お前のこと、何も知らなくて…。お前…、寂しかったんだな…。寂しくて…、それで俺にちょっかいかけてたんだな…。それなのに……。俺は、お前に酷いことばかりやってたんだな…。すまなかった……。進藤……」
 俺はそう言って頭を下げる。だが進藤は……。
「もういいんですよ…。健二先輩…。私もちょっと強引なところもありましたし…。そのかわりと言ってはなんですが…、今週の日曜日…。改めて私とテートしてください。それで…、今までのことはチャラにしてあげます…」
「ああ。いいぜ…。って、お、お前…。怒ってねーのか?」
「だから言ったじゃないですか…。『もういいんですよ…』って…。もう私は怒ってないです。でも先輩がこれから私のことを邪険に扱うようでしたら、そのときは覚悟しておいて下さいね……。ふふふっ……」
 笑って言う進藤…。俺はその笑顔が純粋に可愛いと思った。気がつくと俺は進藤を抱きしめていた。とっさのことで驚いたのか、進藤は………。
「あっ、せ、先輩……」
「何も言うな!! 何も言わずに、今はただ、俺の気の済むようにやらせてくれ……。頼む……」
「……」
 ぎゅっ……。
 進藤は何も言わずに俺の背中に手を回した。マシンガンばりに喋る彼女。でもその奥に、人には言えない寂しさがあったんだな…。
 そんな彼女を…、進藤さつきを…、俺はちょっとだけ好きになった…。


「さあ、先輩。今日はとことん私に付き合ってもらいますよーっ!! まずは映画館で甘く切ないラブストーリーを見て、それから公園でお昼ご飯を食べるでしょう?…。…それから遊園地に行って…。いろんなアトラクションをまわって…。最後は観覧車に乗って……。うふふっ……」
「付き合いきれん…。別行動だ。お前一人で行け……。じゃあな…」
「あっ! ちょ、ちょっと先輩!! 待ってくださいよ〜!!」
「やーだねっ。そんなについて来て欲しかったら、俺を捕まえるこったなぁ〜。ほーら、さつきちゃん、こっちでちゅよ〜。って、はははっ……」
「もう!!! 先輩!! 怒りましたよ〜!!」
 いつもの日曜日…。でも、ちょっとだけ違う日曜日。俺と進藤、二人の距離が近づいた…。
 俺は進藤さつきと言う少女のことをあまり知らない。だが、これからだ…。知らないところはこれから見つけ出していけばいい。まだ時間はたっぷりある。たっぷりあるんだ…。
 俺はそう思った。ふと、上を見上げる…。俺たちの通った道の両端には桜の花が蕾を膨らませ、今にも咲こうかとしていた…。

END