忘れん坊大王さん1号


「ふ〜んだっ! 往人君なんて知らないよぉ〜!!」
「この間から何を拗ねたり怒ったりしてるんだ? 佳乃。俺にはちっとも訳が分からんぞ?」
 俺の目の前。子供のようにぷぅ〜っと頬を膨らませた少女が俺の顔を上目遣いに睨んでいる。ここは潮の匂いがする小さな町。俺が今住んでいる町だ。目の前にいる少女・佳乃とは、俺が観鈴の家で厄介になっているときに知り合い、現在は佳乃の家である霧島診療所で居候兼雑用で働いてる。ちなみにもう旅は止めた。俺はこの街でかけがえのないものを手に入れたから…。母さんには悪いと思うけどこれは俺自身の意思だ。
「どこ見てるんだよ〜っ!! 往人君!!」
 ご機嫌斜めも斜めな佳乃はそう言うと考え込んでいた俺の顔をぐぐぐっと睨む。ちなみに聖は6月の中旬頃から隣町の病院に研修に行っていて留守だ。最初のうちは“佳乃が心配だ”とか何とか言っては帰ってきてたんだが、最近は向こうの研修が忙しいのか1週間に一度くらいしか帰ってこなくなった。俺にとってはまさにパラダイス! のはずだったんだが…。
「う〜っ!!」
 目の前の謎の地球外生命体の飼い主はご覧の通り、不機嫌極まりないと言う表情で上目遣いに俺の顔をじ〜っと睨んでいる。何がなんだかさっぱり分からんから聞いてはみるものの、“知らないよぉ〜っ!!” とぷんすか怒ったような拗ねたような表情でこんなことを言う。観鈴に聞こうと思っても、“観鈴ちんには関係ないでしょ〜っ?! これは往人君の問題なんだからねっ?!” と佳乃に止められて聞くことが出来ない。“俺の問題か?” 尋ねると睨んだままこくんと首を縦に振る佳乃。ますますもって謎だ。
 で、今もぷぅ〜っと頬をはち切れんばかりに膨らましながら上目遣いに俺の顔を睨んでくる佳乃。もう、最近は慣れてきたのかあんまり怖くなくなったって言うか何て言うか…。
「結局、何が言いたいんだお前は? 説明してくれんと分からんぞ…」
「…6月のカレンダー……」
 頬を膨らまして…って言うかもう半泣き状態な佳乃はカレンダーを指差してこう言った。…6月? そういや大切なことを忘れてるような気がするんだが…。う〜ん。思い出せん。何かあったかと聞こうにも何かあったからこう言う険悪な雰囲気が漂っているわけで…。と、壁掛けのカレンダーに目が留まる。目を凝らして見てみる。1年分のカレンダーだからすぐに6月が見つかる。6月の…、んっ? ちょっと待て? 12日くらいのところに何か書いてあるぞ? さらに目を凝らす。ちなみに俺は目はいいほうだ。聖が言うには“頭は悪いくせに目だけはいいんだな? 国崎君は…” ということだった。余計なお世話だ! とは言いたかったが愛用のメスを持って怪しく笑う聖には何も言えず…。
 って今はそう言うことじゃなかったんだった。じ〜っと目を凝らして見ていく俺……。そして思わず、“あっ!” と声を出していた。


「ふふふふ〜ん♪ 楽しみだねぇ〜? ポテト」
「ぴこ〜」
 佳乃の誕生日をすっかり忘れていた俺。現在夕方6時半。普段なら飯を食ってる時間なのだが、今日はそう言うわけにも行かず…。隣町へと続く道、診療所据え置きの自転車のペダルを踏みしめている。ぷぅ〜っと膨らませていた頬はどこへやら…。お姫様は今、後ろの急ごしらえの座席に横座りに座ってにこにこと微笑んでいる。ついでに前籠に入れた地球外生命体も“ぴこぴこぴこ〜”と、鳴いているんだかどうだか訳の分からん声を出しながら気持ちよさそうに潮風を受けていた。なけなしの5000円で食事に誘ったのは良かったんだが、この町で食事をする施設なんていうところは皆無に近い(と言うか皆無だろう、ここは…。ぐはっ!)、ということで隣町まで自転車を飛ばしてる。
「佳乃、食べたいものは本当に何でもいいんだな?」
「うん! 往人君が選んでくれたものだったら何でもいいよぉ〜?」
「ぴこぴこぴっこり」
 日が沈む海岸線の坂道を登る自転車。ゆっくりゆっくりベダルを踏みしめるように漕ぐ。やがて頂上に着く。ここからは長く緩やかな下り道だ。一呼吸置いて一気に駆け下る。“わっ、わわっ、危ないよぉ〜、往人君” と言いつつもはしゃいでいる佳乃。前籠に入れて置いた例の地球外生命体も“ぴこぴこぴこ〜!!”と、吠えているんだかなんだか分からん声を出しながら、後ろの佳乃と同じようにはしゃいでいた。
 何を食おうかはもう決めている。と言うか佳乃は俺の食いたいものが分かったんだろう。後ろの席から、
「チャーシューは5枚だよぉ〜。ねぇ〜、ポテト」
「ぴこぴこぴっこり」
「へいへい。分かりましたよ…。霧島さんちの佳乃ちゃん…」
 俺の財布のこともちょっとは考えてくれ〜っとは言いたいが、また不機嫌になって聖にあれやこれや文句を言われるとかなわないので、当り障りのないようにこう言っておく。まあ少しは皮肉も込めてはいるんだが…。そんな俺の皮肉に気がついたのか、
「むむむむむぅ〜っ…。じゃあチャーシュー後3枚追加だよぉ〜!! もちろんポテトもね?」
「ぴこぴこぴこ」
 はぁ〜っとため息を一つ。素直に聞いておくんだったとは思ったが、後悔先に立たず…。とは言ったもの。金の計算で頭の中がいっぱいになる俺。そんな俺に、
「ありがとう、往人君。あたしは今幸せだよぉ〜っ!!」
 そう言って俺の腰にぎゅっと俺に抱きつきながら佳乃は嬉しそうな声でこう言った。梅雨の間の晴れ間の夕方…、潮風のする国道沿いの田舎道。長く緩やかな下り坂は一本道に隣町まで続いていた…。

END