往人さんの夏風邪


「あ〜、寒気はするわ、くしゃみは出るわ、体はだるいわ、間違いなく風邪だなこりゃ…」
 毛布にくるまってぶるぶる体を震わせながらそう言う往人さんにお薬の箱を探しているわたしがいる。今日7月23日はわたしのお誕生日。今年で20歳になる。往人さんはわたしの恋人さん。と言うか保護者に近いのかな? 3年前の運命の出会いにも似た出会い方をしていろいろとあったんだけど、今はわたしの家にず〜っといてくれる。もっともお母さんは、“タダ飯食いの役立たず” なんて言ってるわけだけど、それも往人さんに対する一種の照れ隠しなんじゃないかな? って思う。わたしはこの通り元気いっぱいで家事やお母さんの仕事のお手伝いなんかをしている。お母さんは水商売的なものは止めて保母さんの資格を取って今は近くの保育園で保母さんの仕事に就いている。わたしも去年保母さんの資格を取った。もちろん勉強にはハリセンを持ったお母さんに見られながらのちょびっとだけ怖い勉強の仕方だった。が、がお…。でもでも受かったときにお母さんまるで自分が受かったときみたいに喜んでくれて、わたしもにこにこ顔でピースサインしてたけどね?
 で今だ。2、3日前わたしが朝起きたら毛布にくるまった往人さんが、“寒気がする…” なんて言ってきて一応熱を測ってみると37.2度あった。そう言えば往人さんの平熱って何度だったっけ? と往人さんに聞いてみるんだけど、分からないって言う顔でぶんぶん首を横に振っていた。1日目はまあ寒気だけで済んだんだけど、2日3日と経つうちにだんだん往人さんの体調が悪くなってきて、今朝起きたらこんなふうに毛布の簀巻き状態の往人さんがやや赤い頬でくしゃみなんかをしていた。この間暑いからって上半身裸で寝てたのが原因じゃないのかな? って思うんだけど本人に言うと必ず“違う!” って否定してグリグリした目で睨んでくるから何も言えないわけで…。でも絶対あれが原因だと思うんだけどなぁ〜。そう思いながらお薬の箱を探しているわたし。…と見つける。前述の通りお母さんが水商売をやってるときなんかにはしょっちゅうお世話になっていたわけだけど、今はてんでお世話になってないねぇ〜なんて思いながら箱を取り出すわたし。
「え〜っと、風邪薬はぁ〜っと…」
 って言いながら薬箱の中を探すわたしなんだけど、肝心の風邪薬のほうはなかった。っていうよりも箱だけあって中身がない状態で置いてある。往人さんが、“俺に薬を飲ませないように企んでいるんだな? 晴子め〜っ!” って言ってわたしの持っていた風邪薬の空箱をぐしゃぐしゃに潰してぽいっとゴミ箱へ投げ捨てる。“いかん、また熱が上がってきたみたいだ。俺はとにかく寝る。誕生日はまた今度にしてくれ…” と言う往人さん。思わず、“ええ〜っ!!” と言う声が出るわたし。せっかくのお誕生日なのにそんな無慈悲なことってないよ〜っ! と往人さんの体をゆさゆさ揺するわたしに、“え〜もくそもない! 俺は今日は休む!” とか言って全然動いてくれない。う〜っと途端に涙顔に変わるわたし。今日はお母さんにも朝、“今日はあんたの誕生日やろ? そやから今日1日はお休みしとき。園長先生にはウチから言うとくし。で、夜帰ったらお祝いしたるからな?” って特別にお休みもらったんだよ〜っ。それなのに、それなのに…、が、がお…。と往人さんのほうを見てみると、もう寝てるし…。お掃除もお洗濯も終わっちゃったしすることがない。お友達の遠野さんは大学だし、佳乃ちゃんだって今は聖先生のお手伝いなんかしててわたしと遊んでくれそうにない。1人遊びも最近と言うか病気が治ってから全然やってなかったな…。なんて考えてると何だか無性に悲しくなってきちゃって、ゆさゆさゆさとちょっと強めに往人さんの体を揺すって起こそうとするわたし。瞑っている目をちょっと開けてわたしのほうを見る往人さん。でもでもちらっとわたしの顔を窺っただけですぐに寝に入ってしまう。とうとう堪えきれなくなってきちゃって、
「うわぁぁぁぁ〜ん、往人さんが遊んでくれないよ〜。うわぁぁぁぁぁぁぁ〜ん」
 って今朝夏休みの子供番組で再放送中のアニメの魔法少女さんのように泣いてしまうわたしに、“だぁ〜っ、もう分かった。薬買いに行くついでにかき氷でもおごってやるからそれで勘弁してくれ〜っ!!” そう言って飛び起きる往人さん。後で聞いたんだけどわたしがゆさゆさ揺するので全然眠れなかったって、ぶすっとした表情でそう言ってた。何はなくても今年も観鈴ちん勝った。ぶいっ。グスッ…。


