お餅がない!


 ぷく〜っと焼いた餅のように頬を膨らませて俺の彼女は上目遣いの実に恨めしそうな表情でスーパーのほうを見つめていた。今日8月3日は俺の1つ年上の彼女で高校時代からの先輩である神津麻美の誕生日だ。まあ麻美と言えば餅、餅と言えば麻美と言うように麻美と餅とは切っても切れない縁みたいなものがあって、高校時代にそれを知った不良グループから騙されそうになって非常に往生したことを覚えている。彼女がこんな性格だからか守ってやれるのは自分しかいないと言う妙な使命感に駆られて空手を習い始めて半年後の出来事だったように思うんだが、もう3年も前のことなのでよくは覚えていない。まあ今でも空手は習っていて黒帯は取っているわけだ。
「お餅がありません…。やっぱり真夏にお餅なんて…」
 そう言うと肩をがっくり言わせながらスーパーの生菓子売り場を後にする麻美。まあくず餅って言う餅はあって一昨年だったか去年だったかいやいやながら食べてみて美味いと思ったのかおかわりをねだっていたわけだが、“やっぱりお餅は白いお餅に限ります” と原点回帰かどうかは分からないがそう言って今現在白い餅を探しているわけで…。和菓子屋に行けばあるかも知れないが、昨今のお菓子情勢? からか和菓子屋は隣町のやや辺鄙な場所まで行かないとない。前に旅行に行ったときにどこぞの商店街で食べた豆大福は最高に美味かったなぁ〜なんて考えながらスーパーを見て回るのだが、ない。誰かが買い占めたんじゃないだろうかと言うくらいになかった。普段なら最低1パックから2パックくらいは残っていそうなもんなんだがなぁ〜。まあこうなっては仕方がないから諦めてもらおう。そう思って麻美の顔を見ると、
「お餅食べたいな。お餅…、お餅…」
 とやややつれた表情になりつつそんなことを口走っている。これで諦めようだなんて言おうものならどこぞのお嬢様のように首を高速回転に、ふるふるふるっ!! と振って涙目の上目遣いと言う女の子の最強武器で攻めてくる。それだけならまだいいのだが、優しそうに見えて実は非常に執念深い麻美は、事細かに買ってくれなかったことをぶつぶつ癒し声で言ってくるから怒るに怒れないわけで。しようがない。即席&自己流ではあるが作ってやるかと白玉粉を5袋ぐらい買って帰る俺がいたわけだ。麻美は不思議そうに見ていたが、まあ俺の考えたことにびっくりするかな? なんて思いつつ俺の家へと向かう。
 まあ麻美の両親と俺の親父にはそれぞれ紹介して付き合っていることを公認してもらっているので泊まりがけでうちに来ることは今じゃ当たり前になっているわけだが…。マイシスター・雪希は医科歯科大学の門を叩き今年の春に家を出て行った。とは言え家の最寄駅から3駅向こうにあるので近いと言えば近いわけで時々帰ってきてはあれやこれやと俺の世話を焼いてくれるわけで。麻美にも、“いい妹さんですね?” と優しそうな顔をもっと優しくして言われる。中へ入るといつもながらな部屋の散らかりようが目立っていた。まあ勝手知ったる俺の家〜とばかりに片付け始める麻美には毎回感謝しているわけだが…。お約束通り読みかけだったえっちな本とかも挟んであって、めっ!! とされてしまったことは言う間でもない。
 さてさて今回は試験的に即席な餅モドキなものを作るわけだ。味の保証はもちろんなし、と言うか俺自身こんな代物は作ったことはない。ただ前に1回麻美と秋田へ旅行に行ったときにきりたんぽを呼ばれたわけだがあれは結構美味かった。麻美は美味しいと言って5本ぺろりと平らげてしまって“あんれまあ!” と地元の宿主のおばさんからびっくりされていたっけか。しかし普通の米であそこまで粘りが出るんだから餅にしても出来るんじゃないだろうか? と思う。もちろんもち米特有の粘りには程遠いので白玉粉でその代用をしてみることにする。麻美を前に座らせて米を研ぐ俺。俺のこの行動にぷぅ〜っとした顔の中にも少々興味がわいてきたのか見つめている。研ぎ終わると買ってきた白玉粉を全部入れて、そのまま炊くボタンをぽちっと押す。“初めちょろちょろ中ぱっぱ、赤子泣いても蓋取るな” と言う格言? どおりに蒸らし期間に入る。ここまで来ると俺の考えたことが分かったのかぷぅ〜っとした顔から笑顔へと変わる麻美は餅つき用の杵を持ってくる。これもどこぞの市で購入した代物だ。臼は貰い物ではあったが用意した。さて蒸らし期間もちょうどいいことに終わった。臼へ出す。湯気がもわもわ出てくる。米をちょっと摘まんで口の中へ入れ、噛んでみる。簡易的ながらここまでうまく出来るとはと思って、麻美ににもちょっと食べさせてみる。もぐもぐと言う音とともににっこり笑顔の麻美を見てここまでは成功かな? と思った。


