渚のマーメイド
「先輩はいつもいつも忘れすぎです!! だいたいこの前私が“14日は私の誕生日なんですよ? 去年も一昨年もその前もず〜っとず〜っと忘れている健二先輩はよく頭に叩き込んでおいてください!!”って言ったはずです! それなのにまた今年も忘れ去られるなんて…」
今日8月14日は俺の1つ後輩で雪希の親友? であり一応俺の彼女? な進藤の誕生日なわけで…。でも俺はこいつの誕生日だっていうことはすっかり忘れていて、今マシンガンのようないつもの喋り口で文句を言われている。はぁ〜っとため息を一つ。夏休みということもあってかついつい進藤の誕生日は忘れてしまう俺。去年は去年で家まで押しかけてきて文句を言われ、挙句の果てに俺が怪奇特集のテレビを見ている途中で進藤が怖がり帰りたくないとか何とか言い出して、日和の家に連れて行こうと思ってると雷が鳴り始めて、それで……。ぷぷっ。思わず笑っちまった。
「なっ? 何を思い出し笑いなんてしてるんですか? しかも“ぷぷっ”ってな笑い声を出したりなんかして…。怪しいです、先輩…」
「べ、別に怪しくないわい!! お前が雷が怖くて日和みたいにぽんこつな声を出しながら座布団頭から被ってぶるぶる震えてた事を思い出しちまったなんて、これ〜っぽっちもねえんだぞ? って!」
頬をぷぅ〜っと膨らませてしかも上目遣いに睨む進藤。睨む目が痛い。まるでどこぞの執事の孫娘のように唇をぷるぷる言わせながら俺の顔をギロリと睨みつけてくる進藤。“こ、怖すぎるぞ! その顔。まるでどこぞの恐怖映画の怖い幽霊女のようだぜ…” とは思ったがここでこんなことを言ってしまうと取り返しのつかないことになりそうなので、謝ることにする。でもただ謝ったんじゃ面白くないよな…。さてどうするか…。高飛車に謝ってみるって言うのは、こいつの性格上さらに関係を悪化させることは明白だし、可愛く謝ってみるって言うのも露骨に嫌な顔をされて、“先輩がやってもぜんっぜん可愛くありません!!”って言われるのがオチだ。かと言って土下座なんてしようものなら俺のプライドはずたずたになるし、この口から先に生まれたような女に何を言われるか分かったもんじゃない。さてどうしたものか…。う〜む、悩む。考えている間にも時間は刻々と流れている。ええい、悩んでても切りがねえ!! 進藤の手をむんずと鷲掴みに掴むと歩き出す。
「せ、先輩? ちょっと痛、痛いですよぅ〜」
「黙って歩け! 黙って!! …お、俺だって恥ずかしいんだからな?」
「えっ? 先輩。今なんて言いました?」
ぽっと顔を赤らめながらそう言う進藤。ちっ! 聞こえてやがったか…。“何でもねえ!” そう言うと前にも増して早足で歩く俺。“わ、わわっ。そ、そんなに早足で歩かないで下さいよ〜!!” そう言いながらも嬉しそうに早足の俺についてくる進藤。さて歩くのはいいがこの後の行動を全く考えてなかったぜ。この時間行けそうな場所といえば…、やっぱりプールか? そう思い進藤の手を引き家へと一旦帰る。ちなみに雪希は今朝から麻美先輩と清香とおまけの日和と一緒にキャンプに行っていて留守だ。どうせなら進藤も一緒に連れて行ってくれーとは思ったんだが……。
「だめだよ? お兄ちゃん…。今日はお兄ちゃんの大切な人のお誕生日なんだから一緒にいてあげないと……」
と笑顔で言われてしまった。うううっ、このにっこり笑顔には何も反論できねえ。さすがは俺の義妹だ。俺の弱点も知ってやがる。って言うか何で俺の考えてることが分かったんだ? そう聞くと、
「うふふふふぅ〜、内緒だよ?」
そう言うと人指し指を口のところへ持っていきウインクを一つする我が義妹。その顔はどことなしか楽しそうだった。満面の笑みの我が義妹。その顔を見てると何だか無性に悔しかった。そうこうしてるうちに俺の家に到着…、って帰ってきただけなんだが…。進藤にもプールに行く旨を伝えて水着を取ってこさせる。家の中を物色する。確かこの辺に…っとあった。玄関を出ると、もう自分の水着を取って来たのかにこにこ顔で進藤は立っていた。
「じゃあ改めて行きましょ? せ〜んぱい」
ぎゅっと俺の手に体を摺り寄せてくる進藤。先刻までのぶす〜っとした顔はどこへやら、にこにこ顔でやたらにハイテンションなマシンガントークを炸裂させている。“この間雪希ちゃんと新しい水着を買いに行ったんですよ〜。それを今日持ってきたんで楽しみに待っててくださいね? 先輩” と進藤。まあちびっ子清香ならともかく、プロポーション的には日和や雪希とどっこいどっこいな進藤だからな? 性格的にはお子ちゃまな日和と同じように、いや、それ以上に難がありすぎるんだけど?…。
電車に乗って約10分弱。でっかいドーム型の屋根が見えてくる。駅を降りるとすぐ間近だ。入場券を買って中に入り早速更衣室に入る。男って言うのはある意味簡単だ。ぱ〜っと脱いでぱ〜っと穿けばそれでいいんだからな? 女はそうはいかんだろうが…。ここは最近出来た波の出るプールなんだそうだが波の出るプールは全国各地にあるのでそれほど珍しくもない。現にこの前俺の知ってるメンバー全員でこことは違うが波の出るプールに行ったしな? そう考えながらあたりを見渡す。まあ、どこもかしこも人、人、人だ。こりゃ迷子になりそうだな? そう思って待ってると、
「お待たせしました〜っ!! じゃじゃ〜ん。渚のマーメイドの登場ですよ〜!!」
「うおっ!! ぬ、ぬ、ぬぬぬ布地がねえっ!!」
今流行り? のマイクロビキニに身を包んだ進藤が立っていた。思わずぎょぎょぎょっ! となる。悩殺ポーズをとって俺にわざと見せつける進藤。紐で結んだ腰のラインが〜! 結構ボリュームがある胸の谷間が〜っ!! あ、あかん。鼻血が……。などと考えてふと思った。も、も、ももももしかして雪希もこんなのを買ったのか? と…。雪希も進藤にそそのかされていることがよくある。っていうか俺の義妹をそそのかすたぁいい度胸じゃねーか。ああんっ?! もしそうだったら、この女ぁ〜、ただじゃおかねえ! こう延髄に軽〜く怒りのチョップでもお見舞いしてだな……。
びしっ!!
