マイシスター、風邪を引く
「う〜っ…。嫌だよ〜。注射するのは…。ごほっ、ごほっ」
「ダメだよ〜、雪希ちゃん。こう言うのは早め早めの治療が大切なんだから〜。ってほらぁ〜、咳も出てるし…」
今日5月7日は俺の大切な義妹・雪希の誕生日だ。だけど今俺は近くの小さな内科のクリニックに来ている。と言うのも、マイシスターが風邪を引いてしまったわけで…。熱を計ってみたところが、38.5度。完璧な風邪だ。すべては最近の天候不順のせい。寒暖の差も激しかったしな? それでだろう。俺はまあ大丈夫だったわけだが…。清香の言うところが、“馬鹿は風邪引かないわね〜”だそうだ。こ、こいつめ! とは思ったが、言ってしまえば俺の明日からの弁当が梅干1個にされてしまうのがオチなので言うわけにもいかず…。全くもって不愉快この上ない。とその張本人である我が家のぽんこつ居候・日和は嬉しそうに嫌がる雪希の手を引いて、クリニックへと向かっていた。まあこの間は俺と雪希に歯医者に連れてかれて相当痛い目を見た日和。そのせいか俺の弁当は翌日、味気ない日の丸弁当に変わっていた。当然雪希の弁当も同じような感じだったと聞いている。まあそれはそれでもう終わったことだからいいんだ。うん。
それにしても、マイシスター…。歯医者は平気のへってな感じなのになんで内科は嫌なんだ? と言うか注射だっけ? ああ、そう言えば子供の頃からだっけか…。予防接種と聞くだけで逃げて机の下に潜り込んでぶるぶる震えてたっけ…。しかしなぁ〜。高校生にもなって注射が怖いとはなぁ〜。隣のへっぽこじゃあるまいし…。
「お兄ちゃんがまたわたしのこと“へっぽこ”って言ったよ〜。うわぁぁぁ〜ん」
読心術でも身につけたのか隣のぽんこつはこう言うと泣き出す。って言うかいつもの癖で喋っちまったんだな? 俺…。と、つられるかのようにマイシスターも“注射はやめてよ〜。お薬で治るんだから〜” と日和と同じような声を出している。いつもは落ち着いている我が義妹ながら、ああいう声も出るのかと驚いたくらいの声だった。と言うか雪希が注射が嫌いだなんてな? そう思ってると…。
「お兄ちゃんは知らなくて当然だよ〜。だって今までお薬で治してたんだからね? それなのに〜」
そう言うとぽんこつさんや俺の顔を恨めしそうに睨むマイシスター。こんな顔は滅多にお目にかかれないので俺としてはカメラに撮って額に飾りたいくらいなんだが、こんなことをすると一生口を聞いてくれない気がするのでそれは封印することにした。
「まあ、何だ。風邪が酷くなって肺炎にでもなったらそれこそ一大事なんだし…。それにお前に倒れられたらこのぽんこつの面倒は誰が見るんだ?」
そう言って茶化す俺。日和は“わたしはぽんこつじゃないよ〜。お兄ちゃんのバカぁ〜。もう明日から梅干1個なんだから〜” とある意味俺に死刑宣告なことを言っている。でも雪希に倒れられると大変だ。この間も1週間ほど寝込んだことがあったが、あのときほど大変なことはなかった。あの口から先に生まれたような女で雪希の親友だと自称する進藤がうちにきて、ああでもないこうでもないといつものように喋りまくった挙句、泊まるとか何とか言い出して…。当然我が家の居候のことは俺と雪希だけしか知らず…。進藤に言おうものなら、噂が広がって大変なことになりそうな気がするので、いつもの延髄チョップで黙らせたんだが…。後で雪希に怒られたことは言うまでもない。
「だ、だけど…。怖いものは怖いの…。ねえ? お兄ちゃん、今日はお薬買って帰ろうよ〜。静かに寝ていてれば治るんだし〜」
「だめだよぉ〜。雪希ちゃん。こう言うのは早めにお医者さんに行って注射の1本でも打ってもらわないと治らないんだから〜」
いつもの歯医者のときとは全く逆の展開にちょっとぷっと吹き出してしまう。途端にぷぅ〜っと頬を膨らませるマイシスター。多分俺の考えてる事が分かったんだろう。そう思って雪希とは逆の方向を見てみると、とっても嬉しそうだった。それは恐ろしいほどににこやかであり、かつ、爽やかで…。歌でも歌いだそうかというくらい嬉しそうだったと今日の日記にでも書いておこう。
何のかんのと雪希を説得してやっとこさ小雨の中、いつも利用しているクリニックの前に到着。ここまで要した時間、約1時間。ふう〜、疲れる。でも膨れっ面の義妹の顔なんてそうそうお目にかかれないので俺としてはちょっと得した気分だったりする。涙目になりながら俺や日和の顔を上目遣いに見るマイシスター。日和は“るんらら〜”とでも言わんばかりなにこにこ顔で、雪希の手をぎゅっと握りしめていた。“お前みたいに逃げ出したりはしないから放してやったらどうだ?” とは言うものの、ぽんこつさんは放そうとはしない。逆に今までよりも増してぎゅっと握りしめてやがるし…。顔を見ればう〜っと俺の顔を睨んでいた。はぁ〜…。やっぱり明日から日の丸弁当確定だな? そう思った。受け付けを済ませて、順番を待つ頃にはもう5時を回っていた。
“片瀬様、片瀬雪希様…”
やがてマイシスターの番になる。看護師のお姉さんの呼ぶ声が雪希には非常に怖く思えたんだろうか…、まるで死刑になった囚人が執行台に上るかのようにとぼとぼ歩く雪希。対して足取りも軽やかな日和。歯医者の時とは全く逆な展開に正直ちょっと心の中で笑ってしまった。まあ最近の内科は薬のほうを多めに出すから、雪希が嫌がっている注射は余程のことでもない限りしないとは思うんだけどな? そう思って診察室に入る2人を見送った。そして……。
「ああ〜、お薬だけで本当に良かったよ〜」
「う〜っ、何だか結局わたしだけが痛い目に遭ってるような気がするよ〜…。ぐっすん。しくしくしく…」
俺の思ったとおり雪希は薬を出されただけで難を逃れた。まあ約1名何やら恨めしそうにぶつぶつと呟いている奴もいるんだが、気にすることはないだろう。雪希とはもともと姉妹みたいな関係だしな? そう思って前を見ると、もう仲直りしたのかにこにこ微笑んでる義妹と居候の姿があった。これで一件落着ってところか…。ため息を吐きつつそう思ってると、“お兄ちゃ〜ん、これから雪希ちゃんのバースデーケーキ買いに行くから付き合って〜” といつものぽんこつな声が聞こえてくる。はぁ〜っとまた盛大なため息を吐きつつも内心嬉しかったりする俺はこう言った。
「おう、今行くぜ」
ってな? プレゼントは買ってないけど明後日くらいに3人で買いに行くか…。もちろんマイシスターの風邪が治ったらの話だけどな? そう思いながら小雨に煙る中待ってる2人の後を追いかける今日5月7日は、可愛い俺の義妹・片瀬雪希の誕生日だ…。
END