天国からのバス
明日11月3日はウチの誕生日や。でも今年も一人なんやけどな? あの子がおった頃は楽しゅうてならんかったけど、あの子が天国に逝ってもうた後はこの通り仕事に行って、子供の相手して、帰って飯作って食べて、風呂入って寝るっちゅう生活を続けてる。この夏に贈った天国への手紙はあの子に届いたんやろうか? そう思うてはいつも通る海沿いの道にバイクを止めて海を見とるウチがおるわけや。晩秋の海…。わいわい騒いどった夏の海とは違うて波の音しか聞こえてこうへん。夕陽に照らされた海はどことなくウチの心を映しとるような感じがした。
いつもの道をバイクで通る。途中で買うた晩飯用の鶏肉とネギと豆腐は大丈夫やろうか…。そない思いながらバイクを滑らせる。家に向かってもうすぐやと思っとったウチはなんや黒い物体を見つける。それはウチの家の200メートル前にあった。何や? と思うて通り過ぎたところでバイクを止めて近づいてみた。ここは結構田舎や。そやから熊かも知れん。そない思うてもしもの時のためにいったんバイクのとこまで戻ってメットを持ち出して近づいた。10メートルくらい離れたとこからそ〜っと覗くとどうやら熊やなくてカラスが物体に啄ばんどる姿やった。何やびっくりさしよってからに…。そない思うと何や腹が立ってきた。“こらー!!” 大声を出してカラスを追い払う。ばさばさと翼をばたつかせながらカラスはどこかに飛んでいきよった。しっかし何を啄ばんどったんやろう…。そない思うてカラスのおった場所に近づいてみる。どうやらその物体は死骸やのうて生きとるようや。更によくよく見るとそれはウチのよく知っとる顔の人間やった。
“何であんたがこないなとこにおんねん!!” とは思うけど相手は腹が減りすぎて餓死寸前みたいな顔しとっておまけに気ぃ失っとるから聞くに聞かれへん。何や無茶苦茶腹が立ってきたけど、このまま放置っちゅうわけにもいかへんから家のほうまでズリズリ引っ張っていく。しっかし重い。何食ったらこんなに重くなるんやと思うほど重い。ふうふう言いながら何とか家の中に入れる。最終的にウチが家の中に入れたんが陽もとっぷり暮れて夜の帳が下りる頃やった。
「ったく…。ここは児童福祉施設かっちゅうねん…。ぶつぶつ…」
ぶつぶつ言いながら夕食の準備をするウチ。あいつはまだ気ぃ失ったままやけどまあいい匂いでもさしてたら気もつくやろう。そんなヤツやったからなぁ〜。変に食い意地張っとるちゅうか…。そう思うてたら、“んんっ? ここは?…” と言う声。案の定と言うか思うとったとおり気づきよった。はぁ〜っと一つため息をつくとニカッと笑うて焼き鳥定食を持って部屋に入るウチがいた。
「今までどこほっつき歩いとったんや? 観鈴も心配しとったんやで?」
「いや、まああちこちとな…。それより肝心の観鈴はどこだ? 顔も見せないばかりか声も聞こえんのだが…。あのまま寝たきりだって言うことはないよな?」
居候はそう言うと観鈴の部屋の辺りを見る。ウチは静かに首を横に振った。実際はもうここにはおらん。おらんねや。あの子はもうこの世界にはおらんねや…。ウチの思うとることが分かったんか居候は、“そうか…、あいつ、頑張ったんだな?” と呟くようにこう言いよった。そうや、頑張ったんやで? 一生懸命に生きたんや…。17年と言う短い生涯やったけどあの子は笑顔を忘れずに、ほんまはごっつう寂しいのに泣き言の一言も言わずに頑張ったんや。そう思うと、あの子の顔を思い浮かべると涙が零れそうになる。でももう泣かんって決めたんや。そない思い直して努めて明るくこう言う。
「そないに暗い顔せんでええやん。観鈴が笑うとるで? “往人さん、泣き虫さん” って…」
「そう言うあんたも泣く寸前のような顔じゃないか……。人のことが言えるか」
そう言う居候。顔を見ればほんまに悲しそうな顔をしてこう反論してくる。酒を酌んでやると一気に飲み干しよった。もうあのときから他人との付き合い以外酒は飲まんようにしとるウチも今日は酒を飲むことにする。とくとくとくと酌まれた酒を飲む。何でかしょっぱい味しかせえへんかった。いつもは美味いはずやのにな…。そない思うてふっと自分の頬を触ってみる。濡れとった。居候がそっぽを向いて置いてあったタオルをウチに差し出す。…しばらく眺めてようやく分かった。ウチが泣いてることに…。それから夜中まで泣いた。あの子が天国に逝ってもう5年も経つのに、あの頃と変わらず涙は溢れてくる。最後は居候に呂律も回らん口で文句言うてもたれかかるように寝っとったそうや。朝気づくと、居候が向こうの方で壁にもたれかかるようにこっくりこっくり舟を漕いどった。ウチのほうにはどっから取り出したんやろうか、布団がかけられとった。“ウチにかけてくれたんやね? ありがとう” そない思うと今度はウチがかけてやる。さあいつまでも泣かれへんな? あの子に…、観鈴に笑われてまう。パンパンと自分の頬を叩いて朝飯の準備や。味噌汁の準備をしとったら居候がのそのそ起きてきよった。ったく。どこまで食い意地が張っとんねん。そない思いながらも、こう言うウチ。
「居候…、夕べはありがとうな?」