「あうっ!! わ、私、まだ何にもしてないのに……。ぷるぷるぷる、ガクリ」
それから…、って! わああっ!! いつもの癖で進藤に延髄チョップを食らわせちまった!! だ、誰も気がついてないか? きょろきょろとあたりを見渡してみる。幸い誰も気がついてない。ほっとするのもまだ早いっ! 進藤を負ぶって退散せんと…。といざ進藤を負ぶろうとして気づく。普通の服じゃねえことに…。マイクロビキニ…。背中越しに進藤の胸が…。あ、あかん。想像しただけでまた鼻血が…。などと錯乱状態になる俺。ええいこのままじゃ埒が明かんぞ。そう思い切って背中に負ぶった。ぷにゅっとした感触が背中越しに伝わってくる。何ともこっ恥ずかしいと言うか心地いいと言うか…。それに結構軽いよな? “こう見えて進藤も意外と女の子なんだな…” と進藤が聞いたら怒り出しそうな感じ……、って!!
「ひへ、ひへへへへへへ、は、はんはぁ〜? (痛て、痛てててててて、な、何だぁ〜?)」
「以外は余計ですっ!! 私だって女の子なんです〜っ!! 失礼しちゃいます!! 全く…」
そう言いながら自分の胸をぎゅ〜っと俺の背中に当ててくる進藤。な、何だぁ〜? いつの間に復活してやがったんだ? そう聞くと、
「先輩、最近あまり力入れなくなったでしょ? だから、もう先輩は私にメロメロなんですよ〜。えへへっ。それにあの程度の延髄チョップでくたばる私は、私じゃないですよ〜。ふふん♪」
な、何〜? とは思ったが、実際こいつの言った通り、俺はもうこいつの魅力にメロメロだ。現に今だって背中のやわらかい感触に胸がどきどき言ってやがる。多分俺の顔は真っ赤だろうな…。何せ自分でも火照っているのが分かっちまうんだから…。“もう降りてくれ〜っ!!” と頼んでみるが…。
「い・や・で・すっ!」
そう言ってますます俺の背中に胸を密着させてくる進藤。はは、ははははは…、はぁ〜。“ええい、水の中に落としちゃる〜っ!!” そう言って振り落とそうとプールサイドでぶるんぶるん体を揺らす俺。が、なかなか落ちてはくれない。“離しませんよ〜、絶対に!!” そう言うとますます胸を俺の背中に押し付ける進藤。
「いい加減落ちやがれーっ!!」
「いやですよ! 私だけ落ちてびしょびしょになるなんて!! どうせ落ちるんだったら先輩も道連れです〜っ!!」
などと言いながらますますしがみつく進藤。進藤を振り落とそうと体をぶるぶると横に振っていた俺は当然慣性の法則には抗えず…、そのままどっぽ〜んとプールへ落下していく俺たちだった…。
「あ〜、楽しかったです。先輩はどうでした? こんな可愛い彼女と一緒なら楽しくないはずがありませんよねぇ〜?」
「ああ…。楽しかったぜ? でもな、進藤…。自分のことを可愛いだなんて…。もう少し謙虚になったほうがいいんじゃねーか?」
「もう! じゃあ先輩は可愛くない彼女のほうがいいんですか? 私は先輩に相応しい彼女だって自信があるから言ってるまでなんですよ? それとも先輩は私が相応しくないとでも?…」
目をギロリと俺のほうに向けながらこう言う進藤。睨む目がやけに恐ろしいので素直に謝ることにする。“分かればいいんです、分かれば…。さあ、早く帰りましょう? 先輩” 睨む目はどこへやら……、にっこり笑顔でそう言って俺の腕に自分の体をすり寄せてくる進藤。そうこうしているうちに駅に到着する。電車は今しがた出たばかりで10分ほど待たなくてはならない。じ〜っと待ってると進藤が、“また行きましょうね? 先輩…” と進藤らしからぬ声でそう言った。進藤らしからぬ…、か…。帰りの駅で隣の彼女を見ていていつの間にか微笑んでいる俺。まあ、こう言う日もありかなと思える今日8月14日…、俺の彼女・進藤さつきの誕生日だ…。
END