ある女医の誕生日の一日


「ふむ、ただの風邪のようですね。お薬でも出しておきましょう…」
 1月3日。三元日の3日目…、私は一つ歳を取る。何歳であるかは国家機密(最高レベル)だが、まあ20代後半と言うことにしておこう。妹の佳乃はもうすぐ高校を卒業する。卒業後の進路も大筋で決まっているので私とすれば安心だ。両親を早くに亡くし、私は妹と二人で父の代からのこの診療所で暮らしてきた。私が父の後を継ぎ医者になろうと決めたときからであるから、かれこれ10年近くも前のことだ。
 もっとも妹には不思議な癖というか、非科学的に言うところの“呪い” と言うものがあったのだが、今はそれもなくなり私としても安心している。それもこれも彼のおかげなのかもしれない。
「婆さん、薬だ。これが朝晩飲むやつで、これが毎食後に飲むやつだ」
「も一回言うて下さらんかのぅ。わしゃ〜、耳が遠いんですわ……」
「だから、こっちが朝晩飲むやつで、こっちが毎食後に飲むやつだ!」
 今、薬局のほうに座って、私の患者であるお婆さんに少々ムカつきながらも薬の説明をしている彼。私の助手兼佳乃の彼氏である国崎往人君。貴重な私の働き手だ。彼は元々、旅から旅をしていた大道芸人? である。しかしどういうわけかこの町に、いや、私と佳乃の家に住み着くようになった。まあ彼が佳乃の呪いを解いてくれた、いわば恩人に当たるわけであるので私としては非常に喜ばしいことではあるのだが…。
 最近彼の様子がおかしい。妙にそわそわしている感じがするし、行動が挙動不審だ。今日などは特にそうだ。佳乃に聞いても、“そうかなぁ〜? あたしはいつもの往人君に見えるけどぉ〜?” といつもの笑顔でそう言われてしまった。佳乃は少し彼のことを贔屓しすぎだ! とは言いたいが、こんなことを言って佳乃に嫌われたらと思うと…。うううっ、考えただけでも恐ろしい。
 とそこで私は考える。今日は、私の誕生日。いや、しかし……。文無しの彼がプレゼントなどというものを買えるだろうか? いや、買えるわけがない。旅をしていたせいか、はたまた日頃の食生活がよほど惨めだったのかエンゲル係数のほとんどが食事という輩だからな? 国崎君は…。まずもってプレゼントなどと言うことは、くれと言わない限りはくれんだろう……。
 そうこうしているうちに、夕方になる。うちの診療所は年中無休だ。そうでもしなければ隣町の大病院に患者を取られてしまうんでな? 佳乃は今日は神尾さんの家にお泊り会で泊まりに行っていて留守だ。遠野さんも一緒と言うことだそうだ。佳乃が“なぎーも一緒だよ〜” と言ってすごく嬉しそうにしていたな? 神尾さんも遠野さんのお母上も実のところ私の患者、言わば身内のような関係にあるので、その点は安心している。むしろ、こっちのほうが不安になるのだが……。
「あのな…。それを言うんだったら俺の方が不安だろ…。しっかし、佳乃がいないとこうも静かなのか…」
 私の心の声が聞こえたのか、無愛想な顔をもっと無愛想にしながらそんなことを言うときょろきょろと辺りを見回す国崎君。まあ、何だかんだ言って彼も妹のことが気になるようで、私とすれば嬉しい気もあり、ちょっと悔しい気もある。が、妹が選んだ男であるので私は何も言うつもりはない。と彼が、小さな箱をポケットから取り出した。
「今日がお前の誕生日だって佳乃から聞いてだな…。佳乃が“何かプレゼントしようよぉ〜。往人君!”って言うものだからな。だから佳乃とこの前、隣町まで行って選んで買ってきたんだ…。もちろんこれは俺じゃなくて佳乃が選んだものだけどな…。受け取ってもらえるか? 聖…」
 そう言って国崎君は私のほうに小さな箱を差し出す。少なからず彼に好意と言うかそう言う感情を持っている私とすれば、嬉しい気持ちになるのは自然なことだろうが、佳乃からのプレゼントとなると殊更嬉しい。“開けてもいいのか?” そう聞くと彼はうんと頷く。早速開けてみると中には小さな、でもとても可愛らしいペンダントがあった。横には丁寧に文字まで彫られている。
“from Y&K to H” と…。
 佳乃はこう言うことには疎い性格だから…。これをやったのは彼か…。ふふっ、国崎君にすればなかなかいいセンスだな? 目の前で夕飯をがつがつ食べる彼を見ながらペンダントを手に取る。後ろ手に金で編み込まれた紐を掛けると、カチッと鳴った。
「どうだ? 国崎君。似合うか…」
「んあ? 何がだ?」
 ふう、やはりと言うか何と言うか…、国崎君は一心不乱に夕飯を食べていた。彼に聞いた私がバカだったのかもしれない。でも…少し、いや、とても嬉しいので今回は多めにみておいてやろう…。愛用のメスをそっと隠した。


 夜遅く。国崎君はもう夢の中だ。まるで佳乃がもう一人いるようだな? ふふっと微笑むと、毛布を一枚かけてやる。今日のカルテを整理しながらふと思った。今年もいい年であるようにと…。そんな今日、1月3日は私の誕生日だ。

END