「…で、何でこうなった。と言うか凶悪女医者が迫って来る〜っ!!」
 と俺は迫りくる恐怖に恐れ慄いている。薬を買いに行こうと悪寒と体のだるさとがあいまった体に鞭打って薬屋に行く道すがら、ちょうどこの凶悪女医者の診療所の前を通りかかって、運の悪いことに出遭ってしまって、“神尾さん? 国崎くんとどこか行くのか?” と聞かれて、“ちょ、ちょっとな?” とはぐらかそうとする俺。俺が風邪を引いたなんて言おうものなら絶対家で診察しろ! と言ってくるに違いない。で恐ろしくでかい注射器で注射される。…ような気がする。と言うか冬に一回そうされたわけなので勘弁願いたい。とあれこれ考えてると、“往人さん、先生に診てもらおう?” と観鈴に言われてしまう。何でだ? とか思っていると、“いやぁ〜、キミが風邪を引いたと聴いてだな? 薬よりは私が診たほうがいいんじゃないかと言ったら神尾さんが首を縦に振ってだな…” と最悪のパターンに陥ったことを告げられて、“じゃ、そう言うことで…” と爽やかに離れようとするとガシッと腕を掴まれる掴まれた先を見てみると目をキュピーンと光らせながら恐ろしいほどの笑顔で立っている凶悪女医者がいた。
 で今だ。象にでも打つんじゃないかと言うくらいの大型の注射器を手に持ってうふふふふふっと凶悪そうな笑顔を浮かべた女医にずぶっとされそうな俺がいたわけで…。普段は風邪など引いたところで、“バカは放っておいたら治る” なんて言って診察もしない癖にこう言う俺がピンチのときだけ出しゃばってくるのが気に食わん。とは言うものの今の状況では逃げられんよなぁ〜。何せ横には見知った顔が並んでいて、ある者はいつものようにぼ〜っとした顔で、またある者はわわわわっと目を反らしつつも気になるのか薄目でこっちを見つめてるんだし…。と言うかなんでお前たちまでいるんだ? と言うと、“神尾さんに呼ばれたので…” とにはは笑いの観鈴のほうを見ながら微笑んで言う遠野。佳乃もうんうん頷いている。何か厄介なものが増えてしまったなぁ〜っと思いはぁ〜っとため息を吐く俺。しかし一番厄介なのは俺の横で少々拗ねたようなそれでいて何となく嬉しそうな顔をしている俺の居候先の娘なのかも知れん。と、チェスト〜ッ!! と言う掛け声よろしくズブッと注射針が身を千切る音が聞こえてくる。はうあっ!! と言う声が診療所内に木霊したのは言う間でもない。
「やはり君はバカだったわけだ。私の予想は当たっていたな? うんうん」
 と凶悪女医者が注射後に言った言葉がこれだ。何でここの連中は一言多いんだ? とは思うもののそんなことを言ってしまうと安楽死されかねん状況に追いやられそうなのでその言葉は飲み込んでおく。と、おおっ! 何だか力が沸いてくるぞっ!! …熱も下がってきたみたいだ。早速注射の効果が出始めたようだな? い〜っやっほぅ〜。国崎最高! な気分になる。まあ文句を言いながらでも何かと世話になってるんだよな…。そう思い一応礼だけは言っておく。“そうかそうか、それは良かった。…って言うかただの生理食塩水なのにキミと言う人間はめちゃくちゃフラシーボ効果の高い人間なんだな?” と聖が言う。後のほうは何を言っているのかまるで聞こえんかったわけだが、この際どうでもいい。取りあえず治ったんだから海にでも行くか? と観鈴に言うと、にっこり微笑んでうんと頷いた。って言うか最後のほうが何やら聴こえにくかったわけだが…。あまり無理はしないようにと聖に言われて、ついでに佳乃と遠野も連れて行ってくれと頼まれる。言わんでもそうするつもりでいた俺だったので無言で首を縦に振る。そうして海へ出たのが間違いだったようで…。


「何や居候、今日せんせのとこ行ったんちゃうんかいな? 何で朝より悪うなってんねん…」
 と呆れ顔で家主である晴子がそう言う。いや、行ったことは行ったんだ。診察も受けたし象にでも打つようなでかい注射も打った。その後、元気になったと勘違いして海へ出たのがそもそもの間違いだったようで…。今現在咳やらくしゃみやら鼻水やらを垂れ流しつつ、う〜んう〜んと呻いている俺がいた。海になんて無理して行くんじゃなかったと今は非常に後悔しているわけだが…。夏風邪恐るべし! そう言うことを改めて気づかされる今日7月23日、にはは笑いが可愛らしい居候先の娘で俺の一族が探し求めていた空の少女の魂を宿した少女と言うかもう今日から女性か…。神尾観鈴の20歳の誕生日だ。

END