元・旅芸人の意地
「今日はウチの誕生日なんやから。居候…、あんたなんか芸し」
ここ神尾家。傍若無人な家主・晴子は今日も俺に芸を強要してきた。まあ今日に限らず、いつも晴子はこんな調子だ。観鈴はと言うと、“わたしも往人さんの芸、見たいな…。にはは” と言ってこれまたいつものにこにこ顔で俺の顔を見つめている。ちなみに今日11月3日は晴子の誕生日だ。“あんたもまた一つ歳を取ったな…” と朝、朝食をもきゅもきゅ食べてる途中でキザっぽくかつ爽やかに言うと、無茶苦茶怒られた。って言うかどこから取り出したのか分からないがハリセンで思いっきり叩かれた。
「お母さんの気にしてること言うからだよ? 往人さん」
「本当のことを言ったまでだ…。って言うかあのハリセンはどこから出て来るんだ?」
観鈴はハリセンで叩かれた後の俺の頭を見ながら言う。ちなみに俺は旅をやめ、今は神尾家で居候の身だ。もうどこにも行かないと決めた夏から1年と3ヶ月弱。母さんの言っていた“空の少女”は見つけることはもう出来ない。本当にこれでよかったのかと疑問に思うこともある。だがこの“にはは笑い” を見るとその疑問が一瞬にして消えてしまうのだから不思議だ。
観鈴は無事に高校を卒業して今は晴子と同じ保育所で保母見習いとして働いている。園長が言うには“いい娘ねぇ〜。将来いいお母さんになるわよ?”ということらしい。“どういう意味だ?” と聞くと俺の方を見てにこっと微笑みながら、“あら、てっきり二人は結婚してるんだと思ったけど…” と言われた。大道芸の方は細々とながら続けてはいるのだが、この街の連中にはウケが悪すぎる。この間も危うくガキに蹴り飛ばされるところだった。まあ、それはあくまで余暇の時間を使いやっているんだがな? じゃあ普段は何をやっているのかと言うと、晴子や観鈴と同じ保育園で保父見習いとして働いている。
観鈴はともかく何で俺なんだと言われると自分でも疑問なんだが、“リサイクルショップよりもこっちで何か資格とった方があんたにはええやろ?” と晴子に押し切られる形で今はそう言うふうな職についている。まあ職につけたのはありがたいんだが、元来この町に来て以来、ガキとはあまり良好な関係を築けない俺はガキとケンカばかりしている。この間などはまた俺の商売道具とはもう言い切れんが大事なものである人形を蹴られてしまった。キーンと遠くに飛んでいく人形を見ながら“ああ、今日の晩飯はなんだろうなぁ〜” などと現実逃避したものだ…。
で今だ…。晴子は観鈴と一緒に俺のほうをじ〜っとうかがっている。と言うか晴子はギラギラした目で睨みつけていた。“何で俺が芸をしなけりゃならん!” と堂々と言ってやりたいのだがこう言うと明日から宿無しになってしまうので、すんでのところで言葉を飲み込んだ。いつものようにポケットからおもむろに人形を取り出し、念を込める。人形が勝手に歩き出す。今までだったらここで終わりなんだが今日は違う。密かに特訓してきた技がある。これを見ればいかに晴子でも驚かないわけはないだろう。そう! 月面宙返り&レオキックだ!! おりゃっ! とばがりに跳躍する俺の人形。月面宙返り(いわゆるっムーンサルトっていうやつだ)をして必殺のレオキックを晴子の顔にお見舞いする。レオキック…。言うに名高いウルトラマンレオの必殺技で数多の怪獣を倒した伝説の技。俺はもちろん生れてなかったしウルトラマンなんて言うものの存在自体知らなかったがこの間何かの番組で知った。知ったときの衝撃たるや、ああっ! 俺もウルトラマンになって怪獣と戦いてーっと思ったものだ。そのウルトラマンの必殺技を俺は“怪獣・晴子”に向かって繰り出した。ぺちっと俺の人形の足が晴子の顔に当たる。と、
「居候……。これは何の真似や?」
「い、いや…、芸をしろと言ったから芸をしたまでだが……」
そう言って晴子の顔を見る俺。にこやかに微笑んでいる……訳もなく、凶悪すぎるほどの睨みで俺の顔をじ〜っと睨んでいた。しかもご丁寧にこめかみに怒スジまで浮かべて…。“居候…。あんた何や? そのしょ〜もないもんは? しかもや! 家主に向かって人形使うて日ごろの恨みとばかりにこないな汚い人形使うてキックをかましてきよる。そんなにこの人形のぶち切られるとこが見たいねんなぁ〜…、あ゛あ゛っ?!” と凶悪な顔で俺の顔を睨みながらキックをした後回収し損ねた俺の大切な人形を手に持ってコネコネとこねくり回す凶悪怪獣。俺の顔が真っ青になったことは言うまでもない。
「わ、わ、悪かった。俺はどうなってもいい。だから人形だけは、人形だけは助けてやってくれーっ!! た、たたた頼みます。晴子さん」
普段敬語など使ったことのない俺ではあるが、ここであの人形を失うわけにはいかないんだ。ところどころ破けてぼろぼろだが俺にとっては母親の形見、いや半身と言っていいほどの人形だ。暑い日も寒い日も寝食を共にしてきた。そんな俺の半身をこんな女に壊されてたまるか…。“わわ、往人さんが土下座してる…” と観鈴は驚いているが、人形のためなら土下座でも何でもするぞ…。
「その言葉、ほんまやな?」
