往人さんの朝食?


「ほれっ! さっさと起きんかい、居候!!」
 夏空の下、家主である晴子の怒号とハリセンのバシッと言う音が木霊する。太陽が眩しい今日7月23日は俺の居候先の娘で、俺が旅の果て、やっと見つけた少女・神尾観鈴の誕生日だ。ここまで来るのにいったい何年かかったんだろうとは思うが、俺が覚えているのは母さんと一緒に旅をしていたころだけだから正直22年くらいかと思う。そんな旅の目的は途方もなく難解で訳の分からんものだったんだが、今目の前にいる少女がその本人だなんて誰が信じられようか…。そう思いつつ今、のそのそ起きる自分がいるわけだ。ちなみに旅のほうはもうやめた。と言うか、もう旅をする理由がなくなったわけで。まあその辺は端折るが唯一言いたいことは、“観鈴は俺が守っていく” と言うことだけだ。
 まあそんなこんなで、またここ神尾家に厄介になることになったわけだが、以前とは違う点が1つ、2つある。1つは晴子の職業だ。以前はクラブのホステス風な夜の仕事についていたんだが、そんな職業ときっぱりと縁を切り、今は保母として働いている。免許を取得するまでの数か月はガリ勉みたいに机にかじりついていた。2つ目は観鈴の癇癪がウソのように治ったことだ。これは俺が観鈴の下からいったん離れた日の夜、観鈴の夢に羽の生えた少女が出てきて“もう何も案ずることはない云々” と言って、翼をバサッと観鈴の体に覆い被せて、“余のせいで…、悪かったの…” そう言って消えて行ったんだそうだ。俺がやっぱり心配になって戻ってみると、いつも通り生活している観鈴がいて、ちょっと嬉しかったことを覚えている。あと、旅行へ行くと言って出かけた晴子だったんだが、実のところ本家筋のところへ直談判しに行っていたんだそうだ。“それならそうで早く言え!” と俺が言うと、
「女にはな、ここっちゅうときに戦わなあかん時があんねん。男が口出しできるもんやない戦いがな?」
 そう言っていつもの豪快に笑う晴子がいた。まあそんな回りくどいことをせんでも本人に直接聞けばいいもんだろう…とは思ったが、そういや観鈴から実は晴子は観鈴の叔母で本当の親じゃないって言うことを聞かされていたしな…。観鈴がもし向こうに行くって言ったなら…、そう言うことが怖かったんだろうな? そう思った。
「観鈴は? まだ寝てるのか?」
 2階の観鈴の部屋であろう部分を見上げながらそう俺は晴子に聞く。晴子はトーストをかじりながら、“そんなところやろなぁ〜。昨日は遅うまで勉強してたしな。まあ起きて来るまで寝かしといたって? それから居候…、いくらウチの観鈴ちんが可愛いから言うてオオカミになったらあかんで…” 怪しいと言うような目をギロリとこっちに向けてにやっと笑ってこう言ってくる。“なるかっ!” と言うと、“冗談やがな、冗談。…まああの子が決めた男なんやから、ウチは信じてるで?” と前の顔はどこへやら今度は妙に真剣そうな顔でそんなことを言ってくる。その目は100%俺を信じてる目だったので冗談を言うに言えずそのまま晴子の食事風景を眺めている俺がいた。
 そんなこんなで今は蝉しぐれの大合唱をバックに盛大な大あくびをかましているところなわけで。晴子は今日も保育園の仕事でドゥガディーの爆音を轟かせながら出掛けていった。そう言えば…毎日出席していて寝ている俺を起こしてまで一緒に付き合わせようとしているラジオ体操はどうしたんだ? と観鈴のラジオ体操出席表を見てみる。今日は町内会の都合により休みらしい。まあ昨日は学校の宿題頑張ってたって聞いたしな。寝かしといてやるか…。そう思い早朝のテレビを見る俺。と言ってもニュース番組ばかりで俺の好きな商売番組はやってない。何だ! とばかりにスイッチを切り横になる。と言うか昨日晴子に酒に付き合わされて、なおかつこんな朝早く無理矢理起こされたせいか目がしょぼしょぼしてくる。と言うか酒に付き合わせた本人はぴんぴんして今日も元気よく出かけていくなんて…。一体どんな肝臓をしてるんだ? とも思う。とにかくもう一度寝よう。そう思ってどうせ寝るなら涼しいところがいいと、日が当たらないほうの縁側へ出て寝ることにする。一応蚊よけの蚊取り線香に火をつけて昔ながらの豚の入れ物に入れておく。枕を持ってきてごろんと横になると、そのまま意識が眠りの方向へ吸い寄せられていった。


