甘味に付き合え


「なぁ〜、居候、今日はウチの誕生日やからなんか甘いもんでも買うて来て〜や」
 と俺の居候先の家主が真鍮入りのハリセンを持ちながらそんなことを言う。今日11月3日はこの見るからに極悪人な顔の家主・神尾晴子の誕生日だ。まあ何歳になったのかと言うと明日から家なき子状態になるか、最悪俺の名前が明日には立派なものへと変わるのは必至な状態だから言えない。言えないのだが、まあ三十路は確実に超えているんだろうな?(下手すりゃ四十路かも?)と思う。晴子本人が詳しい歳は言わないので俺の独断と偏見で思うことなのだが…。
 この関西の田舎町に来て5年は経つだろうか? 今や周辺のジジババから“何でも屋” と言うありがたくもない敬称をつけられているのだが、これも俺がこの町に溶け込んだ証拠なのかもな? と最近思うようになった。俺の保護者でもあり彼女でもあり、また1000年間追い求め探し続けた思い人でもある観鈴は、“往人さんももうこの町になくてはならない存在。にはは” と言って笑っている。まあこんな寂れた町じゃあ若い男なんてそうそうお目にかかれるものでもないし、お目にかかれたとしても通勤で1時間か2時間くらいかけて都会へ出て働いているやつくらいだろう。そんなこともあってかちょっとした家の修繕やら買い出しやらをよくジジババから頼まれるわけで…。まあ俺としても辺鄙な町ながら先祖代から探していた翼人の末裔がこの風光明媚しか取り柄のない町にいるということが分かって、呪われた血筋からの解放もしたりして、この地に留まることにしたわけだ。まあ全国を流れてきてやっと安住の地を手に入れたという感じか…、とも思う。
 その安住の地のはずが、この目の前の女主人に壊されること数え切れずあって非常に悔しい思いをしていることは事実だ。いつぞやかは酒に付き合わされて翌朝素っ裸で寝ていて記憶がぶっ飛んでいて思い出せんのだが、醜態をさらけ出したという観鈴の発言があって晴子に対して軽い殺意が過ぎったことは事実あったりする。あとは花札勝負と意気込んできて俺が乗り気でもないのに勝手に始めて結局俺の負けとか言って有金全部巻き上げられたり、とこの女主人と関わって碌なことがないのは周知の事実なわけだ。かと言って風邪なんかを引いたときには、“鬼の撹乱や〜” とか何とか言ってもすっと薬を購入してきてくれたりもするので、むやみに憎めない存在となっているのも事実なわけで…。
 とそんな晴子から甘味を買ってこいと言うことを言われる。いや、ここは普通に酒だろうと思うのだが、そう言えばこの間、聖のところで定期健診を受けて肝臓の数値が上がってるとかで禁酒を勧められていたっけな? まああれだけ飲んでいれば数値も上がって当然だとは思うんだが、晴子本人からしてみると健康には何物も逆らえないわけで、それ以来一滴も酒は飲んでいない。その徹底ぶりたるや称賛に値する…、のだが個人の問題をまるで家の問題みたいに持ってくるのには少々と言うか大いに閉口してしまうわけだ。現に昨日も俺が飲もうと思ってちょっと高級なビールを買って冷蔵庫に閉まっておいたら捨てられてしまっていた。文句を言うと、
「ウチが大好きな酒を我慢しとるって言うのに居候が飲んどったらウチまで欲しなるやろ?!」
 とこうだ。じゃあ俺が腹痛でうんうん唸っているときに美味そうに中華料理なんぞを食っているのは何なんだ? と小1時間説教したい。のだが、そうすると前述の通り宿無しになってしまうので言えず仕舞いだった。まあここは素直に買ってくるべきだということで、どんなものがいいんだ? と訊くと、“居候のセンスと勘に任せるわ。あと、観鈴に訊くんもなしやで?” とニカッと笑って言ってきやがる。“買ってくるのは買ってくるが後で文句を言うなよ?” と釘を刺して言うと、ニカッと笑ったままこくんと首を縦に振る晴子がいた。
 さて出たのはいいがどんなものを買うかだな? ケーキとかの洋菓子なんぞは晴子が前に、“甘ったらしいわぁ〜。観鈴もようこんなん食えるなぁ〜?” と言って半分以上残していたし(その残りは俺がありがたく頂いたわけだが)、せんべいなどは普段から食っているので、今日のリストからは外れる。餅か! と思うが餅にしたら、“1kgも肥えたやんか〜っ!” とか言って後でどんな目に遭わされるか堪ったもんじゃない。ワガママなやつめ! と思いながら差し障りのない程度に昔ながらのジジババの和菓子店を見ていくとせいろで蒸かされた美味そうなものがあって…。


「で、買うてきたのがこれっちゅうわけかいな?」
 と美味そうな匂いと湯気を出している酒まんじゅうを指さして言うウチ。まあ居候も考えた結果がこのまんじゅうやったというわけやけど、酒の匂いがぷ〜んと漂ってくるとどうにも酒本体が欲しなるって言うかなんちゅうかなんやけどな? まあ今日くらいはせんせには大目に見とってもらうかな? 酒類は酒粕に至るまで食うのも飲むのもダメって言われとるんやけど(そうでもせん限り意志の弱いウチの心を見透かされとるって言うかな? 何とも怖いせんせやで…)。やってウチの誕生日やもん。そない思て、“まあここ座り〜な? あっ、観鈴、熱いお茶頼むで〜” と居候に席を勧めながら観鈴にお茶の準備を頼む。観鈴は、“お母さん、何だか嬉しそう。にはは” と言うて最近ウチの流行りの梅昆布茶を準備しとる。まあまあ5年前はいろいろあったけど今考えてみるとええ思い出やな? そない思う。そんなことを考えとると、観鈴が出来たんか梅昆布茶を運んできよった。梅のいい匂いとまだ湯気を出しとる酒まんじゅうがいい塩梅や。さて食うとするかいな? と思てると、居候と観鈴が、何やら包みをウチの前に出してきよった。“な、何やのその包み” と言うと、“まあ開けてみろって” 居候が何やらぷぷぷってな具合に笑いながら言う。観鈴はいつものにはは笑いや。不審に思いつつも開けなしゃあない雰囲気になってきよるわけで。包み紙をきれいに剥がして開けるウチ。その中にあったのは…。


「こ、ここここ、こんなん、こんなん反則やないの〜。うわぁぁぁぁぁぁ〜ん」
 とさっきから俺たちの目もくれず派手に泣く晴子がいるわけで。まあ言い出しっぺは観鈴なわけで俺も協力と言う形で参加した。あと俺たちが勤めている保育園のガキどもも手書きの色紙での参加と言うわけだ。いわゆるサプライズと言うわけだが、今回は成功裏に終わった。温かそうな観鈴の手編みのセーターと俺の買ってきた手袋とガキどもが書いた手紙は今しっかりと晴子の腕の中にある。秋が終わり冬がそろそろと頭をもたげてくるそんな今日11月3日、俺の居候先の家主でいちいち俺の行動に文句を言ってくるもののどことなく憎めない存在な神尾晴子のアラサー(アラフォー?)世代の誕生日だ。

END