傘と指輪


 何年ぐらい前になるんだろう…。こうやって傘を持って帰りを待っているのは…。1月にしては珍しい雨の中、私は一人の男性を待っている。すれ違う人の波に溶け込みそうになるけれど、私はじっと待っている。父と母が離婚したのは、私が小学校5年生か、6年生の頃。もうはっきりしたことは忘れてしまった。ただ小さい頃には母と一緒に、大きくなって私一人で父の帰りをこうして待っていたっけ……。今思うとあの頃が懐かしいとともに、トラウマも蘇ってくる。
 首をぶんぶんと振って嫌な思い出を忘れようとする。けれどもそれとは裏腹に嫌な思い出は蘇ってくる。大好きだった、本当に大好きだった父に裏切られて、いつの間にか他人を信じられなくなった自分。そして自分自身でさえ信じられなくなっていた。彼に言った言葉が今でも頭に残っている。
“いつかわたしはあなたを裏切る”
 って…。だけど彼はもう一度私に信じることを教えてくれた。信じる勇気を教えてくれた。気がつくと、そんな彼に心惹かれる自分がいた。そして今、彼とは恋人同士という間柄になった。ちょっとだけいじわるなところもある彼だけど、根はすごく優しい。妹さんもそんな彼のことを信頼しているんだろう。彼に話すときの顔は安心しきったような顔。昔の私のような顔だった。
 腕時計をチラッと見ると15分も早い。駅前の大時計も同じ時間を指している。1月と言うこともあって雨は氷のように冷たくしとしとと降っている。電車が入ってきたようだけど私の彼はその電車には乗っていない。もう1、2本後の電車だから…。そう思って駅の昇降口から降りてくる人を見ている。いろんな人が見える。友達同士でわいわい言いながら降りてくるOLたち。家族の微笑みを胸に急ぎ足で駆け下りてくるサラリーマン風の男の人。後は先生に叱られたんだろう、しょぼくれて降りてくる高校生。いろんな人がこの駅を利用している。その中に、私と彼も入っているんだけど…。とまばらになってきた昇降口を見る。もう次の電車が入ってくる時間だ。そう思って何気なくぼ〜っと昇降口を眺めていると…。


「今日は午前中に偶然講義が終わってな? 雪希も職員会議とかで昼までだったから、だからこいつを誘って冬佳に似合いそうな指輪を選んできたんだ。俺一人じゃどうい言うもの買ったらいいか分からんし…」
「お兄ちゃんもそろそろ一人で買えるようにならなくちゃダメだよ?」
 そう言う彼の妹さんは私を健二君と出会わせてくれた人…。あの傘の一件が彼ら兄妹との出会いだったんだと今更ながらにそう感じる。そんな私も彼とは恋人同士だ。人間どこでどうなるか分からないものね…。と自分自身そう思った。そんな彼・健二君と健二君の妹さんの雪希さんはにっこり微笑みあってこちらの方を嬉しそうな眼差しで見つめている。彼から聞いた話では雪希さんは実の妹ではないということらしいけど、私には実の妹以上に仲がよく見える。そこには温かな愛情があるんだろう…。そう思った。“ありがとう” そう言って指輪の入った袋を受け取る。
「こんなところで立ち話もなんだからお茶でもどう?」
 そう言って二人の顔を見る私に素直に“うん”と頷く彼と彼の妹さん…。そのあまりに同時な様に私は思わず“うふふふふっ”と声に出して笑ってしまう。そんな私に少々はてな顔になりながらも微笑む二人が印象的だった。
 夜、部屋で指にはめた指輪を眺める。結構高かったんだろう。指輪を見ながら彼と彼の妹さんを、今度家に呼んで腕によりをかけてごちそうでも作ってあげようかと思った今日1月14日。私の誕生日…。

END