って。スカッとした顔でこう言う。居候もそんなウチの心の内を見つめてたんやろう。“ああ…” とだけ単簡に答えるだけやった。2人で朝飯を食う。この5年、1人に慣れたせいか妙に恥ずかしい。そんなウチに“今更恥ずかしがる年頃でもないだろう” と笑いながら居候。その顔に何や腹が立ったウチは観鈴がおったときにようやっとった新聞紙丸めて脳天目掛けてバシッと言う風に叩いたった。“居候、あんたは一言多いんや!” そない言うて何でか知らんけど笑うてまう。気づくと大笑いに笑うとった。久しぶりに笑うたから何や涙が出てきたけど…。あの子がおったら何て顔するやろう。きっと“にはは” って可愛い笑顔を見せるんやろうな? そない思た。飯を食うて一息つく。話すことは何もない。けどこれだけは言うとかなあかん。そない思てウチは言葉を紡いだ。
「観鈴のとこまで一緒に来てくれへん?」
って…。居候は何て言うやろう。来てくれたらあの子もきっと喜ぶに違いないやろうけど…、まあついて来てくれへんやろうな? きっと負い目を感じてることやろうから…。でもウチは着いてきてほしい。観鈴の、あの子の頑張った証しを見せてやりたい。そない思いながら返事を待つ。“分かった…” 短くそう言う居候。多分ウチの考えとることが分かったんやろう。そない思て、早速あの子の眠っとるところへ歩いていく。秋も晩秋に近づき木の葉もだんだんと色づき始めとる。横を歩く居候に観鈴の頑張ったことを一生懸命に話してやった。微笑む居候に何や嬉しくなってにかっと笑うウチがおった。観鈴が眠っとるところは小高い丘の上にある。家から約1km山際に上ったところや。先に寺によると和尚さんが出てきて少し話をし、そうして神尾の墓の前までやって来る。朝はえらく冷えたのにこの時間になると暖かかった。いつものように掃除をしていると、居候が見様見真似で手伝うてくれた。きれいになったところで途中で買うてきた花やあの子の好きやったお菓子などを供え、居候と一緒に線香を手向けて手を合わせる。毎月の月命日には必ずやってることなんやけどな。でも…、今回は特別やで…。なっ? 観鈴…。そない思うてふっと顔を上げると居候が何や知らんけど、優しそうな目でウチの顔を見つめとった。
居候はまた旅に出るんやそうや。元から一ヶ所に留まることはどうも好きやないらしく、“ここには長く留まりすぎたんだ…” そないぽつり呟いとった。“でかい町まで送って行こか?” 寺から帰る際ウチはそう言う。けど、“いや、いい…。自分の足があるから歩く。あんたも生活があるだろう。俺のことなんかより自分のことを考えてくれ…。まあ夜は適当に野宿でもするさ。幸い寝袋もあるしな” 居候はそない言う。帰ってきてから荷物を纏める。まあこれも何かの縁や、そない思うて1万円ばかり餞別にやろう思て財布を取り出すと居候が無言でううんと首を横に振る。“大丈夫かいな…、また行き倒れても知らんで?” そない思て苦笑いを浮かべるウチ。いつものバス停まで見送りに行く。そうや…、すべてはここからは始まったんやね? もうおらんあの子に心の中でそう言う。バスが来る。プシューッと扉が開く。客は居候一人だけ…。乗り込む居候に、“またいつでもええ、ええから家に来てや?” そう言うと、
「ああ、またいつかな…」
そう言う。またプシューッと扉は閉まる。動き出すバス。その時、何でか知らんけどもう一生居候には会えへん気がして、いつの間にか追走するように追い掛けとるウチがいた。と窓が開く。居候が何や知らんけど大声で話しかけてくる。けどバスの音にかき消されて全然聞こえんかった。とポンと居候が何かを投げてくる。ウチはそれを受け取った。受け取ったものを見るとそれは居候の商売道具とも言うべき、小汚い人形やった。……そこまできてようやっと分かった。居候は、もうおらんねや…、と。観鈴がまだ元気やったころ、“そらがね? 往人さんになったの。でもカラスが人間になるって聞いたことないよね? う〜ん、わたし、夢でも見てたのかなぁ〜?” ってウチが橘の家に行っとったころの不思議な体験を話してくれたことがあったけど、多分観鈴の言うとおり、居候は“そら”やったんや……。何で、何で今まで気がつかんかったんやろう。そない思うとへなへなと座り込むウチ。アホや、アホやアホやアホやアホや!! そない思うてもう一度行ってしまったバスのほうを見る。バスはもう見えん。いや、あれは天国からのバスやったんやろう。そない思うて渡された人形を見る。温かな気持ちが溢れてくる。知らず知らず涙が滝のように溢れ出た。
「ありがとう、ありがとうやで。居候…」
もう涙か声か分からんくらいになりながらそう言うウチ。そんなウチの前、一匹のカラスが止まってテコテコ歩いとる。そんな姿を見とったら急に泣いていた涙も乾いて笑顔が戻ってくる。そうやな? いつまでも過去に縛られとったらあかんねや。そない思い直すと立ち上がる。と同時にそのカラスも空に舞い上がった。飛んでいく姿を目で追い掛けながら、多分居候とそらやろうカラスに向かって心の中でこう言う。
「ほんまありがとな? 居候…。観鈴と仲良うしたってや?」
涙はまだ乾かんけど、いつか乾く日が来る。そう改めて教えられた今日11月3日、ウチの誕生日や…。
FIN