「…往人さん…。往人さん……。起きて…。お夕飯出来たよ?」
 と観鈴の声が聞こえてくる。って! ちょっと待て?! 今何時だ? と時計を見ると6時を指していた。何だ、まだ寝始めて10分そこらしか経ってないじゃないか…、と思うが俺が寝ている庭の方角がやけに赤い。“観鈴、今何時だ?” とそばでゆさゆさ揺すっていた観鈴に寝たまま聞くところが、“午後の6時…。わたし、朝も昼も起こしたのに往人さん全然起きてくれないし…。それに今日はわたしのお誕生日だから往人さんに水着選んでもらおうって思って楽しみにしてたのに…。が、がお…” と今にも泣きそうな顔で言うではないか?! と言うかあれか? 俺はどこぞの爆睡眠り姫の如く寝こけてたってことか? し、信じられん。と言うか、表面張力いっぱいいっぱいにまで涙を溜めて俺の顔を上目遣いに見遣ってくる観鈴の顔が何とも言えん顔だった。取りあえず何でもいいので一生懸命に宥めすかしているところへ、おそらく世紀末○世主伝説に出てくる最強の敵(友)の愛馬のような足音(爆音)が近づいてくる。ああ、ここで俺、絶対に殺られるな? そう思っていると納屋へ突っ込むいつもの音。しばらくしてガラガラっと戸を開けて、“ただいまや〜。観鈴〜。お誕生日のプレゼントやで〜?” と家主が部屋の中に入ってくるわけで。取りあえず泣き止んでくれ〜とは思うものの、入ってきた晴子に身振り手振りで俺が今まで寝ていて起こしても起きなかったんだ〜と言うことを訴える観鈴にちょっと怖さを感じてしまう俺がいるわけで…。
「居候ちゃ〜ん? これは、ど・う・い・う・こ・と・や?」
 にたりと笑う晴子。その顔は怒りを通り越したような顔だったことは言うまでもなく…、その後の惨状は俺の人生史に残るような惨惨たる光景だったことは言うまでもない。しかも、その日の晩のおかずから俺だけしばらく梅干しの種1個だったことは言うまでもない事実だ。いや、梅干し1個とかならまだ分かるが梅干しの種1個ってどうよ? と言いたいわけだが…、さっきからぶつぶつ俺に対しての文句を言っている声が聞こえてくる。と聞こえてくる方向を見てみるといつの間にか呼んだの霧島姉妹と遠野姉妹がいて…、俺の顔をギロリと睨んで“観鈴ちんを泣かすなんて極悪人だよぉ〜” とか、“みちるに言っておきましたよ?” とか好き勝手に言う観鈴の友達がいるわけで…。“にゅふふふふ〜、国崎往人〜! 観鈴お姉ちゃんを泣かせた罰だぁ〜!” と観鈴の友達・遠野の異母妹であるみちるは俺の尊敬するウ○トラマンレオの必殺キックばりに飛び蹴りを仕掛けてくる。観鈴が呼んだのかと思ったが呼んだのは晴子らしい。何で呼ばれたくらいでみんな来るんだ? と言うか俺は悪くねーっ、と言いたいが、観鈴のほうが手が早く先に(まあ呼ばれてきた時だろうが…)霧島姉妹や遠野やみちるにも言ったらしく一応に白い目で見られてしまった…。自分の不甲斐なさは承知の上だがそこを敢えて言いたい。なんでこんな危険人物たちに声を掛けた? と…、そうは思ったが、観鈴の友達と言うとまずこの2人だったな? と失意前屈型になる俺。聖はくどくど姑の嫁いびりかとも思えるようなお説教じみたことを言い続け挙句の果てに愛用のメスを取り出してふふふと怪しく笑う始末、ほうほうの体で聖の手から逃れたところへ今度は遠野の異母妹・みちるから問答無用でキックの洗礼を受けて…。鳩尾と男の大事なところに当たってしまい悶絶を打ってるところへ、もう出来上がったのか一番の恐怖である晴子に、男の貞操を奪われそうになりかけた。もしあそこで観鈴の、“お母さん、嫌いっ!” と言う声がなかったら俺の貞操は確実に奪われていただろう。まあ娘にそう言われて部屋の隅っこでしくしく泣く親と言うものも珍しいと言えば珍しいわけだが…。それを嬉しくもありにやにやしながら見ていると観鈴からくどくど言われることになって、“明日はわたしたち全員を温泉に連れて行くこと!! それが嫌なら往人さんのおかずはずっと梅干しの種1個!!” と強権を発動されてしまう。佳乃やみちるは小躍りしながら喜んでるし、晴子はもう立ち直ったのか(って言うか立ち直るの早っ!)聖ともう温泉にでも入っているかのように酒をちびちびやっていた。唯一味方になるであろう遠野でさえ、“温泉…、混浴…、ぽっ…” と何やら自分の世界に入ってしまい誰も助けてくれるやつはいない。しかし、何で誕生日を忘れたくらいでここまでせにゃならんのだと思う7月23日は俺の最愛の彼女・神尾観鈴の誕生日だった。とほほーっ。

END

おまけ

 ちなみにその翌日は昨日のメンバー全員で日帰り温泉旅行に出かける羽目になったことは周知の事実だ。そしてその代金はすべて俺持ちだと言うことも周知の事実なわけだ。と言うかそう言うことが俺の知らぬ間にすっかり立ち直った晴子と晴子の酒で少々酔いの回った聖の間で具体的な温泉地まで決められていたわけで…。いつの間に決められていたのか聞くの空恐ろしい気がしたから聞くのはやめにした。だが俺のこつこつ貯めていた全財産は、この旅行でパッと消えてしまうんだろうな? と某テレビ番組の親父役の台詞、“父ちゃん悲しくって涙が出てくら〜っ!!” と言う言葉が全く今の俺の心境だった。そんな俺の心境のことなど考えているのかいないのか、陽気にはしゃぎまわる観鈴たち。女と言う生き物ほど恐ろしいものはないと言うことを身をもって知った日帰り温泉旅行の電車の中だった…。ぐふっ……。

TRUE END?