とにんまり笑って言う晴子。“本当です。だから人形を返してください” とこれまた普段では絶対に言わないであろう丁寧語を使って晴子のご機嫌を窺う。晴子はと言うと俺の顔をにんまり笑ったまま、
「ほな、酒に付き合え…」
こう言う。さっきから飲んでいてもう顔が真っ赤になってるって言うのに…。心配した観鈴が、“お母さん飲みすぎ…、もう若くないんだから…” と墓穴を掘ることを言う。言い終わるや否や晴子の鉄拳制裁が観鈴の頭にクリーンヒット。ボカチンッといい音がした。途端に涙目になりながら“が、がお…” と言って自分の頭をさする観鈴。その後また晴子に叩かれたことは言うまでもない…。
「じゃあ飲め。居候」
でん! と突き出される一升瓶。コップはどこだ? と聞くと、にんまり笑った顔でこう言う。
「コップはなしやで、居候ちゃん。はよウチに追いついてもらわんとあかんさかいなぁ〜」
って! コップもなしに飲めるかっ!! “寝る!!” そう言うと横になる俺。あんな女の言うことなんか誰が聞くもんか!! とばかりに腕枕をしているところが、はっと気がついた! 人形…。ばっと起き上がる。目の前では、
「さあ、チョキチョキしよか〜。人形ちゃん。恨むんやったらウチやないで〜。ウチの言うこと聞かへん居候ちゃんが悪いねんで〜?」
と今にも人形を解体しようとしている晴子の怪しい微笑みがあった。 “だーっ!! ま、ままま、待てーっ!!” ばっと起き上がった俺の顔を見るとなぜが舌打ちをしつつ、無言でハサミをしまう晴子。あ、あ、危なかった。もう少しで俺の相棒が無残な姿になるところだった…。ふぅ〜っとため息を吐きつつ晴子の顔を見遣る俺。そんなに悪びれた様子でもなく晴子はいつものように人形をこねくり回して遊んでいる。
「ちゃんと飲むから、飲み終わったら返してくれ…」
「ああ、分かった分かった。分かったからはよ飲んで、遊ぼうなぁ〜? 居候?」
何か晴子の目が非常に気になるんだが…、まあいい。早く飲んで取り返さないと非常にやばいことになりそうな予感がする。そう思って観鈴がいないことに気がつく。どこだぁ〜っと見渡してみると台所で酒のつまみを用意してるんだろう後ろ姿が見えた。奇妙な歌も聞こえる。これも観鈴が自分で作った歌だ。そう思うと少し安心する俺がいるのだった。
翌朝…、目が覚めると素っ裸の状態で上から毛布を掛けられていた。いったい何があった? と思い置いてあった服に袖を通して身なりを整える。にしても頭が痛い。ちょうどいい。観鈴に聞いてみよう。そう思って、台所へ向かう。この時分だ。たぶん朝飯を作ってるんだろう。そう思って向かうことにする。案の定台所で味噌汁を作っている観鈴を発見。声をかける。
「観鈴、水を一杯くれ…。それと昨日なにがあった? 気がついたら俺、素っ裸状態だったんだがな?…」
ぎぎぎぎっとぎこちなく観鈴の首がこっちを向く。目が合う。が観鈴はあからさまに俺の視線を避けるようによそを向く。な、何だ? 一体…。“おい、観鈴。聞こえているなら返事をしろ!!” 今度は強めに言ってやった。観念したのか、俺の方に振り向く観鈴。その顔は憐れみを帯びた顔だった。
「往人さんがヌーディストでも観鈴ちんは往人さんのこと好きだからね? だから安心していいよ?」
「はぁ? 俺がヌーディスト? さっぱり訳が分からん…。俺は昨日何があったんだと聞いてるんだ…」
そう言うとますます憐れみの目で見つめる観鈴。はっきり言って訳が分からん。何なんだと思って居間のテーブルを見てみると、一枚の写真が置いてあった。何なんだと思い取り上げて見てみると…。な、何じゃこりゃ〜!! とご近所に響き渡らん声で絶叫する俺がいた。その写真に写る俺は自棄に赤い顔で、素っ裸で踊り狂ってる姿だった。晴子の大笑いした顔が何だか恨めしいく妬ましい。と同時にこれを撮った人物の顔を思い浮かべてぼっ! と顔から火が出た。
「ぬぁぁぁぁぁぁぁぁ〜!! はぁぁるぅぅこぉぉ〜!!」
「な、何やねんな。そないに怖い顔して…。居候ちゃん。結構可愛かったで?」
と居間に出てきた晴子に向かい吠える俺。そんな俺のことなど意にも返さず晴子は“むふふっ”と笑いながら、俺の大事なところへ目を遣っていた。ぬぁっ? と両手を大事なところへ持っていく俺。“まあまあ、個人差もあるさかい、ウチはちっとも気にしてへんけどな? いやぁ〜、昨日は久しぶりに大笑いさせてもろた〜。ウチの誕生日で一番おもろかったで? 昨日は…” 肩をパンパン叩いてウインクしながらテーブルに座る鬼・悪魔…、じゃなかった晴子。もし俺が侍だったなら、何も言わず後ろから叩き斬ってやるところだ。観鈴はいつものにはは笑いを浮かべて…。
「大丈夫だよ? 往人さん。観鈴ちん、往人さんがどんな人だろうと、例えヌーディストであろうと全然気にしてないから…」
そう言いながら目線を大事なところへ持っていくのはやめてくれ……。寒風もそろそろ吹いてきそうな晩秋の朝、この街を再び出ようかと本気で考えた今日11月4日。俺の横で大笑いしている家主、神尾晴子の誕生日から1日後の寒い朝だった…。
END