「きな粉や餡子や大根おろしと、その他諸々…、用意できましたよ? 後は丸めていくだけですねぇ〜」
 とどこで買ってきたんだ? と言うくらいの餅に絡める材料を取り出して嬉しそうに言う麻美。と言うかどこでそんなものを置いていたんだ? と俺は思う。大根はこの間安売りしているのを俺が買っておいたわけだが…。まあ勝手知ったる俺の家なのできな粉や餡子は棚の隅とかにこっそり買い溜めしておいたんだろうな。そう思った。杵や臼は付き合いだして間無しの頃に貰った貰い物だ。今回も杵と臼とを用意したわけなんだがそれを使っているわけで。もち米特有の粘りの代わりに米を炊くときに白玉粉と混ぜさせてもらったのだが、もちもちした感触が出来て本当に餅をついているような感覚だった。もちろん米を炊くときには柔らかめにして水も多くしておいたのだが、普通の米でも意外と餅らしくなるもんなんだなぁ〜っと思う。まあこれが本当のもち米だったらどんなにいいだろうとは思ったが…。搗いていくと粘りが出てくる。もっとももち米ではない普通の米に白玉粉を混ぜた紛い物だからか粘りそのものはもち米よりは少ないのだが…。でも紛い物にしては出来栄えはいいなと思う。えいさほいさと搗いてやっと出来上がった。
 一口台に千切ると麻美の口に入れてやる。もぐもぐと食べてにっこり笑顔になってる麻美を見て俺も何個か続けて口の中へ放り込む。もぐもぐ噛んでいて、むむっ! これは! と言うような感動が沸き上がる。普通の米でここまで餅らしい餅が再現が出来るなんてなぁ〜っと思ってもう1つ千切って口の中へ…と思っていたら、めっ!! と親指を突き出して俺の顔を涙目に睨む麻美の顔があったわけで…。まあ麻美からしたら自分の誕生日に大好物を目の前でぱくぱく食われることがよっぽど気に食わなかったんだろう。むぅ〜っとちょっと怒った顔になって俺の顔を見遣っているわけで。まあ高校時代から比べると喜怒哀楽がはっきりしてきてそれが俺にとっては嬉しくて、もっと困らせてみたいなぁ〜っと思う今日8月3日、俺の高校時代の1つ年上の先輩でいつも優しい彼女・神津麻美の誕生日だ。

END

おまけ

 ついでを言うとその後で、“けんちゃんはさっきいっぱい食べたからこのくらいですっ” と一口台にした餅を3個ほど出してそれぞれに餡子・きな粉・大根おろしとトッピングが乗った状態で出してくる。そう言う麻美は? と見ると、俺のよりやや大きめな餅が5個ほどあってトッピングも微妙に多い。“俺もそっちのほうが欲しいなぁ〜。って言うかトッピング多くない?” とは思うものの殊に餅のことになると人格が180度変わる俺の彼女だからそんなことは口が裂けても言えるわけもなく…。はぁ〜っとため息を吐きつつ美味そうに餅を食べている麻美の横顔を見つめる俺がいるのだった。もっともまだ丸めた餅が残っているのでまた明日食べることになるんだろうけどな? ははは…、はぁ〜。

TRUE END?