お餅DEバーベキュー
今日8月3日は俺の彼女であり学校の先輩でもあった神津麻美の誕生日だ。あったと言う過去形なのはもう麻美は学校のほうを卒業して大学に通っているわけで…。あと、麻美を呼ぶ名前のほうも“麻美先輩”から“麻美”へと変わった。俺自身は彼女のほうが年上なんだし、結構こう言うことにはうるさい親父の元で育ってきたものだから、“麻美先輩でもいいんじゃねーのかな?” と言ったんだが、麻美はふるふるとどこぞのお嬢様のように首を横に振ったままじ〜っと俺の顔を上目遣いに睨んでくるわけで…。結局俺のほうが折れて、“麻美”と呼ぶようになった。でも時々昔のくせか、“麻美先輩” と呼んでぷぅ〜っと頬を膨らまされる日もあるんだけどな? で、かく言う俺も今年受験生のため夏休みは予備校などに通う日々が続いている。目指す大学はもちろん麻美と同じ大学だ。正直俺の偏差値ではぎりぎりかなとは思うのだが、麻美には今年の3月の卒業式に“来年同じところに行くから、一年辛抱してくれ” と約束したし、俺も麻美と今更離れることなんて嫌なので、今年は真面目に勉強のほうを頑張っていると言うわけだ。
で今日、彼女の誕生日となる。今年はどうするかなぁ〜っと考えているとマイシスター雪希から“進藤さんと日帰りで旅行に行こうと思ってるんだけどお兄ちゃんもどうかな?” なんて言うお誘いを受ける。別段これと言って麻美の誕生日の予定を立てていない俺としてはまさに“渡りに船” と言う感じで即座にOKする。でも勉強はどうするかなぁ〜っと考えて、たまには息抜きも必要だよなと言う結論に至った。これは腐れ縁の健康優良児でちびっ娘(本人を目の前に言うとそれこそ張り倒されそうだが…)な清香に言わせるところの“後で泣きを見るわよ” とのことだが、毎日毎日机にかじりついてばかりじゃ心と体に良くねーじゃねーのか? などと自分でも自己逃避気味なことを思うわけで。で早速雪希に用意をしてもらってる間に麻美に電話をかけてみた。家庭教師と言うほどのことでもないのだが、麻美には勉強を見てもらっているわけで、当然のことながら、“お勉強しなくてはいけませんよ?” と叱られた。でも何とか言いくるめて最後は、一日だけと言う約束で承諾を得る。まあこれで明日から猛勉強をしなくてはならなくなったわけだが、それでもいいだろう。今日は何てったって彼女の誕生日なんだからな? そう思った。
玄関を出ると、ムアッとした夏独特の暑苦しい空気がまとわりついてくる。近くの神社の木々からは蝉の大合唱が聞こえてきた。でも去年と比べてみるといくらかはましなほうだ。と言うか去年が無茶苦茶暑かったんだろうな。そう思って雪希の後に続いて歩く俺。近所のバス停が待ち合わせ場所らしいのでそこまで歩かなければならないわけだが、午前中と言うのにもう暑いわけだ。こう言うときには冷房の効いた部屋で冷えたラムネかコーラでも飲みたい気分だが前を歩くマイシスターは元気いっぱいと言う感じで歩いているわけだからこっちがへーこらしていられないわけで…。ずんずん歩くとバス停が見えてくる。当然見知った顔も見えるわけだが…、あの特徴的なデカリボンな凶悪そうに微笑んでいる顔とぷぅ〜っと上目遣いに涙目になりながら俺の顔を睨んでいらっしゃる顔はもしや? と思いその横の俺の彼女のほうを見るとちょっと怒ったような顔をしてめっ! と親指を立てていた。その横で何やらニヤニヤ顔をにやつかせながら立っている性悪な女が1人…。ああ、多分こいつが言ったんだろう。そう思いガクッと首を落として歩く俺がいるのだった。
静かな清流の元でわいわい賑やかしい声があちこちから聞こえている。ここは公営のバーベキュー会場らしい。また随分と奥まったところにあるもんだと思ったら意外や意外、バスで10分程度行った場所にあった。俺はちっとも知らなかったわけだが、雪希に聞いてみたところが今年の春にオープンのチラシが入っていたらしかった。それにしてもここに来るまで、バスの車内でどれほど俺が気を遣ったか図り知れん。清香と進藤にはぶつぶつ文句を言われ、日和には大声で泣かれ、雪希と麻美には上目遣いにじ〜っと睨まれ…。誰だ! 計画をだだ漏れさせたやつは?! と思ってハッと気付く。こんなことをする女なんて言うものは俺の知ってる界隈ではこいつしかいないわけだ。そう思ってお前かぁ〜っ!! と今回の原因であろう進藤の口をタコ口に摘まんでやったら、それが元で麻美からまた“めっ!” と叱られたことは言うまでもない。
早速バーベキューの準備に取り掛かる俺たち。と言っても購買で買ってきた炭に火をつけてパタパタ仰ぐだけだけどな? ここの会場は炭やら肉やら野菜やらも売っていて客はこれを購入して焼いて食うだけと言う俺みたいなずぼらな者には非常によく出来た構成になっているわけで…。清香に言わせるところが、“あんたみたいなぐーたらな人が増えるから…” などと言ってこっちをギロリと睨んでいる。まあぐーたらなのは認めるが、何もかも俺のせいにするのはやめて欲しいもんだぜ。そう思いながらふっと麻美のほうを見ると、何やら袋に入ったものを取り出してはにっこり微笑んでいる。何だぁ〜っと思ってそ〜っと近づいてみて、なるほどな? と気づく俺がいるのだった。
「お餅が好きだとは知ってたけど、まさかマイお餅があるなんてねぇ〜?」
帰りのバスの中、清香が少々呆れた顔でこう言う。まあ俺も半ば呆れ顔だったわけだが、持ってきた本人にしてみれば重要なことなんじゃねーのかな? とも思う。その本人はと言うと、今は俺の肩に頭を置いて気持ち良さそうに夢の中だ。でも、本当に楽しそうだったよな? そう思って俺の肩に置かれた彼女の頭を一撫でに撫でる。さっきまでわいわいうるさかった進藤も日和も雪希と清香の肩を枕代わりにすやすや眠っている。雪希は俺と清香の会話を楽しそうに聞いていた。日暮れの道を走るバス。お客はまばらに乗っているのだがみんな嬉しそうにあれやこれや話していて、それがいい子守唄に聞こえてくるんだろう。ますます彼女は俺のほうにもたれてくるわけで…。また彼女の頭を撫でると寝言なのか、“健二さん、お餅おいしいですか?” と言う声とにこにこ微笑んだ顔が見える。清香は、
「まあまあ、お熱いことで…」
などと言いながらまじまじと俺の顔を見つめて意味深な笑みを零している。雪希も“お兄ちゃん、幸せそうだね?” と言って微笑んでいた。正直腹は立ったが清香の言うことももっともだなとも思うわけだ。何せ俺の世話は全部麻美にやってもらったわけで。雪希もびっくりしてたもんな? 普段スローペースな麻美があんなにきびきび動くなんてところは俺自身見るのは数回あるかなしかだし…。しかもそれが全部お餅がらみだと言うことは麻美を知っている人には分かるだろうし知らない人には分からないだろう。相変わらずバスは田舎道を進んでいる。陽はもう沈んだのか赤い残光があたりに残るのみとなった今日8月3日は俺の彼女、神津麻美の誕生日だ。
END