真夏のおもちつき


 シューッ、シュシュシュシュ…。
 もちつき機から湯気が出ている。先輩はじーっとその光景を見つめていた。今日は8月3日。俺の彼女である麻美先輩の誕生日だ。先輩と付き合うようになって早半年も過ぎた。猫を極端に嫌っていた先輩の過去は悲しい歴史があった。でも、今は…。
“にゃー”
「おなか、すいたの? ちょっと待っててね?」
 みーちゃんを一撫ですると、この間俺と買い物に行ったときに買ってきた可愛い猫用のお皿に少し温めたミルクを注ぐ。みーちゃんの前に置くと上手に舌を使って飲み始める。注いだミルクをみーちゃんに飲ませている先輩の姿に、目を細めて俺はにこっと微笑んだ。みーちゃんの背中を優しく撫でる先輩の顔。俺の一番好きな顔だ。
 今、湯気を上げているもちつき機は、俺の家に長く眠っていた代物だ。雪希にせがまれて親父が10年前ぐらいに買ってきたもので、昔はこれでもちをよくついていた。何年前からだろう。これを使わなくなったのは…。はっきりとは思い出せないが親父が単身赴任という形で海外へ行った頃だと思う。それから全くその存在さえ忘れられていたのだが、つい先日押入れを整理していて奥の棚から偶然発見した。
 最初は捨てようかとも考えたんだが、“まあ、使い道もあるだろう…” と思い直し、現在に至るというわけだ。あのとき捨てなくて本当によかった…と、今、にこにこ顔でもちつき機の中を覗く先輩の顔を見てそう思った。
「もうそろそろいい頃なんじゃないですか?」
 先輩がそう言ってもちつき機の中を覗いている。説明書を片手に操作する。何分古い機械だから動くかどうか心配だったんだが異常なく動いてくれているみたいだ。俺はそれが嬉しい。蒸らし時間もいい頃合いだ。そろそろつきに入ろうか…。そう思ってつきボタンを押す。
「ああ、そうだな。先輩。それじゃあつきボタンをっと……。ポチッとな」
 先輩を見るとくすくす笑っている。“何で笑ってるんだ?” 不思議に思って聞いてみると……。
「あのですね? その…。ポチッとなって言ったときの健二さんの顔が妙に面白くって…。うふふふっ」
 普通なら腹の立つもの。特に進藤あたりがそんなことを言おうものなら延髄チョップの一つでもお見舞いしてやろうかと思うんだが、先輩の笑顔を見ているとそんなことは遠くに飛んでいく。こんなに優しそうに微笑む顔を見れば誰でも嫌な言われ方をしたって許してやれるような感じがするんだけどな?
「先輩? あと5分くらいでつけると思うから、そろそろ準備しておいてくんね?」
「はい…」
 そう言うとおずおずと片栗粉を大きな木箱の上に降る。手つきがどうにも危なっかしいが何とか降れたようだ。俺のほうもちょうどいい頃合いにつきあがる。“ほっほっほっほっ…” 熱い釜を持ち上げてどさっと木箱の上へ中のもちをのせる。ぷにゅぷにゅした感触は、これぞもち! という感触だった。
 もちを丸める。切りもちも作ろうかと思ったんだが、生憎ともち米のほうが足らず…。丸もちだけになった。もちを丸める先輩の顔はとても幸せそうだ。手のひらでころころとぶきっちょながらら丸めている顔はもうにこにこ顔。俺もつられて微笑んでしまう。やがて、大小不揃いのもちが木箱の上、出来上がっていた…。


「じゃあ、早速頂きましょう? 健二さん…」
「ああ、そうだな。先輩…」
 手には大小不揃いのもち。でもとってもおいしそうに見える。砂糖に醤油をちょっと垂らして、みたらし団子のあんのようにすると、もちをあんに絡ませてぱくっと一口…。うん、我ながらなかなかのもんだ。そう思った。ふと、先輩の顔を見る。…とても幸せそうな顔で、とてもおいしそうに食べている。その顔は俺の一番好きな顔だ。
“おもちで祝うのはちょっと不思議だけど…、誕生日おめでとう、麻美先輩”
 ゆっくりゆっくりもちを咀嚼しながら、にこにこと微笑む可愛い俺の彼女。そんな顔にほっとしてしまう今日、8月3日は麻美先輩の19回目の誕生日だ……。

END